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盾の用心棒と白の魔女  作者: 海藻 若芽
用心棒と白の魔女
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3話-3 魔女

「み、見慣れない単語が読めなくて、教えていただこうかと」


 サージャは手を止めるとテラスまで歩み寄ってきた。柵に手をついて、本に書かれた文字を覗き込むように確かめる。


「あー、この文字はですね。魔女って読むんです」

「魔女、ですか?」生まれて初めて聞いた言葉に、アイアスがオウム返しに聞き返す。


「はい。まじょです。……意味は、神の使いを指しています」

「ありがとうございます、もう少し読み進めてみますね」


「はい」


 サージャは書斎へと戻っていくアイアスの背中を見送る。彼が興味を持ってくれたようで、鼻歌を歌うぐらいに気分が上がった。

 アイアスは、魔女という単語に言いようのない不思議な魅力を受けた。その謎が、この本に隠されている気がして、書斎に戻る足が速まった。


 椅子に座り直すと、早速本を開く。改めて二章の題目「神の使い 魔女について」の頁をめくり、彼は静かに熟読する。


 魔女について。

『曰く、魔女とは、神が世界の発展のために送った使いのことである。姿が女性に似通っていることから、定説では女性であるとされている。だが、神の使いなのだから性別は存在しない無性説もある。本著では定説に則って彼女、彼女たちと表現する。


 彼女たちは一柱、二柱と数えられている。全部で五柱いるとされており、白の魔女、青の魔女、紫の魔女、黒の魔女、そして緑の魔女と呼ばれている。彼女たちがそれぞれ神に与えられた役割、白の魔女は『性』、青の魔女は『言』、紫の魔女は『食』、黒の魔女は『絵』、最後に緑の魔女は『炎』を司るとされている。それぞれ人間が進化する過程で重要な役割を担ってきている。

 しかし、なぜ彼女たちは人間を似た姿をしているにも関わらず、魔女とされているのか。それは彼女たちには人ならざる力があるためである。


 人ならざる魔の力を持つ女、略して魔女である。


 彼女たちがどういった力を持っていたかについて、文献として残っているのは白の魔女と青の魔女の二柱だけである。白の魔女は『あらゆる匂いを操る能力』、青の魔女は『言葉で人間を自在に操る能力』があり、度々その能力で人々を治めてきたという文献や口伝が各地に残っている。紫の魔女については、人間たちによく食べ物の食べ方を教えていたこと、緑の魔女は、炎が出せたことが分かっているが、具体的にどういった能力かは不明である。黒の魔女にいたって人前で力を使ったことがないらしく、その片鱗すら見えてこない。時折、彼女が絵を描くところを人間たちに見せていたことがあるそうだが、詳細なことは不明である。

 彼女たちの容姿については、全員がこの世のものとは思えないほどの、神の使いにふさわしい神々しさを持った美人であったと、伝記が残されている。甲乙つけがたいが、その中でも白の魔女が一番の美人であったと言われている。とある伝記に彼女たちを写生した絵があったため、章末に模写したものを載せておく。


 彼女たちは創世初期には人間とともに暮らし、この世界を発展させてきたとされている。まず、彼女たちは神が住む島であるティークの中心にある花畑に舞い降りた。その花畑の周辺に人はおらず、花畑を取り囲む山を越えた先で、いくつかの集団を作って暮らしていた。この時、私たちの先祖はまだ、国もなく、洞窟での生活を始めたばかりの時代で、今とはかけ離れた生活をしていた。そんな中で自分たちとは明らかに違う、自分たちと似た見た目をした存在に遭遇した時の驚きは計り知れない。彼女たちは村とも呼べない集まりを転々とし、その先々で神から与えられた力から、先祖たちの暮らしや交流を発展させた。彼女たちの噂はたちまち島の中へ広まっていくと、その力を教わろうと、島外の人間たちも集まってきた。魔女たちはその者たちも受け入れ、さらなる発展を人類にもたらした。

 彼女たちは、その後も人間とともに長い時を過ごしてきた。人間の中には、彼女たちを愛した者、彼女たちの能力に魅せられた者、彼女たちを利用しようとした者、とにかく彼女たちを手に入れようとした者もいる。だが、彼女たちは人間と一線を画し、契りを交わすどころか、人間たちからの愛に応えることは決してなかったそうだ。


「神の使いである私たちは、神の物であり、あなたたちの物になることは万に一つもない」


 ある有力者から求婚された白の魔女が言い放ったとされている返答。この言葉だけでも、自分たちをどういった存在として認識していたか計り知れるだろう。

 こうして、人間たちとともに暮らしていた彼女たちだったが、ある時を境に姿を消した。原因は不明だが、突然の出来事に、人間たちは理由も分からず混乱に包まれた。見捨てられたと嘆く者、偽物だったのではないかと訝しむ者、神に見捨てられた、世界の終わりだと悲しむ者。様々な憶測が人間たちの間で飛び交ったが、真相は不明だった。何故ならば、それ以降彼女たちの姿を見た者は誰もいないのだから。


 目撃証言は各地に散見されたが、そのどれもが信ぴょう性に欠けており、大抵はなりすましや勘違いだったことが後に発覚している。

 世界はその後、人間たちの力のみで発展し、現在にまで至っている。魔女は役目を終え、神の御許に帰ったのだろうか。それとも、今もこの世界のどこかで私たちと関わっているのだろうか。それを知る者は誰もいないのである』


 気づけば、章末の頁まで読んでいた。アイアスは自分でもここまで素直に本を読んでいたことに戸惑った。元々、彼には本を読む習慣がなかったからか、学問への興味はなかった。だが、今日は違った。暇つぶしとはいえ、自分が好意を抱いている相手から勧められた本を読むことで、彼の知的好奇心が初めて刺激されたのかもしれない。サージャが初心者向けの本を選んだことも一役買い、彼は本を読むことの楽しさを知ることになった。

 アイアスが魔女の偉業などの頁をめくっていくと、章末に描かれた魔女たちが姿を現す。彼はその絵に思わず目を疑った。白の魔女として描かれている絵を見つめる。思わず窓に目を向ける。しかし、そこからはアイアスが望む人物は見えなかった。本に目を戻す。そこに白の魔女として描かれた絵は、サージャと同一人物ではないかと思えるほどによく似ていた。絵は洋墨で描かれているから、髪や肌の色までは分からない。だが、丁寧に描かれたその姿は、サージャと瓜二つなのだ。


 アイアスはしばらく、その絵に穴が開きそうなほどに凝視した。

 アイアスは長考した後、この考えを一蹴した。


 いくらなんでも、自分の命の恩人が神の使いである白の魔女なんて、話が出来すぎている。まるで、自分がサージャと出会うように神が仕向けたようだ。神がそんなことをする理由なんてない。信仰心を持っている神官や信奉者を助けるならいざ知らず、信仰心のない俺を助けるほど、神だって暇じゃない。いやそもそも、見守っているだけで助けてくれるかも定かではないのだが。

 サージャの印象もそうだ。確かに彼女は神秘的な魅力を持っている。それは事実だ。しかしだ、だから彼女が白の魔女という結論は短絡的すぎる。


 アイアスは、うだうだと考えながら三章以降も読んでいく。

 もしも、彼女が白の魔女なら、正体を聞いたら彼女はどうこたえてくれるのだろう。そんなことはないと、また笑って否定してくれるだろうか。だが、彼女が本当に魔女だったら? 魔女は人間たちの前から姿を消した。自分が正体を言い立てることで、彼女が姿を消してしまったら? 勇敢な用心棒である彼は関係が途絶えることに怯え、そのもしもを確かめる覚悟はなかった。


「アイアスさーん」


 サージャがアイアスに声をかけた。本に目を落としていたアイアスは振り返ると、彼女がテラスに手を掛けて、胸の前で手を振っている。アイアスが窓の前まで歩くと、彼女に返事をする。


「どうかしましたか」

「そろそろお昼の時間ですけど、何か食べたいものはありますか?」


 もうそんな時間帯だったのか。アイアスは何でもいいと答えたかった。だが、サージャがしつこく何でも聞いてくるものだから、何か要望を出した方がいいのかと考え、朝食に食べたサマをもう一度、出来れば他の食べ方をしてみたいと思った。


「じゃあ、サマで。できれば、他の食べ方って出来ますか?」

「あ、サマを気に入ってもらえました? そうですね。その身を一口大にして、ご飯に乗せてタレをつけて食べましょうか」


 アイアスはタレの味を想像しながら頷く。

 サージャはサマを気に入ってもらえたことを内心喜びながら、庭から屋敷に戻る。

 その後は、彼女が振舞ってくれた昼食に舌鼓を打ち、アイアスは読書を続ける。そして、その日が終わるころには彼は一冊を読み終わっていた。そのことを聞いて、サージャは自分が勧めたことと、神話について関心を持ってくれたことにますます嬉しくなった。


 この村の人たちは、私の話をよく聞いてくれる。聞いてくれるが、神話に興味を持ったり、勧めた本を読んでくれるわけではなかった。村人たちは私に興味があるのであって、私の興味があることに興味を持つことは万に一つもないのだ。

 でも、この前の助けた彼は、私の話をきちんと聞いてくれる。相槌だけじゃなく、自分の意見を返してくれる。自分が好きなものに関心を持って接してくれた。


 その日、心の高ぶりが落ち着かず、サージャはなかなか寝付くことが出来なかった。

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