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盾の用心棒と白の魔女  作者: 海藻 若芽
用心棒と白の魔女
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3話-2 朝食

 表玄関を抜けて廊下に出る。右に曲がり手前の部屋に入ると、何かを焼く香ばしい匂いが抜けていった。

 入り口の反対側の壁に一面、格子状の窓がはめ込まれた部屋だ。カーテンは端に寄せられていて、景色を見ることができた。といっても、海の反対側なので、見えるのは青々と茂る山だけである。この時間帯は陽射しが入り込まないので部屋は薄暗かった。広さは大人数でパーティーを開くことができそうなぐらいに余裕がある。一人だと暗さも相まって、虚しさや寂しさに駆られそうだ、とアイアスは昨日と同じ感想を抱いた。


 この部屋には小さすぎる、純白のテーブルクロスが掛けられた二人掛けの食卓には、ランプが中央で火を灯していた。椅子の前には斑模様の焼き魚が湯気を上げていた。アイアスは、彼にとっては手狭な椅子にぎっちりと座る。サージャが底の深い皿に入ったスープを二つ持ってきて、彼の前に置いた。黄金色のスープには、一口大で食べやすくした野菜や山菜が具沢山に浸っている。


「今日はサマを焼いたのと、ネリアとニマン、ピンの実のスープです。どうぞ召し上がれ」

「サマ、ですか?」


 聞きなれない魚の名前をアイアスが聞き返す。


「あ、サマって知りませんか? この島の近くで良く獲れる魚なんです。今の時期なら身がしっかりしてて美味しいですよ」

「あまり魚を食べないもので。帝国だと新鮮な魚は高いんですよ。逆に安物は食えたものじゃない」


 アイアスは大袈裟に肩を落とした。


「内地まで運ぶのが大変ですからね。生魚は痛むのが早いですもんね」


 そもそもアイアスは魚を滅多に食べない。宗教上の理由ではなく、好みの問題である。

 よく食べるのは肉で野菜も滅多に食べない。師匠から何事もバランスよく食べるように指導されていたが、食べなくてもいいなら、肉さえあればいいと彼は断言している。その実、独り立ちしてからは付け合わせの野菜ぐらいしか口に入れていない。


 かといって、出されたものを無下に出来るはずもない。立地を考えるならば、魚も野菜も新鮮そのものだ。昨日は干し肉とともに根菜を炒めた料理のパサラ炒めをいただいたので、この村に来てから魚を食べるのは今回が初めてである。

 相槌を打つアイアスに、サージャは食器を手渡すと、反対側に着席した。


「それじゃあ、いただきます」

「はい、召し上がれ」


 まず、アイアスはサマに手を伸ばす。棒状の食器の先端がサマに触れると、軽い弾力が先端を押し返した。そのまま力を込めていくと、あっさりと身の中に入っていった。身を割いて、一口放り込み、噛み応えのある身を楽しむ。身から染み出る脂に乗って、塩味が口の中に広がっていく。

 美味しい。欲を言えば、もう少し濃い味が良かったが、それでも十分に美味しかった。その証拠に、アイアスは知らず知らずの内に口角が上がってしまう。


 何口かサマに舌鼓を打って、整えるためにスープをごくりと飲み込んでみる。これも彼を満足させるのに十分な味だった。


「どれも美味しいです」


 アイアスは朝食の感想を素直に述べる。その言葉に、サージャは嬉しそうに深く頷いた。


「なら良かったです。どれもこの村で採れたものなんですよ。サマはこの村の近海で、スープの方は山で採れた山菜で」


 サージャもサマを食べると、頬に手を当てて、顔を綻ばせた。


「ん~やっぱり美味しいですねぇ」


 その心底嬉しそうな表情に、アイアスは別の意味でにやけてしまった。


「アイアスさんも、満足していただけたようで良かったです」


 アイアスの表情を見て、サージャは満足そうに微笑んだ。確かに料理には満足していたが、にやけた理由がそちらではなかったので、彼は少し気恥しくなった。そのことを誤魔化すようにスープを一気にあおった。


「今日は何をするんですか?」


 スープをゆっくりと飲み終えたサージャがアイアスに予定を尋ねる。彼は少し考えた後、こう答えた。


「先ほど薦めていただいた神話に関する本でも読んでみようかなと」


 今朝の出来事から神話に興味が湧いたわけではない。だが、いい暇つぶしと、彼女との共通の話題になるだろうと、打算的に読むことにしたのだ。

 食事を終えたサージャが、自分のものと、先に食べ終えたアイアスの、二人の食器を水のはった流し台に持っていく。アイアスは手伝おうとせず、洗い物をする彼女を眺めていた。昨日、彼女を手伝えることがあるかと尋ねたが、丁重に断れている。サージャからすれば、客人の彼を台所に入れるのは抵抗があったのだ。アイアスは手持ち無沙汰だが、ふらふらと勝手にどこかへ行くわけにもいかず、彼女の所作をただ観察することしかできなかった。


 サージャのような美人には似合わないといえば失礼だろうが、意外な一面だと思わせられる家庭的な所作は見ていて飽きなかった。だが、じっと見つめているのもどこか居心地が悪く、窓の外と台所にふらふらと目を泳がせていた。


「すみません、お待たせしました」


 サージャは洗い物が終えて、食卓のほうに戻ってきた。アイアスも立ち上がると、一緒に部屋を出て、本棚がある書斎へと向かう。


「これですね」

「ありがとうございます」


 少し悩んで、サージャが本棚から一冊の本を取り出してアイアスに差し出した。

 黒い装丁の表紙には、『神が住む島』と白抜きで書かれている。アイアスは彼女にお礼を言ったが、内容が堅そうな本に、早速億劫になっていた。


「私は庭で花の手入れをしているので、何かあれば呼んでください」


 サージャは本を預けて、花の手入れの道具を取りに書斎を出ていく。アイアスはそれを見送ると、書斎にある机に本を置いた。自分も椅子を座ると、その本の表紙を重々しくめくる。

 真剣に読まなくていい。流し読みなら寝ることもないはずだ。


 白紙の頁を挟み、もう一度捲ると今度は黒い文字の表題が姿を現した。表題から目次へと続いていく。目次を当てにせず、最初から読むことにした。

 アイアスがいくつかの頁を読み進めていく。


「はじめに」という題には、この世界の創世について、短くまとめられていた。

 この世界は、私たちの唯一にして無二の神、アイによって創られた。


『まず、何もないところから大きな大きな、人間では到底歩ききれないほど巨大な皿を作った。その空っぽの皿に、アイが涙を零す。涙はみるみるうちに皿を満たす。並々まで注がれた涙の上に、アイが自分の垢を落とすと、垢が大地となる。アイが大地に息を吹きかけると、大地が様々な植物や動物で極彩色に彩られていく。アイは自分の髪の毛を引き抜くと、大地の上に置いて撫でる。初めての私たち人間へとなったのだ。最後にアイは、この世界を見守り、導いていくための自分の分身を作った。アイは、この世界を今もどこかで見守り続けている』


 見守ってくれているが、守ってくれるわけではないのか。

 その言葉が、アイアスの頭をよぎった。彼の両親のことが記憶から思い起こされたからだ。その言葉は小さな棘となって彼の心に残り続けた。気にすることではない。そのうち忘れるさ。彼はわだかまりを残したまま、頁を進めていく。


 こういった本は初めて読んだが、意外とすんなり入ってくるものだな。

 読む前はその装丁の重さから内容も重いものだろうと推測していたが、予想に反して、文体は重々しく小難しい用語や凡人には理解のできない詩的な表現もなかった。彼は知らないが、手渡した本はその見た目に反して、初めて神話を学ぶ人向けに書かれた内容であることをサージャは把握して選んでくれている。


 サージャのことが気になり、テラスが見える窓まで身体を傾ける。窓の向こうはテラスに遮られ、庭を見下ろすことができない。立ち上がってテラスまで行こうともしたが、もう飽きたと勘違いされるのも嫌だったのでもう少し読み進めることにした。

 一章にはこの世界についての詳しい解説が載っていた。


 アイアスはそれを流し読みして、二章へと進んでいく。

 二章には、「神の使いである××について」と表題にあった。アイアスは困って首を傾げた。神使いの後に書かれた単語は、彼の知らない単語だったのである。


 仕方がないのでサージャに聞いてみようと、テラスに出る。

 サージャは庭に咲いた花へ水をあげていた。アイアスはその小さな命に世話を焼く、慈しむ彼女の美しい姿に見とれて、話しかけるのを忘れてしまった。


「あれ、アイアスさんどうかしましたか?」


 視線に気づいたのか、振り返ったサージャが驚きと疑問を混ぜた顔で彼のほうを見つめる。すっかり見とれていたアイアスは慌ててさっきの頁を彼女に開いた。

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