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盾の用心棒と白の魔女  作者: 海藻 若芽
用心棒と白の魔女
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6話-2 神託

 高ぶっていた感情が急降下していく。血を分けた子たちを手にかけ、なおかつ自分には自殺しろ。血も涙もないとはまさにこのことだ。こんなことを言うのは、親の所業ではない。サージャの美しく白い肌が、青白く染まっていく。その身を抱く指は僅かに震えていた。

 こんな非情なことを言うような方ではなかったのに。全てを慈しみ、全てを尊ぶ。穏やかで優しいあの方の影はその発言からは欠片も残っていなかった。いつ変わってしまったのか。それとも、そうならなければいけないほどに事態がひっ迫しているのか。ならば、あの方が本当に守りたいものは一体なんなのだ。


 サージャは相手もいない空間へ視線を泳がせる。どの返答が正解なのか、考えを巡らせてみるが、これだ! と決定打になる名案が出てこず逡巡する。意気揚々と受け入れようとしていたのに、いつまでも悩んでいると誰もいない白い空間が一転、どこからか視線を感じるようになった。振り向いても、そこに目はない。透明人間に監視されているような気持ち悪さが彼女を中心に渦のようにまとわりついてくる。

 あの方は回答を待っているのか、声を発しない。彼女は決断しない限り、この空間から目覚められないことを勘づいていた。


 きっと、あの方は私が頼みを受け入れると確信している。サージャは空間の声の言ったことを拒否することが出来ない。なぜならば、生み出された時に、そういう風に造られたのだから。この時だけは、サージャは自分の意思で拒否することが出来るあの子たちのことを羨ましかった。

 受け入れるしかない。サージャが覚悟を決める。だが、一点だけ、そう一点だけ。他の子たちを殺すことよりも自分が死ぬことよりも、優先したいことがある。


「……最期の場所を、選ばせていただけないでしょうか?」

「無論だ。他の娘たちの後であれば、自由に選べばよい」


 その返事に、心を覆っていた霧が一気に霧散した。サージャには、最期に見ておきたい景色があった。最期にあの景色を見られるならば、私は心置きなく信愛し敬愛するあの方の元へと還ることが出来る。それだけでサージャの心は雲一つない晴れやかな空のようになった。だが、そんな空に一片の小さな雲が流れてくる。


「ですが、わが父。気がかりが一つだけ」

「なんだ?」


「私には他の子たちが持つ、戦う力はありません。私にはあの子たちを殺す力を与えていただけないでしょうか」


 サージャが、戦うだの殺すだの物騒な言葉を口にしたことを、誰も一度も聞いたことがない。しかし、それはあくまで、サージャがひた隠しにしていた面だからだ。イッスの村人たちやアイアスが持っている、御淑やかで草花を愛する虫を殺せないような人物像も間違いではない。だが、それは彼女を背後から見た一面である。誰も彼女を真正面から見た人間は未だいない。


「案ずるでない。お前にはすでに力を与えている」


 空間の声はそういうが、身体から湧き上がってくる熱い衝動や目を見張るような筋肉増強はない。それとも、感知していないが新しい能力を授かっているのだろうか。


「あの男。最近お前のところに流れ着いた大男がいるだろう」


 アイアスさんのことだ。サージャは直感する。


「あの大男を利用するのだ。あの男ならば、必ずお前の力となる。そのために、あの村に流れ着かせたのだから」


 サージャは口を噤んだ。もしかして、あの嵐が起こったのはただの天災ではなかったのか? しかし、それを確かめる勇気は彼女にない。いや、そもそもそれだけの力が残っているのであれば、私たちを取り込まなくても世界を維持することなぞ、造作もないことのはずだ。

 しかし、アイアスさんは真実を話しても信じてくれるのだろうか。サージャは顎に手を当てて、彼の反応を推し量ってみる。


 彼は私を好いてくれているから、私を邪険に扱われることはないだろう、と思う。なら、素直に話してしまおうか。しかし、本当は彼から敬遠されるようになったりしないだろうか。いくら何でも荒唐無稽すぎると呆れられたりしないだろうか。

 そうなるのは、少し嫌だ。会って数日の人なのにどうしてか、そう思ってしまう。喉に小骨をつっかえたような不快感だ。


 そもそも、つい一昨日まで神話のしの字すら知らなかった彼に、私は魔女です世界が消えてしまいますなんて話をして、はいそうですかと信じてくれるほど、純粋ではないのではないか。そんな少年のように純真な人なら、用心棒なんて務まらないだろう。

 なら、彼に真実は言わないでおこう。しかし、どう彼を説得する。いざとなれば、信じ込ませることは簡単だ。私の力を行使すればいいのだから。だが、出来れば使いたくない。操り人形は、これ以上作りたくない。使うのは、せいぜい位置を確認することぐらいにしなければ。


 ……そういえば、青の子が言っていたな。嘘を信じさせたいのなら、嘘に真実を織り交ぜることが重要なのだと。ならば、私は彼の心に楔となる真実を混ぜよう。突き刺して、抜けないように鎖でがんじがらめして、彼自身が彼の考えで私を守るようにしなければならない。


「そろそろ時間である」


 空間の声が、密会の終わりを告げた。

 サージャは黙って首を縦に振る。次に声を聴けるのはいつになるのか。還るまで会えないと言われるのが嫌で聞けなかった。意識が遠のいていく。サージャは何かに包まれていく心地よさに身を委ね落ちていった。


 サージャが意識を取り戻すと、そこは自宅のテラスだった。彼女は意識を失う直前に花の手入れを終えて、テラスで一休みしていたことを思い出す。テーブルに置かれたお茶はすっかり冷めている。

 サージャは暫くカップを眺めていたが、入れ直さなければと席を立つ。すん、とサージャの鼻が何かの匂いを探知した。サージャは手を止めて、真っ先に山へと鼻を向ける。山の方から漂う、争いの匂い。そして、


「……アイアスさんと、マリさんが!」


 サージャが声を張り上げる。何かに襲われているかまでは分からないが、危機的状況にあるのは判別できた。急いで助けに行かなければ。今、彼を失うわけにはいかない。これが使命からくる焦りなのか、喪失感からくる焦りなのか、サージャ自身も理解できていなかったが、頭の中は焦りの色で染まっていた。サージャは転びそうになりながら、村へと足を走らせた。

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