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盾の用心棒と白の魔女  作者: 海藻 若芽
用心棒と白の魔女
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5話-4 下山

 アイアスは短く息を切らしながら、ブロブロが死んでいることを確認する。舌をだらっと吐き出して、つつこうが叩こうが動く気配はない。爪先で軽く蹴ってみるが反応もない。アイアスは死んでいると確信すると、マリに呼び掛ける。


「マリさん、終わりました。もう大丈夫です」

「ま、まさか本当に勝ってしまうなんてねぇ~」


 大木の後ろから顔を覗かせたマリは口をぽかんと開けて驚かせて、まじまじとアイアスとブロブロを見比べている。


「アイアスさんは、正真正銘、命の恩人だねぇ~」


 マリは両膝に手をついて深々と頭を下げた。その背中に背負っていた籠の中身はずいぶんと零れてしまっている。


「いえ、これが仕事ですから」


 アイアスは謙遜しているわけではない。だが、感謝されるのは、こそばゆいものがあり、用心棒の仕事だということにして誤魔化した。


「ブロブロはどうしますか?」


 息を整えたアイアスが横たわったブロブロを指さす。マリはブロブロを一瞥してから首を横に振った。


「そうさねぇ……。ここに放置しようにも、邪魔になるし、他の野生生物を呼ぶのも嫌だしねぇ~。持ち帰れるなら、持ち帰るかねぇ~」

「分かりました」


 アイアスはブロブロの前足を肩に担ぐと、引きずるようにして下山を再開した。籠の口がこの重量に押し潰されて凹んでしまったが、帰ったら直そうと諦めた。マリは後ろから支えたほうが良いかと手を添えようとしたが、自分の力では支えにもならないと思い、手を引っ込めた。



 下山した二人を待っていたのは、サージャと数人の村人だった。村人たちは一様に農具を持って待ち構えていたので、アイアスたちは何事かと驚いた。

 村人の一人が口を開く。


「いやぁ、サージャ様が慌てた様子で村に降りてきてな。何事かと思ったら、山に入ったアイアスさんとマリさんが危ないーって言い始めての。近場にいた数人かき集めて来たところなんじゃが、無事みたいで良かった良かった」


 村人たちは安堵の表情でうんうんと皆一様に頷く。

 アイアスは頭の上に疑問符が浮かび上がった。自分たちは野生生物に襲われていた。危機的状況にあったことは本当のことだ。だが、どうしてサージャが気づくことが出来た? 救難信号は打ち上げていない。争っていた音が聞こえる距離でもない。ただの直感だとしても、村人たちに農具を武器で持たせてまで森に入ろうとするのは、あまりにも仰々しい。

 その疑問を投げかけようかと喉まで出掛かったところで、サージャが彼の前にやってくる。草丈の短い草たちはサージャに踏まれると情けなく折れてしまった。サージャの表情は笑顔なのだが、アイアスは背中に寒気が走った。


「どうして、まっすぐ村まで逃げなかったんですか!?」


 笑顔から一変。サージャがその細い唇には似合わない大きな声を出す。その怒声にアイアスだけではなく、その場にいた村人たちも目を見開いた。アイアスは咄嗟のことで口籠ってしまっていると、サージャが答えを待たずに続けて唇を動かした。


「何を考えているんですか! そんな野生生物と戦うなんて! 下手をしたら二人とも死んでいたんですよ! 分かっているんですか!?」


 アイアスは混乱した。サージャが声を荒げるような人柄でない印象を持っていたこともそうだが、どうしてブロブロと戦ったことを知っているのか。様々なことが同時に頭を駆け巡って考えがまとめられなかった。アイアスがまた返事できずにいると、サージャは顔を睨みながら、乱暴に右腕を掴んだ。そして、強引に胸元まで引っ張る。手放されたブロブロの死体が背中からずるりと地面に落ちていった。


「右腕は! 痛みはないんですか! 怪我が悪化したら一体どうするつもりなんですか!?」


 サージャに怒鳴られ、アイアスは改めて右腕の感覚を確かめる。力を込めてみても、目覚めたころのあの刺すような痛みはない。山菜取りの時の感覚と何も変わらない。アイアスにはもう完治したも同然だったが、予想した予定日よりはまだ日があるので、彼女が心配するのも無理はない。

 周りの村人たちは、誰一人口を出すことが出来ない。


「も、もう痛みはありませんから、大丈夫ですよ」


 その言葉に、サージャは疑いの眼差しで見つめた。アイアスはその長い睫毛や透き通る大きな瞳の美しさを凝視しながら頷いてみせる。しばらく見つめ合った後、サージャは、ふぅっと溜息を吐いた。


「声を荒げてしまってすみません。……あまり無茶しないでくださいね。いくらお強くても、死んでしまうことだってあるんですから」


 アイアスは、この言葉に含蓄があるように思った。何故そのように思ったかは本人にも分からず、その瞳に潜む真意を読み解こうとする。だが、その前にサージャは手を撫でるように右腕を離し、彼からも距離を取る。


「先に戻ってますね」


 そう言うと、振り返らずに家の方へ歩いて行ってしまった。その場に残されたアイアスと村人たちは少しの間呆然として、驚きと困惑が入り混じった顔を見合わせる。


「いやぁ、しかし驚いたねぇ」


 口火を切ったのはマリだった。マリの言葉を肯定するように、村人たちは頷く。


「サージャさんが声を荒げたことですか?」


 アイアスの質問に、マリが答える。


「そうねぇ~。サージャ様は、あんなに声を荒げたりする人じゃないからねぇ~」

「そもそも、サージャ様が声を荒げたのは今回が初めてじゃねーかぁ?」


 そういって会話に入ってきたのは両端に黒い髪を残した浅黒い肌をした老年の男性である。その手には漁で使うであろう投網が握られている。


「ゴータさんじゃあないかぁ~。漁はもういいんですかぁ~?」

「今日は不漁でな。切り上げて帰ってきたらこの有様よ」


 ゴータと呼ばれた老年の男性はマリの質問に頷いて答える。そして、アイアスの方を向く。


「あんさんは知らねーだろうが。サージャ様は俺たちの前で、あんなに感情を露わにするのは今回が初めてさぁ」

「そういえば、そうねぇ~。サージャ様が怒ったのは今回が初めてだねぇ~」


「そうなんですか……相当不機嫌にさせてしまったんでしょうか」


 アイアスはどういった理由であれ、サージャを不快にさせてしまったことを申し訳なく思った。彼女がどうやって危機を察知したのか、先送りになってしまった。いずれ聞くべきことなのは確かだが、聞いてしまうと不機嫌になりそうで、気が重くなった。


「さてなぁ。心配って言っていたし、心配のあまり怒っていたんじゃあないのかねぇ。あまり気を落とすことじゃねぇさ」


 ゴータは腕を組み、うんうんと首肯する。マリもそれに同意するが、そのフォローもアイアスの表情は晴れなかった。


「……ひとまず戻ります。マリさん、今日はありがとうございました」


 アイアスは足取りを重くしながら、サージャの家へと足を向けた。

 その場に残ったのは、村の住人たちと、アイアスにも忘れられたブロブロ。住人たちはどうするか暫く話し合った後、ブロブロをひとまず解体することにしたのであった。

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