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盾の用心棒と白の魔女  作者: 海藻 若芽
用心棒と白の魔女
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1話 旅立ち

 アイアスが師匠からの手紙を受け取ったのは、用心棒の仕事を終えて自宅に戻ってきた直後だ。彼は手紙の内容を見るや否や、返事も書かずに師匠がいる島ティークへと向かう船に乗り込んだ。それほどまでに、手紙の内容は衝撃的で、アイアスを即座に行動させるのに十分な理由だったからだ。

 師匠の元へ向かうために乗り込んだ、装飾が施されていない木造の船は島に商品を運ぶための貨物船であり、決して移動する人の客室は用意されていない。しかし、急いでいた彼は海賊が出るかもしれないからと半ば強引に船長を説得し、用心棒として乗り込んだのだ。普段ならこんな無理矢理な手は取らないのだが、世界の危機とでも言わんばかりの鬼気迫った物言いに、頑固な船長も乗せざるを得なかった。


 最終日まで、海賊に襲撃されることも時化に見舞われることもなく、実に平和な船旅だったといえる。

 しかし、アイアスは焦っていた。なぜなら、今まさに命の危機に瀕しているからだ。


 船は、海の上を踊らされていた。雨は容赦なく甲板を打ち付け、風は激しく船体を揺らす。つい数時間前まで晴天だったはずが、人知れず暗雲を立ち上らせていた。アイアスや年若い乗組員たち――経験深い船長でさえ、その嵐の予兆を見抜けなかった。乗組員たちは、なんとかこの状況を切り抜けまいとマストや舵を操って、この天災と戦っているが、戦況はすこぶる劣勢だ。

 そんな中、揺れる船内には不釣り合いの重厚な――岩石のように武骨な――鎧を身にまとった二メートルを超える大男のアイアスはというと、一人船内を借り物の部屋に向かうために走っていた。いかにも重そうな鎧を身にまとっているが、その走る姿は重さを感じさせなかった。


 前後に振るわれる腕は丸太のように太い。脚は根を張る大木のごとく堅く、それでいて床をしっかりととらえていた。進む肉体の筋肉が常人でないのは明らかだ。冷や汗が流れる顔はどちらかといえば平面顔で、巨体が揺れるたびに乱れていく黒髪は短く切りそろえられている。前方を睨む少し吊り目の灰色の瞳も合わさって、大鬼に見間違うほどに屈強な威圧感がにじみ出ていた。

 こんなはずではなかった。アイアスは心の中で独りごちた。用心棒として、いつ海賊に襲われてもいいようにと、甲板でも鎧と愛用の長盾を手放さなかったのが仇になってしまった。この足元もままならない状況では、どうにも乗組員の彼らを助けるどころか、足手まといになってしまう。この嵐を乗り切らなければ、命はまずないだろう。この鎧を脱いですぐに戻らねば。しかし、長年付き合ってきた商売道具である。甲板に捨ておけるほど、どうでもいいものではなかった。


 海はさらに大きく波打ち、船底が持ち上げられる。まるで船が島にたどり着くのを拒んでいるかの揺れは大柄のアイアスですら足が床から離れるほどの衝撃。流石の彼もふら付いて壁に手をつく。

 このままではまずい、と直感する。先ほどから受ける波が高くなっていることを鑑みれば、いずれ船が転覆するのは、素人の彼の目からでも明らかだった。


 覚束ない足取りで、彼は部屋までたどり着いた。壁に手をついて体勢を保ちながら、取っ手を回して、扉を開く。


「くっそが!」


 アイアスは厚底の長靴で思い切り床を踏みつけた。床に穴が開きそうなほどの音が船内に響くが、誰かがそれに驚いて来ることはない。

 部屋はもう海水で水浸しになっていた。備え付けの丸窓が割れて、波打った海水が部屋に流れ込んできていたのだ。部屋には拳大の石が窓の下に落ちていた。たまたま流れ着いたのがこことは、とアイアスは運の悪さを呪った。


 もう待ってくれる余裕はない。この災害は、今にも船を食らいつくそうとしている。額の冷や汗を一拭いして、焦燥を強引に払いのけた。

 まずは状況の把握だ。


 アイアスはまず、備え付けの寝台のそばにあった円卓を確認する。円卓は倒れて、載せていた鞄が転がっているが、留め具は壊れていなかったので中身は飛び出すまでには至っていない。割れた窓を見ると、破片が床に散らばっている。あの程度であれば、履いている長靴を破って刺さることもない。縁に傷は見られない。窓が割れただけで、この場所なら鎧と得物が船外に転がっていくことはないだろう。

 アイアスは背負っていた大盾と腰に巻き付けていた短剣のベルトを円卓に置くと、素早く鎧を脱ぎ始めた。慣れた右手を左腕に回し、脇のあたりのある革の帯を外していく。左腕の籠手が外れ、右手も同様に外すと、一気に軽くなった両手を腰に回した。上下の鎧を繋ぐ留め具を取って、腰に巻いた革の帯を鎧から取り去る。両手をかけ、一思いにずり降ろそうとした。だが、膝のところで鎧の関節が引っ掛かり、脱ぐのに苦労してしまう。やっとの思いで足元まで降ろすと無造作に寝台へ投げ捨てた。最後に、わき腹にある留め具たちを手間取りながらも一個ずつ外すと、上半身の鎧を脱ぎ去ると、屈強な彼の肉体が呼吸をするたびに上下した。本来の俊敏さを取り戻した彼は勢いよく部屋を飛び出した。戻って、乗組員たちの手助けをしなければいけない。


 一刻も早くと気が急いていたからだろう。廊下の丸窓の一つから見えた、迫る岩肌に彼は気づくことができなかったのだ。

 船内が今までとは比べ物にならないほどの衝撃を受ける。その衝撃は、屈強な大男であるアイアスでさえ、軽々と床に転がされるほどだ。


 岩肌に衝突した船の横っ腹はズガンと大穴を開けた。吸い込まれるように雨と海水が一気に流れ込んでくる。その流れに乗っかって、砕かれた木片たちが飛び散ってくる。アイアスは回避しようと、その場で立ち上がろうとした。

 ぐらりと、船内が揺れた。


 気付いた時にはもう遅い。船が大きく反対側に引っ張られる。アイアスが必死に手を伸ばすが、そこに掴めるものはない。

 開いた大穴から、用心棒は船外に投げ出された。


 不幸中の幸いといっていいのか、岩肌にぶつからず、海面へと落下した。全身を叩きつけられた鈍痛に意識を失いそうになるのをかろうじて堪える。文字通り、必死に両手両足を動かして、海中に沈むことは免れたが荒波は無情にも彼に襲い掛かる。自然の驚異が彼を飲み込んでいく。必死にもがき、進もうとするがその場で沈まないようにするのがやっとだった。

 アイアスは必死に意識を保とうとしたが、自然の脅威には無駄な足掻きで、何度目かの大波に彼の肉体は呆気なく飲み込まれた。師匠……。脳裏に浮かんだのは、会いに行くべき恩師の顔だった。意識を失う一瞬、肉体が何かに包みこまれるような感覚がしたが、生きることを諦めた彼にはどうでもいいことだった。



 朝、サージャは晴れた砂浜を一人歩いていた。朝日が照らすサージャの髪は銀色に輝き、風になびく姿は美を司る女神を思わせるほどに神秘的で魅力的だった。

 砂浜は昨日の嵐のせいだろう、波打ち際に様々な漂流物が流れ着いていた。割れた木片や海藻、何かの布の切れ端や二枚貝の片割れ等々。変わり種といえば、岩石をくりぬいたような鎧が流れ着いていることだろうか。普段なら絶対に流れてこない代物にサージャは頭に疑問符を浮かべたが、どこかの商品がたまたま流れ着いたのだろう、と自己完結で納得した。


 鎧よりもおかしなものを発見して、サージャは思わず凝視した。そして、そのおかしなものへと、彼女は駆け寄っていく。先にあったのは、波打ち際で倒れる大柄な男性。その手元には何故かその男性と同じぐらい大きい木の板のようなものがある。

 死体かな、とサージャは率直に思った。昨日の嵐のことは知っているし、男性が船乗りであれば死体が流れてくるのはあり得ないことではない。


 どこの誰かは分からないが、せめて供養はしてあげよう。そう憐れんだサージャは死んだ男性に近づいていく。


「え、嘘。生きてる?」


 近づいたサージャは、男性が僅かに呼吸していることに驚愕して、思わず口に出した。神のいたずらか、はたまたただの強運か、男性はあの嵐の中を生き残ったのだ。彼女は、こんな奇跡もあり得るのか、そう思いながら次に取るべき行動を模索する。

 ここで出会ったのも、運命かな。まずは屋敷に運ぼう。だけど私一人じゃ、この人は到底運べない。そう思ったサージャは、男性を助けるため、他の村人たちを呼びに戻るのであった。

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