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アンチ魔法の錬金術師  作者: 春日丁字
7/12

六話

ヴェルギナに着く頃には辺りはすっかり暗くなっていた。空は曇っていて、一雨来そうだった。

「じゃあな」

「またね。研究の手伝いとかさせてね」

 アンリとボルタと別れたテーゼは嬉々として研究室へ向かった。これで自分の研究は今よりさらに進むことになるだろう。そして父とともにこの魔術と錬金世界の発展にいそしむのだ。

 父の研究室はまだ明かりがともっていた。テーゼは邪魔をしないようにこっそりと自身の研究室に入り、コハクを机の上にゆっくりと置いた。

 すぐにも実験に取りかかりたかったが、久しぶりの運動でくたくただった。身体が重く、気がつくとテーゼは泥のように眠っていた。


 空間を割くような音がして、テーゼは目を覚ました。これは警戒音だ。テーゼは一気に緊張した。

 誰かが研究所敷地内に侵入したのだ。つまり門の魔法が破られたことを意味していた。

 テーゼは父の研究室に駆け込んだ。父とその仲間の研究者たちは無事で、テーゼはほっと胸を撫で下ろした。

「テーゼ! お前帰ってきてたのか」

「何が起きたの?」

「侵入者だ」

 父の研究者仲間が言った。魔術の心得があるのか、手には杖を持っている。「今ので通報がいってるはずだからすぐに警備隊が来るぜ」

 その言葉通り、外から爆発音や、破壊音が聞こえてきた。研究室の窓が時折揺れた。

「……最近不穏な動きがあるとは聞いていたけどな」 

 父は苦々しい顔をして研究室の窓を見ていた。

「皆は念のため〈防御膜〉を張っておいてくれ。――テーゼには私がかける」

 突然、外が静かになった。研究者仲間が肩をすくめ、

「どうやら鎮圧されたみたいだな」

 と言って研究室の外に出た時、激しい爆発音が研究室を包んだ。研究所全体が震えるのがわかった。

 次に先ほど外に出た研究者仲間が研究室に倒れ込んだ。黒焦げになっていた。

「ありえない」

 杖を持った研究者仲間が言った。

「扉の魔法は王宮魔術師でも防げない代物だぞ。魔法そのものを無効化でもしない限り侵入は不可能だ」

 一気に緊張が高まった。警備隊は全滅してしまったのだろうか?

 ぬっと、入り口から姿を現したのは仮面にフードを被った奇妙な三人組だった。皆鳥のようなくちばしのついた仮面をしている。

「ここがエルステッド――、雷の研究室か?」

 一番前に立っている赤い仮面が言った。その容貌からは想像できないような、透き通るような声だった。

 杖を持った研究者仲間が仮面に向かって〈麻痺の魔法〉を放った。しかし杖から放たれた魔法は仮面の前の空間で消滅した。それは『防がれた』というより『消えた』と言った方が正しかった。

「反逆者が」

 仮面は憎々し気にそう言うと、無造作に手を振った。研究者仲間は一瞬で火柱に包まれた。

「テーゼ、逃げろ」

 エルステッドはテーゼにそう囁くと、仮面たちの前に立ちはだかった。

「私がエルステッドだ。残念ながらここはパーティー会場じゃないんだ。帰ってもらえないか?」

 仮面たちが笑った。仮面たちは完全に油断していた。エルステッドはその隙を付き、机の上に置いてあったフラスコをいくつか掴むと、仮面に向かって投げた。フラスコ同士はぶつかり合い、割れ、爆発音とともに白い煙を囂々と上げて部屋中を覆い尽くした。

「今だ!」

 父の声に従って、テーゼは仮面たちの間を縫って外に出た。しかし研究所の外へつながる廊下は瓦礫で塞がってしまっていた。テーゼは素早く自分の研究室へと飛び込んだ。

 怒号と爆発音が聞こえてきた。テーゼは頭を抱えて机の下で丸くなって震えていた。


 どれくらいの時間がたったのだろうか。数時間にも思えるし、数分のことにも思えた。

 警戒音だけがむなしく鳴り響いていた。魔術師によるテロに間違いなかった。

 警察はどうしているのだろうか。他の研究棟の警備隊はこのことに気がついているはず。もう少し耐えればなんとかなるとテーゼは自分に言い聞かせた。

 ゆっくりと研究室の扉が開いた。足下しか見えなかったが、仮面だとすぐにわかった。身も凍るような思いだった。テーゼは息をするのも忘れて、身体を硬直させていた。

「そこにいるのはわかっている」

 机がひっくり返り、テーゼは無防備な状態で仮面と相対することになった。

 赤の仮面だけだった。ひび割れた仮面から覗く金色の目がテーゼを見下ろしていた。

「エルステッドの息子だな」

「……ど、どうした」

 どういう目的なんだ。と訊くつもりだった。しかし震えて言葉にならなかった。

「お前たちの研究は神に背く。だから罰する」

 仮面はテーゼの心を読み取っているように思われた。

「だが残念だ。私は子供を殺せない」

「――十五だ」

 擦れた声で言うテーゼを見て仮面は笑った。

「十分子供だ」

 仮面が手を振ると、テーゼは何かに掴まれたかのように浮かび上がり、部屋の真ん中へと移動させられた。

「お前には最も辛い罰になるだろう」

 抵抗するが動けない。仮面は懐からチョークを取り出すと、テーゼの周りに何か文様を書き始めた。見たこともない文字だった。

「さらばだ」

 仮面がそう呟くとテーゼの全身が光に包まれた。どこかで知っている感覚が全身を駆け巡り、テーゼは気を失った。



 ――目を覚ますとそこは知らない天井だった。

 いや、正確に言えば違う。よく知っている天井だが、知るはずのない天井だということだ。

 頭が混乱していた。深呼吸をして天井を眺めた。

 天井の複雑な模様は魔術の効果を高めるためのまじないで、数年前から流行っているものだ。ふかふかのベッドは太陽の匂いがする。

 起き上がって鏡を見る。金髪に漆黒の目、白い肌はまさに昨日まで見ていた自分の顔だ。

 しかしそれはここの自分の顔で、先ほど思い出した今までの顔とは違っていた。

 セイスは涙があふれ出るのを感じていた。テーゼというのは今思い出した昔の名前だった。

 セイスとしての記憶と、テーゼとしての記憶が混ざり合い、頭がおかしくなりそうだった。

 セイスはテーゼであったときの記憶の全てを思い出した。

 セイスはテーゼだった。今はテーゼの肉体ではなく、セイスの器に収まっているが、魂というものが存在するならばそれは同一のものだった。

 テーゼは転生させられたのだ。それも、今度は天才魔術師として。

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