三話
南部の気候は中央のそれとは全く違うというのは本で読んで知っていたが、ここまでとは思わなかった。
空気は乾燥しているし、照りつける陽差しは皮膚を焼き尽くすようだった。
テーゼは鞄から水筒を出すと、すっかり温くなった水を飲んだ。帽子を持ってくるべきだった。
既に暑さにやられかけているテーゼに対し、二人は元気だった。どこまでも続く赤い荒野を見てはしゃいでいる。
「凄いね。これが南部なんだ」
「ヴェルギナとは全然違うな。見渡す限り岩と砂だ」
二人がぐったりとしているテーゼに気がついたのは、存分に南部の空気を楽しんだ後だった。
「ごめん忘れてた!」
アンリが手を振ると、急に空気が涼しくなった。先ほどまでテーゼを襲っていた猛烈な熱が消えていた。
「防御膜の中ならこれくらいの気候はなんてことないわ」
ボルタは水を飲んでいるテーゼを見て感慨深そうに言った。
「しかし本当にテーゼは魔法が使えないんだな」
「――うるさい」
僕には錬金術があるんだ。と言おうとしたが、あまりにも子供っぽいと思ってテーゼは思いとどまった。
「ここからはどうやってドドナの洞窟まで向かうんだ?」
「駅から馬車が出ているはずだけど――」
駅は閑散としていて、馬車の姿は見えなかった。宿舎のような建物は見つかったが、柱の何本かは朽ちていて、とっくの昔に使われなくなったものであるとわかった。
「――今時ドドナまで魔法石なんか取りに行かないものね」
魔法石は魔法道具の作成に必要で、今でも王立企業によって採取は行われているが、ドドナの洞窟のものはほとんど掘り尽くされてしまっており、今では魔法研究者しか入らない。しかしここまで寂れているとは予想外だった。
「移動魔法みたいのはないのか?」
「火の機関がなければあったかもしれないな」
ボルタは鉄道を見て言った。テーゼは何故か少し気まずい気分になった。
「歩くとどれくらいなの?」
「半日くらいだった気がする」
しかしそれは訓練された大人の話だ。テーゼたちだともっとかかるかもしれない。
見渡す限り荒野だ。〈防御膜〉で暑さ寒さはある程度防げるのかもしれないが、それでも氷点下を優に下回る岩砂漠の夜は厳しいかもしれない。
「引き返そう」
悔しいが、仕方が無い。今度はしっかり馬車、もしくは騎士を雇おう。
テーゼが踵を返したとき、アンリが言った。
「何か聞こえない?」
耳をすますと、風の音に混じって、地響きのような音が聞こえてきた。
「――これは、馬だ」
ボルタは地面に手をついて東の方向を見ている。何か魔法で探っているのか、その声には確信めいたものがあった。
その言葉通り、少しして、馬車の姿が見えた。
馬の身体は赤黒く、そしてテーゼが知っているものよりも一回りほど大きく見えた。
「赤兎馬だ」
ボルタは舌打ちをすると、鞄から剣を取りだした。
「魔術師が剣術を使うのか?」
騎士が簡単な魔法を使うというのはテーゼも知っていたが、魔術師が剣を使うなどという話は聞いたこともなかった。魔術師は基本素手で、使うとしても杖だ。
そしてどうしてボルタがここで剣を出したのかわからないかった。ヒッチハイクをするなら剣なんて物騒なものは逆効果だというのに。
「アンリ」
「わかってる」
アンリが手を振ると、ボルタの姿が少しゆがんだ。
「テーゼは下がっていて」
「一体どうしたって言うんだ。ただの馬車だろう?」
「いや、違う」
ボルタは砂埃を立てて迫ってくる馬車を睨み付けたまま言った。
「赤兎馬を使うのは荒くれ者。――盗賊だ」
馬車はうなりをせまってくる。減速する気配は見られない。
「このままひき殺すつもりか」
ボルタは剣を持っていない手で馬車に向かって〈爆破の魔法〉を放った。
魔法は馬車の車輪を爆破し、馬車は勢いよく右旋回して止まった。
馬車が止まると同時に、中から人が降りてきた。人数は三人。全員が武器を持っている。
「素人だな」
ボルタは鼻で笑った。どうしてそんな余裕でいられるのか、テーゼには全くわからなかった。
男たちは、有無を言わさず襲いかかってきた。〈防御膜〉は魔法や熱などは防げるが、物質そのものを防ぐことは出来ない。助太刀しなくていいのか、とテーゼはアンリを見た。
アンリは首を振って、大丈夫、と言った。
「ボルタは魔術師だけど騎士に弟子入りしてるのよ」
ボルタは男たちの攻撃を軽やかに躱すと、一人一人、斬り付けていった。
それは流れるような動きだった。あっという間に男たちは地面に倒れていた。
「殺しちゃいない。でも次はない」
ボルタが剣を突きつけると、男たちは呻いた。
「ちょうど良かったな」
男たちを縛り上げ、駅に放り込んだ後、ボルタは馬車を見て言った。
「これで帰らなくてもいい」
無茶苦茶だ。テーゼは舌を巻いた。盗賊から奪うとは。盗賊のレベルが低かったというのもあるかもしれないが、ボルタの騎士としての腕も相当だった。
「でも車輪が壊れているわ」
〈爆破の魔法〉で右前輪が破壊されていた。
「修復魔法みたいのはないのか?」
「そんなに魔法って万能じゃないのよ」
アンリはため息をついて言った。魔法も思ったより使い勝手はよくないみたいだ。
「わかった任せて」
テーゼは腕まくりをして言った。ボルタは盗賊を倒し、アンリは僕を守ってくれた。次は僕の番だ。