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アンチ魔法の錬金術師  作者: 春日丁字
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一話

テーゼは白く表面がつるつるの石の歩道を、軽快な足取りで歩いていた。向かう先は王立錬金研究所の第一棟、テーゼの父エルステッドの研究所だ。

 エルステッドはセイヴァリの子孫である。テーゼは養子だったが錬金の神は血統には無頓着らしく、錬金術の才能に恵まれていた。齢十二歳にして王立大学を卒業し、錬金術師となった。現在十五歳で父の研究の助手をしている。

 エルステッドの研究は雷だった。彼の祖先たちが血のにじむような思いをして生み出した火の力とは異なる新しいエネルギーとして雷を見定めていた。

 雷の力の強大さは世間一般でも知られていたが、轟音とともに地を砕くその強大すぎる力を制御することは不可能だと見られていた。魔術師はその力を異質なる神の力と考えており、魔術の四大元素には含まれていない。

 錬金術師の仲間でも、エルステッドの研究を無謀だと揶揄するものもいた。テーゼはそういった陰口を聞くたびに殴りかかってやりたい気分になったが、暴力行為に出るのは最低の錬金術師だと自分を諫めていた。

 父の助手をする傍ら、テーゼも自身の研究を進めていた。テーゼの研究も雷の力だった。ただエルステッドが雷の力の利用を念頭に置いているのに対し、テーゼは雷の力そのものを生み出すことを目標としていた。

 当てがないわけではなかった。辺境の錬金術師が微弱だが雷を生み出したという文献も残っているし、(これは眉唾だが)人間は雷の力で動いているという説を唱えている錬金術師もいた。ちなみにその錬金術師は嵐の日の研究中に雷に打たれて死んだ。

 研究所の門をくぐり、第一棟の扉を開けた。研究所は国の三大施設の一つのため、強力な防護魔法がかかっている。研究員として登録されていないもの、臨時許可証を発行されていないものは門をくぐれず弾き飛ばされるし、無理矢理突破したとしても棟の扉にかかった魔法によって全身を焼き尽くされる。

 テーゼは自分の研究室(といってもかなり狭く、子供のテーゼ一人とあとは実験器具が乗ったテーブルが一つあるだけだ)に入ると、皮の鞄に実験手袋、ロープ、鉄のスコップにハンマー、そして幾ばくかの食料を放り込んだ。文献は重いので持って行かないことにした。大体の内容は頭に叩き込んでいる。

 場所も目標物もはっきりとわかっている。帝国の南端だが、機関車がある。資金は潤沢とはいえないが、支障をきたさない程度にはある。

 唯一の問題は力だった。腕力的な意味もそうだが、魔力が必要かもしれないのだ。

 テーゼには魔法の才能は一切なかった。現在の国民には多かれ少なかれ魔術師の血が混じっているので、魔法適正がないということは滅多にない。しかし、テーゼはそのごく希な例外だった。どれだけ練習しても魔法能力は一切向上しなかった。テーゼ世代の錬金術師には魔術師に対する恨みなどはもう一切持ち合わせていなかったので、魔法の才能がないことをかなり悔やんだが、そのために錬金術へ打ち込むことが出来た。

 騎士を雇うことも出来たが、テーゼのような子供に付き従う騎士がいるとは思えなかったし、錬金術と魔術の区別もつかない騎士を同行させることは避けたかった。テーゼは騎士が嫌いだった。

 大学時代の友人は同じ研究者であると同時にライバルであるため誘うことは出来ない。ここに来てテーゼは自身の友人の少なさを実感していた。

 唯一、テーゼにとって心を許せる友というのは二人いたが、そのかけがえのない友人を巻き込むのはどうなのだろうと考えて、切り出せなかった。テーゼは既に大学を卒業しているが、まだ彼らは順当にいけば来年やっと大学へ入学という段階なのだ。

 このままいけば徒労に終わる可能性は高い。テーゼの冷静な部分は友人を誘うしかないという結論をはじき出していた。

 いきなり誘ったりして彼らの保護者に怒られないだろうか、とテーゼは思った。テーゼは既に独立している、肉体は子供だが、法律上では一人前の大人である。責任は自分でとれる。

 やはり一人でいこう、とテーゼは決断した。運が良ければ何のトラブルもなく乗り切れるはずだ。運も味方につけてこそ一人前の錬金術師だ、という父の言葉を思い出し、テーゼはもう一度荷物を確認すると、覚悟を決めて研究室の扉を開けた。

 研究室から一歩出たテーゼは目の前の光景に身体が止まった。

「どうしてここに?」

 そこには、先ほど同行を頼むか悩んだテーゼ唯一の友人、ボルタとアンリがいた。二人とも笑顔を浮かべてテーゼを見つめていた。

「私が呼んだんだ」

 テーゼの死角から、父エルステッドが姿を現して言った。

「ここ最近ずっと迷っていたんだろう?」

 父はテーブルの上に置いてある文献“雷の精霊”を見て言った。辺境の錬金術師が百年前に記したものだ。

「ドドナへ行くんだろう? あそこはちょっと治安が悪いからな」

 父はそこで声を落とし、悪戯そうに笑って言った。

「魔物も出るって噂だ」

 肩の力が抜けた。馬鹿馬鹿しい。魔物なんてそんな伝説上の存在を引き合いに出されて僕が怖がると思ったのだろうか。いつまでも僕を子供扱いしないで欲しい。

「力になるよ」

 ボルタは一年ぶりくらいに会ったが、随分と身体が大きくなっていた。高い身長にがっちりとした胸板を見ていると騎士だと言われても信じてしまうだろう。テーゼは自分の身体の貧弱さを少し恥じた。

「そうよ。テーゼったら水くさいよ」

 アンリは半年前に会ったので、たいした変化は感じられなかった。その時は肩までだった赤髪が伸びているくらいだろうか。

 しかしそれでも、二人とも随分大人っぽくなった。端から見たら僕が一番子供に見えるんじゃないだろうか。実際には僕が一番の大人だというのに。

 二人の申し出はありがたかったが、テーゼは逡巡した。

「両親は何て言っているんだ? 二人ともまだ大学には入っていないだろう?」

 テーゼが少しでも大人っぽい口調でそう質問すると、二人は顔を見合わせて笑った。

「私たちは先月から大学生よ。飛び級したの。一年だけだけど」

 アンリは無邪気な笑みを浮かべて言った。

 帝国の法律では十六歳、もしくは大学生から成人と見なされる。つまり二人はなりたてではあるが法律上は立派な成人というわけだ。

「しかし、危険はある。これは中等教育での遠足とは違うんだぞ?」

 テーゼは威厳を込めたつもりだったが、ボルタは鼻で笑った。

「それは俺たちの台詞だろ?」

「テーゼはずっと研究室でしょ? 私たちは実戦訓練もしてるのよ」

 そうだった。二人とも魔術師だったのだ。墓穴を掘ったことをテーゼは実感した。

「じゃあ決まったな。あとは任せたよ」

 父はそう言うと、自分の研究室へと姿を消した。

 テーゼは頭を抱えたが、内心ほっとしていた。

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