プロローグ
千年王都、ヴェルギナ。世界の半分がそこにあると言われたシギリア帝国のこの都市は魔術師と錬金術師が対等に暮らしている唯一の場所だった。
百年ほど前までは、魔術師だけがふんぞり返って歩いていた。対して錬金術師は、劣等かつ低俗な詐欺師で、魔法の神に愛されなかった者が堕ちる魔道だと考えられていた。
魔術師たちが、清潔で豪華な館で崇高な魔法の神秘を用いてシギリアの栄光を導いていくのに対し、錬金術師は暗く湿った廃墟を根城にする、よくわからない存在だった。
魔術師たちが彼らに対して偏見を持つのも無理はなかった。実際、錬金術師の多くは自分たちが何をしているのかもわからず、ただ実験という名の無謀な試みに打ち込んでいた。その辺の石ころを火にくべてみたり、毒の水と泥を混ぜたりしていた。控えめにいっても、錬金術はクソの役にも立たなかった。
魔法は生活の様々なところで使われたが、その最大の力を発揮したのは争い――特に戦争だった。シギリアは元々一都市国家にしか過ぎなかった。しかし、生活の補助要素でしかなかった魔法を軍事にいち早く取り入れ、周辺諸国を屈服させ、今の帝国を築き上げたのだった。魔法がこの国を作ったと言っても良く、そのため魔術師は優遇された。
世界には三つの階級があり、魔術師、平民、そして錬金術師がいると言われた。もちろん錬金術師は最低の階級である。
しかし、百五十年前に革命が起きた。パラケルススという魔術師でもあり、錬金術師でもある変わり者がこれまで各地で雑然と行われてきた錬金術研究を整理、体系化したのだ。川から砂金を取り出すように、膨大な研究結果を選別し――その大多数は石ころにも及ばないようなお粗末なものだったが――錬金術を一学問として成立させることに成功したのだ。
パラケルススは錬金術のテーマとして“魔力以外のエネルギーの発見”を定めた。生活の全ては人力、水力という原始的なものを覗けばほとんどが魔力に依存していた。
パラケルススと彼が各地で集めてきたその優秀な仲間たちは〈火の機関〉の発明に成功した。〈火の機関〉とは水を火で熱することによって生まれる蒸気の力を動力に変える機関だった。
〈火の機関〉の発明によって、これまでの人力よりも強大な力を、魔法を使用することなく利用することが出来るようになった。この功績でパラケルススはヴェルギナの東端に錬金研究所設立の許可を受けた。
パラケルススは研究所設立後すぐに、実験中の不幸な事故で死亡してしまったのだが、その弟子たちが後を継いだ。中でもパラケルススの養子であるセイヴァリが、無き父親の〈火の機関〉を改良し、エネルギー効率を高めた。
パラケルススとセイヴァリの研究が、錬金術師の地位向上につとめたが、それでもまだ錬金術師は“魔道”だった。最大の貢献を行い、錬金術師を魔術師と肩を並べるまでに地位を押し上げたのはセイヴァリの弟のコーリスだった。
コーリスは錬金術師としての才能は一切無かった。難解な数学を理解する頭もも、奇跡を呼び寄せる運も持ち合わせていなかったが、飛び抜けた政治力を持っていた。幸い人並み程度の魔法力は持ち合わせていたので、彼は錬金術師ではなく、魔術師として政府の役人になった。世襲制である国王はともかく、権力の中枢は魔術師に支配されていたからだ。権力者に取り入り、時にはかなりあくどい手を使って政敵を貶め、ついには国王の側近になった。
コーリスはそれとなく、錬金術の有用性を国王に吹き込み、時には視察と表して錬金研究所を見学させた。コーリスの企みは面白いほど上手くいった。錬金研究所は二回りも大きくなり、錬金術師の数も三倍になった。その結果、〈火の機関〉を動力とする船が発明され、それから十年後には火の馬車、つまり機関車が発明された。
機関車の発明は停滞気味だった帝国に新しい息吹を吹き込んだ。馬車で数週間かかる道のりを三日で行き来出来るようになり、周辺の技術や資源が王都に集められるようになった。
百年来の宿敵ナイテア共和国を滅ぼしたその翌年、錬金研究所は王立錬金研究所となった。もはや錬金術師は低俗で、最低の“魔道”ではなくなっていた。政府高官にも錬金術師の姿が見られるようになり、帝国は魔術と錬金術の国となった。