消える月
何か変わるかと思った。もしくは、変えたかったのかもしれない。
弱い力で押し返されて、はっと我に返る。目の前には、ぽかんとこちらを見上げる、彼女の姿。大きな瞳に涙をいっぱいにためて、でもそれが自分のためのものじゃないと思うと、ひどく不愉快になった。
陸に上がった魚のように、ぱくぱくと言葉にならないまま口を動かす彼女。な、ん、で。さぁ、なんでだろうね。
つき離したのは俺、はじかれて離れていったのは彼女。
馬鹿なことをしているのは分かっている。脳裏に浮かぶのは別のひと。
何かを変えたかったのかもしれない。
すっと引き寄せられるようにもう一度口づけて、彼女の瞳に映る自分を嘲笑う。恋人がいて、大切な子がいて、それらをすべて壊して産声をあげたのは、歓喜。
この秘密を知るのは、世界にふたりだけ。一生抱えて生きていく。それを倖せと呼んでいいのか、俺には分からない。
愛も恋も知らなかったころ、無邪気に交わした左薬指の約束。あれほど脆いものはこの世にないだろうと思いながら、俺は思い出に蓋をして、そっと微笑んだ。