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異世界幻想曲《ファンタジア》  作者: 紅(クレナイ)
第一章 『アルトレイラル(召喚編)』
9/45

第1章ー9 「魔法の世界」

『なんだ、ここにいたんだ』


『よう、そっちは作戦会議終わったのか?』


『うん。あとは作戦開始を待つだけ』


『そうか』


『……………』


『………』


『わたしたち、軍にいなかったらどうなってたんだろうね』


『さあな、オレは碌な人生送らなかったと思うぞ』


『ミレーナさんに感謝……だね』


『あの人、軍に行くことは反対してたけどな』


『謝りに行かないと。この作戦が終わったら』


『お前まで軍についてこなくてもよかったのに……』


『あのねぇ、一人で行かせたら三日も持たなかったからね』


『そうか?』


『そうだよ』


『……………なあ』


『うん?』


『オレが軍に入るって言った理由、覚えてるか?』


『なにか、探してたんだよね』


『そう。それでその……見つかったんだ』


『そっか、じゃあ、軍は辞めるの?』


『ああ。だから、その……』


『?』


『この戦いが終わったら――』




『————————————————』




『はい……っ! 喜んで』



 目を開けると、見知らぬ天井が見えた。

 見たことのない木目に、これまた見たことのない配線のようなものが縦横無尽に這っている。よく見ると、その線は天井につけられた電球のような何かに密集している。もしかしたら、これは電気をつけるための設備なのだろうか。


 のそりと、身体を起こす。そこで、強烈な倦怠感とあり得ないほどの感覚の変化にうめき声が漏れる。身体がひどく思い。まるで、身体そのものが鉛の塊になったかのようだ。


「……はぁ、はぁ、はぁ」


 身体を起こす——たったこれだけの動作で、息が上がり心臓が早鐘のように鼓動する。頬を何かが伝う。汗かと思い額をぬぐうが、拭った袖には湿り気の一つもない。それなのに、水滴がどこからか生まれ頬を伝い、おとがいに集まってしたたり落ちる。


 ——涙……?


 ようやく、自分が泣いていることに気が付いた。

 理由はわからない。だが、なぜか大粒の涙が次々と生まれ零れ落ちる。経験したことのない生理現象に、少しばかり動揺する。どうすればいいか解らず、反射的に涙をぬぐい、その原因を探すため思考を飛ばす。


 そういえば何か、長い夢でも見ていた気がする。


 見ていたとしても、その夢はきれいさっぱり霧散しており、俺の記憶には残っていない。だが、なぜかとても大切な夢だったような気がする。忘れてはいけないような、忘れるはずがないと思ってしまうほど強烈なもの……だった気がする。涙を流す理由として考えられるのはそれしかない。


 ぐるりと、周りを見渡す。


 俺がいるのは、それなりに広めの部屋。家具と呼べるものはほとんどなく、あるのは俺が寝ているベッドと端に据え付けられた机、そしてベッドのすぐそばに置かれている椅子のみ。その椅子には毛布が丸められており、触ってみると少しだけ温かく感じた。もしかしたら、誰かがここにいたのだろうか。


 腕をもう一度見る、布団をめくって足も見てみる。知らない服を着ている以外、何の変化もない。拘束具もされていない。だとすれば、俺をここに連れてきた人物の目的は介抱なのだろうか。そもそも、俺はなぜここにいるのか。


 ここまでに至るまでの経緯を、頭の中で整理してみる。頭の中で、先ほどまでの出来事がフラッシュバックする。


 ジャイアント・オークと鉢合わせし、飯田が殺される。そのとき俺も重傷を負い意識を失った。どうやったのかは知らないが、なぜか気が付いたらオークの腹に大穴が開いていて、雨宮が叫んでいた——。

 

「……あっ、雨宮」


 そうだ、雨宮はどこにいるのだろうか。

 雨宮は、俺よりもよっぽど軽傷だったはずだ。だとしたら、俺が助かっているということは雨宮も助かっていると、ここにいると考えていいのだろうか。いや、もしかしたら俺が意識を失っている間に、想像以上の無茶をしているのではないだろうか。ひょっとすると、俺よりも重症だったりはしないだろうか。


 考えれば考えるほど、思考が最悪の結末に向かっていく。そんな馬鹿なと笑い飛ばしたかったが、それなりの付き合いで雨宮の性格は熟知している。

 あいつなら、やりかねない。この後何が起こるかなどは考えもせずに、いまこの状況を動かすために全力を注ぐ。前科はいくつもある、もしかしたら……と考えてしまう。


 いてもたってもいられず、ベッドから降り立ち上がる。不思議と先ほどまでの倦怠感は全く感じず、それどころか、身体が軽いとさえ感じてしまう。本当に、俺の身体はどうなってしまったのだろうか。


 靴が見つからなかったため、裸足で部屋を横断し扉の前で立ち止まる。鍵がかかっていれば、俺はここで足止めだ。それ以上のことはできない。

 ドアの握り玉に手をかけ、ゆっくりと右に回す。コツリという感覚が掌に伝わると、そのまま前に押し出す。


「開いた」


 鍵は、かかっていなかった。ドアはすんなりと開き、温かめの淡い光が部屋へと侵入する。外に出てみれば、そこには長い廊下と数々のドアが。部屋番号がドアに張りつけられており、それは俺のいた部屋も同様だ。だが、その文字は日本語ではなく、俺の知っている外国語でもなかった。それなのに、


 ——読める?


 なぜか、俺にはその意味がなんとなく解った。はっきりと理解しているわけではなく、しいて言うなら意訳している感覚だ。例えば、前の扉は目の前から右に向かって読んでいく。


『試薬調整室』『薬剤保管庫』『研究資料庫』『鉱石貯蔵庫』『魔粒子分配室』『魔粒子遮断室』『機材保管庫』——、


 そして、俺のいた部屋は……

『劇物保存室』


「………………」


 なんだか、無性にこの部屋から離れたくなった。


 ◆◇

 

 江戸時代の人間が東京都の真ん中に連れて来られたら、どんな反応をするのだろうか。

 自分の常識が、経験が、理解が追い付けない光の摩天楼に、どんな反応をするのだろう。

 驚きか、恐怖か、畏怖か、

 おそらく俺がその人ならば、こう思っただろう。


 美しい、と。


 外に出れば、視界いっぱいに草原が広がっていた。下ったところにはまた森があり、後ろを振り返ればそこにも森の入り口が大きく口を開けている。ここはどうやら、森と森の狭間にある高原に近い場所のようだ。月はまぶしいほどに光を投げつけ、あたり一面を昼のように染め上げる。銀の光がそこかしこを照らし、色という色に調和をもたらす。


 雪が降っていた。


 それらは自ら発光し、大気中を舞っている。形が崩れもしなければ、冷たくもない。銀に染まった世界に浮かぶ色とりどりの光源は、触るとホウセンカのようにはじけ飛び、小さな粒子を大気にまき散らし空へと昇っていく。


 幻想的だった。


 規格外の美しさに、それを表す語彙が存在しない。足が根を張ったように張り付き、動くことを拒絶する。立ち尽くす俺の周りを、光源たちはまるで蛍のように踊る。風に流され、夜に調和し、自我を見出したのかと錯覚するほど鮮やかに。


「——星雪というんだ」 


「星、雪?」


「そう。大気中のマナ濃度が高く、かつ微精霊がいて、そして彼らが活性化する満月の夜になると見られる。と言っても、そんな条件がそろうことなどまずないからな。君は運がいい」


「へぇー。…………ッ⁉」


 反射的にその場を飛び退く。会話が発生するはずのない状況で会話が成立したことに、ひどく動揺する。


 すぐ後ろに、長い黒髪を首の辺りで無造作に束ねた女性がいた。まるで、ずっと俺についてきていたと錯覚させるほど自然に、言葉を交わしてしまっていた。彼女がいたことにも、成立するはずのない場所で会話が成立していたことにも、今まで全く違和感を抱かなかった。抱けなかった。

 呆然とする俺を見て、まるでいたずらが成功した子供のように無邪気に笑う。


「これほどマナ濃度が高いなら、少々魔法を使ってもバレんからな。ズルをさせてもらった」


 そう言って、彼女は両手を胸の前まで持ち上げる。そのまま大きく両腕を広げ、拍手を打った——かの様に見えた。


 音が鳴らなかった。それなりの速度を持って、手は互いに衝突したはずだ。手の隙間から押し出された空気が、彼女の髪を、服を、確かに揺らしていた。その事実を、至近距離で確認していた。手が衝突したことは間違いない。だがしかし、音だけが鳴らなかった。


「魔法で音を消した。正確には、君の方へ向かう音を相殺した。どうだ、気づかないだろう?」


 確かに、その方法を歩行時に使えば、歩くときに生まれる音は俺の耳に入らない。音が消えてしまえば、景色に見とれた人間一人に気づかれないことなどたやすいだろう。現に、俺は全く気が付かなかった。

 こくりと、無言でうなずく。それを見て、満足そうに彼女は笑う。


「そうだ、名乗るのを忘れていた。ミレーナだ。一応、君たちを保護した責任者になる。よろしく、イツキ」


 ミレーナ、そう名乗った女性が右手を差し出す。とっさに、差し出された方の手を握り返す。こっちの世界にも、握手という概念があるのか。いや、それよりも。


「ミレーナさん。雨宮は……」


『君たち』と、いまミレーナは確かにそう言った。あの場所で、俺以外に近くにいたのは死体の飯田と雨宮しかいない。そして、俺の名前を知っているのは雨宮だ。ミレーナが知っているということは、雨宮もここに……。


 ふっと、ミレーナが微笑んだ。


「君の訊きたいことには、きちんと答える。とりあえずは中に入ろうか。話はそれからだ」


 ◇◆


 ミレーナが、ランプのような道具を持ってくる。断面積十センチほどのガラス管が、下半分は中が緑色の液体で満たされ、上半分は空気らしき気体が充填されている。緑の液体の中には、七センチ大ほどの鉱物が金属棒に接着され沈んでいる。


 金具が引かれる。金属棒が引き上げられ、鉱物が気体に触れる。すると、

 ぼぅっと、白熱電球のような赤茶色の光を鉱物が放ちだし、部屋を暖かく照らした。


「…………」


「気になるか?」


「あ、はい、まあ」


「これは燃焼石といって、空気に触れると光を放ちながら反応するんだ。だから、使わないときは専用の保存液に浸しておく。大抵はランプなど発光器具に使われるな」


 じっとそれを見つめていると、ミレーナが説明してくれた。子供のような反応をしていたことに気が付き、恥ずかしさから頬が赤く染まるのが自分でも解った。だが、ミレーナもミレーナで、説明する口調によどみはなく、そしてどこか楽しげだった。もしかしたら、彼女は教師でもしているのだろうか。


 その後、ミレーナは饒舌に講義を続けた。この鉱物のこと、その用途、そして錬成条件など。それらは知らない知識ばかりで、ついつい話にのめりこんでしまう。


 時間を忘れ、ここがどこだったかも忘れ、ただただその知識に喰らいつく。ミレーナが、最高の知を絶えず供給する。そのやり取りは、理性的ではあるがどこか暴力的で、話しているだけなのに血沸き肉躍る。そんな知識の殴り合いは、どこまでも続き、


「——っと、ああ、すまない。つい話過ぎてしまった」


 どれくらい経ったのか、ミレーナはふと我に返った様子でミルガというものを口に含んだ。釣られるようにミルガを口に含むと、柔らかな甘さが口いっぱいに広がる。

 ミルガは、すっかりぬるくなっていた。


「さて、それじゃあ、君が目覚めるまでのことを説明しようか」


 ミレーナは、何一つ隠すことなく話すと前置きし、話し出した。

 助けたのは、俺と雨宮だけだということ。雨宮は無事であるということ。そして、俺は記憶通り重傷を負っていたらしいということ。俺が、魔法らしきものを使ったということ。


 ここが、俺たちでいう異世界である、ということ。


「どうして、俺は生きてたんでしょうか」


「さあ、それは私にも解らない。正直に言うと、君を保護すると言ったのも、それが気になったというのが理由の一つではある。有力なのは、微精霊が力を貸した……といったところか」


 この世界は、どうやらラノベや漫画でよく出る異世界そのもののようだ。精霊がいて、知能は持たないが意志はある微精霊がいて、魔法が存在する。これだけなら笑い飛ばせるが、ミレーナから魔法と魔術の発動原理を詳細に聞かされては、そうすることなどできない。

 それより、


「あの、ミレーナさん」


「うん?」


「雨宮を、俺たちを助けてくれて、ありがとうございました」


 立ち上がり、頭を深く下げる。せめてもの誠意を示すため、そのまま停止する。

 話しているうちに、完全に言い損ねていた。そして、いま言わなければ確実に言う機会がなくなると思ったのだ。


 あの後、ジャイアント・オークは死んでいなかったらしい。体に穴が開きながらも、俺たちを殺さんと腕を伸ばしたらしい。ミレーナたちが来るのがあと少し遅ければ、俺たちは確実に殺されていた。どうしようと、この恩を返しきれはしないだろう。


 想像するだけでも、身の毛がよだつ。

 近しい存在が、心を許せる存在が、怪物に蹂躙され命を落とす。そして、その状況にいながらも、俺は何もすることができない。そんな未来は、絶対にごめんだ。


「ぷっ、ふふ、ふふふふふ……」


「?」


 不意に、ミレーナが吹き出した。それは段々と大きくなり、いつしか、こらえきれないほどの笑いへと変化していく。ミレーナは腹を押さえ、苦しそうに笑う。馬鹿にしているのではないということは伝わっているのだが、笑いの理由は全く理解できず、呆然とその場で立ち尽くす。


「ふふふ、い、いやすまないっ。ぷっ、あまりにも同じだったものでつい、ぷふっ」


「……?」


 そう弁解しながらも、ミレーナの笑いは止まらない。何がおかしいのか解らず、こちらもどうすればいいのか全く解らなくなる。同じとは、どういうことなのだろうか。

 たっぷり数十秒後、ようやく笑いを押さえ息を整えたミレーナが、その理由を述べた。


「自分よりパートナーを大切にする。第一に考える。君もハルカも、全く同じだ」


「ッ⁉」


「本当に君たちはうらやましい。最高のパートナーじゃないか」


 すとん、と何かが落ちる。ああそうかと、脳が理解し納得する。同時に、身体の熱が一気に数度上がったように感じた。身体が熱くなり、心臓が早鐘を打つ。そんなんじゃないのに、という思いが沸き上がる。だが同時に、納得してしまっている自分もいた。 


 だが、


「そんなんじゃ、ないですよ。俺は」


 首を振り、自嘲的にミレーナの言葉を否定する。


 俺は、雨宮のことが好きだ。

 きっかけなんて解らない。最初は鬱陶しいとさえ思っていたのだ。だが、共に行動し、新しい一面を見て、俺の中で雨宮の占める割合がどんどん大きくなっていってしまった。いつの間にか、なくてはならない存在になっていたのだ。だが、それを直視したくなかった。


 否定したかった。そうじゃないと、頑なに信じ込んでいた。どうしても、認めたくなかった。

 認めれば、期待してしまうから。守らなきゃと、余計な負荷を背負いこんでしまうから。

 喪った時、今度こそ耐えきれないと本能的に解っていたから。


 ミレーナは俺を買い被りすぎなのだ。自分が壊れないために、自分が傷つかないように——今までの行動は、全てそれだけの理由でやってきた。ただそれだけのことなのだ。この想いの基礎は、ひどくいびつで醜い。


 本当は、雨宮のことなんか何一つ考えていないのだ。

 ああ、心底自分が嫌になる。


「ああ、そうだイツキ。君に、これを返しておく」


 不意に、ミレーナが思い出したように呟き席を立ち、奥から布にくるまれた細長い何かを持ってくる。そして、俺の目の前にそれを置き自分の席へと座りなおす。手に持ってみると、ずっしりと重い。開けてみろと、ミレーナの目はそう語っているような気がした。


「……刀?」


 出てきたのは、刀身から柄までが真っ黒の黒刀。ズシリと重い刀身は黒曜石のように硬く、しかしどんな光も反射しない。まるでつや消しでもしてあるかのように、あらゆる光を無差別に取り込み逃がさない。ずっと見つめていると、心までもが吸い込まれてしまうような錯覚に陥る。


「ハルカに抱えられていた時、君が握りしめていたものだよ。やたらと硬いのは、世界樹の木でできているからだ。この世に二本とない武器だな」


「知ってるんですか?」


「昔な。それを見たことがある」


「……本当にもらってもいいんですか?」


「貰うも何も、君が握っていたのだから君のものだ。あの場所でそれを使えるのは君しかいなかったからな。大切にするといいさ。それに——————」


 最後の言葉は、小さすぎて聞き取れなかった。しかし表情にはどこか影があり、何かを思い出して後悔しているように感じる。もしかしたら、持ち主はミレーナの知り合いだったのかもしれない。だとしたら、俺に使う資格があるのだろうか。


「ときにイツキ。君は、この先どうするんだ?」


 突然、ミレーナに問いを投げられ、ふと我に返る。


「君たちは、この世界の常識も何もかも知らないだろう? 君がその気なら、ここで暮らしてもいい。ちょうど、助手が欲しいと思っていたからな。どうだ? 悪い話ではないと思うが」


 つまりは、扶養者とならないか、ということなのだろう。俺たちは、身の回りの世話を行う。それの対価として、ミレーナは脅威から俺たちを守る。なるほど、至極まっとうな契約だ。


 正直に言えば、この案に乗るのが一番確実なのだろう。賭けにはなるが、ミレーナはいい人だと思う。俺たちを嵌めたりする気はおそらくないだろう。もしあったなら、俺たちはとっくにどうかされている。だったら、力のあるミレーナに守ってもらうのが、一番得策なのだろう。


 だけど、だけど。


 脳内に、映像が投影される。

 俺は、地面に転がっていた。身体からは血を流し、指一本すらも動かせない。そして目の前には、倒れる雨宮とそれにつかみかかる怪物。のどが張り裂けるほどの声を上げ、折れた骨とちぎれた筋肉を無視して身体を引きずる。精一杯の威嚇をする。だが、怪物は俺に目もくれない。

 叫ぶ俺の前で、そのまま雨宮を————、


「………………ッ」


 思考が現実へと回帰した瞬間、呼吸を忘れていたかのように肺が酸素を求め、心臓は破裂するかと錯覚するほど激しく脈を打っているのを知覚した。


「この世界、危険……なんですよね?」


「ああ。危険だ。特に今はな」


 ミレーナは、間髪入れずにそう答えた。ごまかすようなそぶりもなく、ただ事実を述べただけに感じた。ミレーナをもってしても危ないということは、俺たちにとっては言うまでもない。

 気が付けば、手の平には血がにじんでいた。視線が、先ほど受け取った黒刀に移る。


「俺、戦えますか?」


「何が言いたい」


 すうっと、ミレーナの目が細くなる。瞳からは同情が抜け、刺すような感覚が背中をなでる。


「君が戦えなくても、私といれば守ってやれる」


「それじゃダメなんです」


「……………………」


「守られてるだけじゃ、ダメなんです」


 ミレーナは、何も言わない。ただ黙って、目をそらさずにこちらを見つめ返している。その目には、先ほどまでの柔らかな雰囲気など欠片もない。

 刀を握る手に、ぐっと力がこもる。


「雨宮は、無茶するんですよ」


 雨宮 晴香。俺が唯一といっていいほど心を許してしまった、なくてはならない存在になってしまった女の子。


「知り合った時からそうだ。自分じゃ手に負えないものまで背負いこんで、それでも何とかしようとする。はっきり言って無茶するんです。関係ないって無視決め込んだこっちが心配になるくらい」


 彼女は、明るく優しく、他人のことでも自分のように怒って喜んで泣いてくれる。それゆえに、人一倍頑張りすぎるきらいがある。自分一人でも、どうにかしてみようと動き回る。無理難題でも、失敗するとわかっていても、必死に食らいつく。だからこそ、怖くてたまらない。


「見ていたから解るんです。あいつは、雨宮は、こっちでも必ず無茶をする。それも、ミレーナさんがいないときに」


 断言しよう。雨宮は必ず無茶をする。近い将来、必ずその時はやってくる。それも、ミレーナの目が届かないところで。


「嫌なんです、見てることしかできないのが。手が届かないことが、とてつもなく怖いんです。今のままじゃダメなんです。このままだと、また、大事なものを喪う」 


 俺が戦えなかったら、足手まといになってしまったら、彼女は俺をかばって、絶対に死ぬ。そんなこと、許せるはずがない。


「だから……」


 決心など、決まっている。元よりそうするしかないのだ、今更何をためらう。

 戦えなければ、見ているだけになるのだから。


「俺に、戦い方を教えてください!」


 今のままではダメなのだ。守られているだけじゃダメなのだ。

 守らなければ、俺がやらなければ、雨宮は死ぬ。俺が力をつけないと、今度は本当に取り返しのつかないことになる。また、あの時の二の舞になる。


 そんなこと、もう二度とごめんだ。

 また喪ってたまるか、傷ついてたまるか、手を放してたまるか。

 もう、二度と————、



「それ、神谷くんにだけは言われたくない」



「⁉」


「神谷くんにだけは言われたくない‼︎」


 突然、後ろから別の声が届いた。慌てて振り返る。するとそこには、目を真っ赤に腫らし、顔を赤く染めた雨宮が立っていた。


「神谷くん、それ、ひどいブーメランだからね」


 うっ、と言葉が詰まる。ずいっと、雨宮の身体が前に出る。それから避けるように、俺の片足が無意識に下がる。だが、雨宮の歩は止まらない。睨むような、怒ったような目つきに、何も反論ができない。いや、そもそも図星なのだからどうしようもない。

 それよりも。


 ぽたり……、


「わたしよりよっぽど無茶するし、それなのに、わたしには何にも話してくれないし——」


 ぽたり、ぽたり、ぽたり…………、


「わたしよりよっぽど色んなもの背負い込むし、それに、全然素直じゃない」


 ぽたっ、ぽたっ、ぽたっ、ぽたっ……、


「素直じゃない分わたしよりずっと質が悪いよっ」


 雨宮の目からは、大粒の涙が流れ出していた。一歩、歩を進めるたびに、目元からこらえきれずに漏れ出し頬を伝う。

 がたりと、俺の腰にテーブルが当たる。もう下がることができない。雨宮との距離が縮まる。


「……ご、ごめん、神谷くん。わ、たし、こんな、こと言いたいん、じゃ、ないのに。全然、関、係ないのに」


 立ち止まり、嗚咽を噛み殺し、雨宮が乱暴に涙をぬぐう。雨宮だって解っているのだ。自分が全く関係のないことを言っていることを。だって、俺が死にかけたのは、他ならぬ雨宮が原因なのだから。飯田に近づいていなければ、俺も雨宮も死にかけはしなかったのだから。


 多分、あのことが引き金になって収拾がつかなくなったのだ。俺が死にかけて、極限状態に陥って、普段ため込んでいたうっぷんが隠し切れなくなったのだ。そのことはよく自覚している。ある意味わざとやっていたのだから心当たりがないはずがない。今の雨宮を弱らせていた原因の何割かは、確実に普段の俺の行動だ。


 なので、お前のせいだろという気にはなれない。言うつもりもない。それに、とっさに身体が動くのは雨宮のいいところだ。優しいところだ。そんなところに俺は救われている。だからこそ、その部分を否定することなんてできない。

 だから、


「ごめん。心配かけた」


「う、ううん。謝ら、ないで、いいから」


 俺はうつむき気まずく謝る。雨宮はまた乱暴に涙をぬぐう。互いにそれしかできない。どちらも悪くて、どちらも悪くない。一番悪いのは、あのタイミングでオークに遭遇した運のなさだ。そんなものを責めても何もならない。このよくわからないもやもやした感情は、時間で薄めることしかできない。

 そう、思っていた。


「神谷くん」


「ん?」そう返事をする前に、雨宮が倒れかかってきた。思わず抱きとめる。

 抱き着かれたのだと、そう理解するのにしばらく時間を要した。


「ごめん、ね。あり、が、とう……っ」


 俺の服をぎゅっと千切れんばかりに握りしめ、胸に顔をうずめる。嗚咽をこらえることもせず、泣きながら叫ぶように二単語を発した。

 その身体は、震えていた。涙も流しているようで、胸のあたりがじんわり熱い。


 ありがとう、それは何に対してなのだろう。


 助けてくれたことに対してなのだろうか、生きていてくれたことに対してだろうか。当然その真意を聞き返すような雰囲気ではなく。ただ嗚咽を漏らす雨宮を何とかなだめる。


 もっと強く、戦えるように。漠然と、そう思っていた。だが、それではダメなのだといま悟った。

 戦えるだけじゃダメだ。何かできるようにとか、そんな弱い目標じゃダメなのだ。強く、そう願うのならば考えているよりももっと強く。どんな状況でも、雨宮を守れるくらいに。


 雨宮は脆いから、普段は強くてかすんでいるが、本当は泣きたくてたまらなくなる時、つぶれてしまう時もあるから。そんな時に俺が使い物にならなくてどうするのだ。

 もやもやした何かは、いつの間にか姿を消していた。代わりに沸き上がってきたのは、怒りにも似た激情だった。


 やってやる。


 どんな目に合おうが、どんなことをやらされようが、喰らいついてやる。

 ギブアップなど、絶対にするものか。

 雨宮が泣き止み、少し時間が経ったころ。


「さて、それじゃあ、私にも付き合ってもらおうか。イツキ」


 いままで沈黙を保っていたミレーナが、口を開いた。

 

 ◇◆


 連れてこられたのは、俺の身長の三倍はあろうかという巨大な扉の前。継ぎ目がなく、木そのものを削り出して作ったという印象を受ける扉。シンプルな装飾がされたその前に、俺は立たされていた。


「ここは?」


「試練の間——とでも呼ぶのが正しいかな」


 そう言って、ミレーナは俺の真横に立つ。右腕を伸ばし、鍵のような構造の部品に触る。


 ガチリッ。


 と鋭い音が響き、扉の雰囲気が変わった。言葉で表現するには、いささか俺の語彙は少なすぎる。無理やり絞り出すならば、ただの扉だったはずのものが、強烈な悪意を放つ何かになった……とでも言えばいいのか。


 ミレーナが、扉を優しく押す。ギギギと、明らかに不自然な速度で扉が開く。その瞬間、俺は自分の感が当たっていたことを悟った。


「君には、ここを通ってもらう」


 闇があった。

 光も何もかもを吸い込み、一切のものを逃さない、色の怪物がいた。光だけではない、木造建築ならば聞こえてもおかしくない軋みさえも、ミレーナの声の反響すらも、不自然なほど存在しない。少し足を入れてみる。すると、ほんの十数センチしか入れていないはずなのに、靴の先がもともと存在しなかったかのように感覚を失う。足を戻す。途端に感覚が戻る。


「………………」


 ゾワリと、鳥肌が立った。


「合格条件は、何かが見えるまでだ」


「何かが?」


「そう、《何か》だ」


 ミレーナは、それ以上のことは言わなかった。そして、俺が訊いても絶対に教えてくれないだろうと、すぐにそう感じた。

 再び闇の方に向き直る。


「さあ、行ってこい」


 前足を出す。ごくりとつばを飲み込み。えいっと、一思いに靄の中へと飛び込む。


 ◆◇


 ――なんだこれ……


 五感が消えた。

 立っているのか、座っているのか、それすらも瞬時に解らなくなった。暗くはない、黒という色が存在しないのだ。それなのに、瞳は何も映さない。というより、目そのものがなくなってしまったような感覚にも感じる。


 上も下も解らない、落ちているのか上っているのかすらも解らない。足を踏み出した意識はあっても、その感覚がない。地面を踏んだ感覚もない。


 怖い。


 いま、どれくらい時間が経ったのだろう。

 数十秒? 十数分? 数十分? 一時間?

 どれくらい歩けばいいんだろう。どこまで歩けばいいのだろう。そもそも、歩いているのだろうか。


 怖い。


 この黒い靄は何なのだろう。理由は解らない、解らないが、得体のしれない何かがこちらを取り込もうとしているような気がして、身体が震える。言いようのない恐怖が全身を駆ける。冷や汗が、背中を伝う。


 怖い、怖い、怖い。


 この先には、何があるのだろう。いやもしかしたら、何にも無いのかもしれない。何も無いということが、これほど恐ろしく感じたことなど今までにない。本当に何もなかったなら、この向こうはどこまで続いているのだろう。途中で帰り道が解らなくなったら……本気で発狂しそうだ。


 怖い、怖い、怖い、怖い、怖い。


 いやだ、それだけは嫌だ。帰れないのだけは嫌だ、絶対に嫌だ。


 怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い————。


 ——神谷くん……。


「…………ッ」


 雨宮の声がした。我に返り、ガリッと唇をかむ。正気を失ってなるものか、犬歯を口内に突き刺す。血の味が口内に広がる。わずかばかり理性が戻る。


 そうだ、何を怖がっているのだ。

 怖いかどうかなんて知ったこっちゃない。これを合格できなければ、何も始まらないのだ。スタートラインにすら立てないのだ。怖気ずくという選択肢なんかない。


 怖くてもやれ、死ぬかもしれなくても動け、多分、これはそういう試練だ。

 あるいは、いっそのこと——。


 脳内に、ジャイアント・オークと鉢合わせしたあの時のことが、フラッシュバックした。もしかしたらと、脳内に浮かんだ可能性を思考する。何度やっても、確証は得られない。だが、賭けてみる価値は十分にある。


 目をつむる。身体の奥底に眠る何かを引きずり出すようなイメージで、身体に力を込める。できる、できると念じながら、さらに力を込めていく。


 目指すのは、あの時の感覚だ。

 身体の奥が熱くなって、焼けるようなあの感覚だ。

 思い出せ、思い出せ、思い出せ。

 蓋が閉まっているならこじ開けろ。身体が拒否しても構うものか。引きずり出せ、引きずれ出せ。セーフティーなんか引きちぎって。


 パチンッ!と、何かが弾けたのが解った。


 …………ドクンッ


 身体の中で、何かが跳ねる。


 ……ドクンッ


 何かが外れたような感覚がし、そこから熱いモノが漏れ出る。そして自身を抑えていたものまでもを焦がし始める。


 ——ああ。これはやばい。


 なんとなく、悟った。

 これはあれだ、俺の力では御し切れないものだ。それに、もう塞げない。

 ナニカがどんどんあふれてくる。心臓が弾けんばかりに脈を打ち、身体が嫌に熱い。そうだ、この感覚だ。


 チリチリと、空気が焦げるのが解った。俺の身体だけでは抑えきれず、ナニカは体外にまで漏れ出し空気に干渉する。そのとき、

 バリリと、靄が破れる感覚があった。


 ——いける、これならいける。


 押さえていたものを完全に外す。身体が焼けるような熱を帯び、吐息が熱い。今にも、力が暴発しそうだ。だが、抑える必要などない。


「ふぅぅぅぅぅうううッ」


 身体をこれでもかと強ばらせる。不用意に漏れ出さぬよう、筋を、筋肉を、限界まで締め上げる。耐える、身体がはじけ飛ぶ限界まで。全ての力が、一斉に爆発するように。


 ——堪えろ、堪えろ、もう少しだけ堪えろ!


 完全になど抑え込めなくていい。暴発させればいい。そうすれば——、

 この靄は、消し飛ぶ!


「—————————」



 ————吹、っ、飛、べ。



 ◆◇   ◆◇   ◆◇


 バリバリバリと、落雷のような音が鼓膜を直撃した。強烈な閃光が発生し、とっさに目をつむっていても瞼の裏から眼球を焼く。視界が真っ白に染まり、わずかの間視力を失う。

 気が付いたら、何も聞こえなかった。


 ◆◇   ◆◇   ◆◇ 


 ——あったかい……


 身体が、温かい何かに寄りかかっている。わずかに身じろぎをすれば、柔らかい感触が服の上からも伝わり、わずかにいい匂いがした気がした。

 なぜだろう、無性に落ち着く。まるで、幼いころ母親に抱きしめられた時のような、あの安心感だ。嫌なことも全部忘れることができる、あの温もりだ。


 ゆっくりと、瞼を開ける。目には、木張りの床しか見えない。脳が完全に覚醒し、自動的に先までの記憶が読み込まれる。

 ミレーナからの試練で、靄の中に潜った。その中で、あの時と同じ方法を試した。そうしたら、靄がいきなり吹き飛んで俺は意識を失った。そして今に至る。


 俺が寄りかかっているのものは、いったい何なのだろう。ふと、それが気になった。


 トクン、トクン、トクン……。


 顔をうずめると、かすかに心音が聞こえる。少し遅れて、四肢の感覚が戻ってくる。手でまさぐってみれば、その何かがわずかに動いたような気がして、


 ……心音?


 視界の右隅に、栗色の長い髪が入り込んでいる。よく見おぼえがある髪だ、それも彼女はこの場所にいる。そして、この場所にいた人物でその髪色の人間は、彼女一人しかいない。


「な⁉ ちょっ」


「動かないで」


 飛び退こうとした身体が、予想外の力でホールドされる。胴体と腕を一緒に締めれてたため、動くことができない。そこに、これまた聞き覚えのある声が届く。

 予想通りの人物の声。この状況で一番聞きたくない声。これ、いったいどうやって反応すればいいのか。


「こうしてると回復が早いらしいから、そのままにしてて。ゆっくり息吸って。身体の力は抜いて」


 雨宮 晴香その人だ。


 いや、まずなぜ雨宮は平常心でいられるのだろうか。いま俺たちは、互いに抱き合っているような体勢と何ら変わらない。ミレーナたちが見ている前で、こんなことをしているのだ。赤の他人とでも恥ずかしいのに、それが想い人ならなおさらだ。前々から思ってはいたが、なぜ雨宮はこういうところを気にしないのか――――


「お願い、じっとしてて。………………これ、すっごく恥ずかしいから」


 前言撤回。よく聞けば、雨宮の声は若干震えていた。伝わる心音は速く、心なしか、雨宮の体温も高いように感じる。そう言えば、「らしい」と言っていたのでこれもミレーナの指示なのだろう。俺と同様に、こんな行為をすることに対しての羞恥心はしっかり持っているようだ。それはそれで、かなり恥ずかしいが。


 しばらくの間、雨宮が俺を抱きしめ、無言の時間が発生する。こんな状況で話しかけることなどできるはずもなく。俺はただ目をつむって耐える。柔らかな身体の感触に耐える。


「それにしても、本当にびっくりしたよ。いきなり部屋が爆発したんだもん」


 しばらくして、雨宮がそう呟いた。


「うわぁ~、そんなになってたのか」


 どうやら、俺が感じたことより少し——だいぶ派手なことが現実では起きていたらしい。それにしても、部屋が爆発していたなんて思ってもいなかった。後でミレーナに怒られるのではなかろうか。

 だが、


「でも、雨宮がいるってことは」


 この場にいるということは、あの靄が吹き飛んだということなのだろう。そうでなければ、雨宮は入ってこれないはずだ。

 しかし、果たしてそれは合格になるのだろうか。



「合格だ、イツキ」



 後ろから、声が聞こえた。もう大丈夫と、雨宮にそう言って立ち上がれば、そこにはやはりミレーナが立っていた。


「基準は達成した。まさか、精神負荷の結界ごと消し飛ばすなんて想定もしていなかったがな」


「あ、あははは……、かなりの力技だったんで」


「力技にもほどがあるぞ。私が作った結界を陣ごと焼き切るなんて君が初めてだ」


 合格、その言葉を聞いてひとまず胸をなでおろす。ミレーナの顔を見てみれば、祝うというよりも困惑と呆れの表情が浮かんでいた。ははは、とあいまいな笑みを浮かべてごまかす。自分でもかなりあり得ないことをしたという自覚はあるのだ。


「まあ、それは置いておいて」


「————」


「もう一度言う、合格だ。周りを見てみろ」


 ミレーナに言われて周りを見渡す。すぐさま、


「………………」


 固まった。


 本があった。

 壁中に棚が取り付けられており、その棚も俺の身長の軽く十倍はある、その中に所狭しと本が詰め込まれており、どこから差してくるのか、天井のステンドグラスからは月光が差し込み部屋を昼間のように照らす。

 図書館だ。蔵書が軽く数万冊はくだらないという、巨大な図書館だ。


「ここは、私の集めた研究資料や魔術の本、禁術その他諸々が集められた図書館だ。侵入者撃退用にあの結界を張ってあった」


 蔵書量に圧倒されていると、いつの間にかミレーナが俺の隣に立ち、一緒に眺めていた。


「これからは好きに使っていい。どこに何があるかはルナに訊いてくれ。私より詳しいぞ」


「ルナ?」


「よろしく、イツキ」


「?」


 知らない声に振り向く。そこにはフードを被った銀髪の少女が手を小さく上げていた。歳は、雨宮と同じくらいか。


「改めて紹介をしよう」


 ミレーナが、ルナと呼んだ少女の方を手を向ける。


「まずは、ルナ。私の娘兼一番弟子だ」


「人狼族です。よろしくね」


 ばさりとフードが取られる。そこには、狼を連想させる大きな耳が二つ。だがなぜだろう、こんな状況なのに、全く驚かない。感覚がマヒしてしまったのだろうか。


 それよりも、


「そして、アマミヤ ハルカ。君の姉弟子にあたるな」


「はあ⁉」


 あまりにも予想外な言葉に、素っ頓狂な声を上げる。雨宮が、落ち着かないようなしぐさをしながらぺこりと頭を下げる。だが、その顔にはふざけた表情はなかった。


「理由は、神谷くんと同じ。わたしも、何もできないままじゃ嫌なの」


「…………」


「というわけで、よろしくね、弟君」


「やめろ」


 姉弟子になるのはまだいい。理由も納得したし、止めることもできない。だけど、それだけは絶対に御免だ。そんな呼び方をされたら、後で死にたくなる。


「ふふふふ、微笑ましいじゃないか」


「笑ってないで、悪ふざけ止《と」めてくださいよ」


「何を止める必要がある?」


 そして、ミレーナもルナも、笑いながら茶化すだけだ。おそらく、期待は全くできない。この先のことを思うと、この段階で少し憂鬱になった。

「さて」と、ひとしきり笑った後ミレーナが俺たちから距離をとる。


「ありきたりな言葉しか思い浮かばないが、とりあえず……」


 次の言葉が、すぐに予想できた。思い浮かんだ言葉があまりにもベタなものなので思わず苦笑する。本当に、この人は普段そういうことに縁がないのだろう。だがこれはこれで、素直にうれしかった。

 やっと俺も——、




「魔法の世界にようこそ、カミヤ イツキ」



難産でした。びっくりするほど難産でした。とてつもないほど難産でした。主人公の決意を書いた部分なだけにとんでもないです。これで、初期プロット部分は消化しきりました。次は難産にならなければいいんですが……。


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