第2章ー10「アルビノの少女」
多くの冒険者ギルドは、少なくとも二階建て。そして酒場と一体化した構造をしている。これにはいくつか理由があるのだが、その中でも大きなもののひとつは、監視と把握がしやすいという点だろう。
冒険者という職業は、はっきり言って人生をチップにしてルーレットを回しているに等しい。良い依頼に当たれば一攫千金。しかし、引きが悪ければ一発で命を落とすことも珍しくはない。まさに大博打のカジノ生活。それ故に、冒険者という職種に就く人間は完全に二分される……というよりも、差が顕著であるといった方が正しいかもしれない。簡単な話だ。冒険者は、「恐ろしく利口な者」と「夢を見る愚か者」、このどちらかに必ず振り分けることができる。例外はない。
自身の身の程を自覚し、それに合った依頼を頼む利口な者――彼らは別に問題はない。彼らの生き方で行けば、冒険者という職業でも命を落とすという可能性は低くなる。それにある程度危険であるがゆえに、稼ぎは堅気の者たちの平均よりは多くなる。そう判断した者に対してギルドは口をはさむことは基本しないし、口を挟まざるを得ないような判断をすることもまずない。
問題は、「夢を見る愚か者」だ。
まず間違いなく、彼らは頭がよくない。これは差別でも何でもなく、れっきとした事実だ。そして頭の痛いことに、その何割かは素行が非常に悪い。酒が入ってしまえば、気が大きくなって我を忘れるなんてこともざらだ。しかし彼らだって腐っても冒険者。一般の酒場で暴れられてどうなるかなど、想像できない者はいない。
それこそが、酒場をギルドに併設している理由だ。誰がどんなことをしでかしたのかを把握できるように。愚行に走る者の挙動を監視するために。その火の粉が他の酒場に行かないよう管理するために。冒険者ギルドの酒場は他の酒場よりも品ぞろえがよく、それでいて安い。
それ故に、冒険者ギルドは平屋建てであってはならないのだ。重要な部屋は、全て二回以上に設置されている。
―― 冒険者ギルド 応接室 ――
普段は商談などを行う時に使われる冒険者ギルドの応接室。しかしそれ以外にも、他の冒険者に聞かれたくないことや、公にはできないことを話す際に使われることもある。そして今回は後者だ。
「ごめんね。待たせちゃって」
蝶番をきしませ、受付嬢のレーナが入室してくる。そして、周りに冒険者がいないことを確認するとすぐさま扉を閉じる。同時にドアノブの真上にはめ込まれているプレートが回り、青から赤に変わる。これは音声遮断を行う特殊な術式が発動したことを表している。
つまりこの空間は、今この瞬間から、こと音というジャンルにおいては外界と完全に隔離された空間となったのだ。秘め事を話すには、これ以上の条件がそろった部屋はここ以外にない。
「いえ。それを言うのは私の方ですよ。……こんなこと頼んでごめんなさい。レーナさんが忙しいって解ってるのに」
「いいのよ。めったにわがまま言わないルナちゃんの頼みだもん。少しくらいは優先したい気持ちなの。だから気にしないで? 言うなら、お姉さんお礼言ってほしい」
「ありがとうございます」
「うん。よろしい」
にっこりとレーナは微笑む。しかし次の瞬間には真剣な表情へと変わっており、手元にあったいくつかの資料をテーブルの上へと並べた。
「ルナちゃんから頼まれたことは一通り調べたわ。やっぱり、ラルーク王国に滞在するには滞在許可証が無いとダメみたい。しかも、滞在許可証に書かれた期日以上の滞在も認められていない。資料によれば、たとえ王様でもそれは変わらないし、むしろ門前払いされることも過去にはあったみたいよ」
「そう、なんですか」
「ねえ、ルナちゃん。本当にミレーナ様は『三日』って言ったの?」
「はい。間違いありません。私だけじゃなく、ハルカもイツキもそう言っていました」
「そう……」
その言葉を聞き、レーナは目を細める。その視線は、テーブルに広げた資料と虚空とを行ったり来たりする。その表情から、どう見てもこの事態が通常じゃないということは明白だった。
「ルナちゃん。まず前提で言っておくけど、私はあなたの話しか聞いていないし、それ以外のことは一切わからない。だから、今から言うことで導き出されるのはあくまでも可能性の話。それを踏まえた上で、落ち着いて聞いて」
「はい」
「実は、過去にも同じような状況になったことがあったの」
「そうなんですか?」
「ええ。直近で似た事例は、私がこの仕事に就く前――今から四年前のことになるわ」
「そんな最近なんですか?」
こくりと、レーナが頷く。そして、並べた資料の中から一枚を取り、ルナに渡した。渡されたのは当時の記事。その時のことが描かれていた。
記事に寄れば、ある日突然、ラルーク王国につながる全ての道が消えたらしい。正確には先導してくれる妖精たちが現れず、進むにも進めなかったそうだ。その状態は一か月ほど続き、ようやく入れるようになったと思えば……。
「国の一部が焼けていたの」
「…………」
「まあ、普通に考えればそういう可能性は実験国家なら往々にあり得る話だろうし、誰も気にはしなかったんだけどね。だけど、それ以降は審査がさらに厳しくなっちゃって、物見遊山で入ることは全くできなくなっちゃったの」
「もしかして、その火事は外部の人間が……?」
「どうかしらね。私が言えることじゃないわ。ここからは、あなたが仮説を立てて頂戴」
両手を小さく上げ、レーナが降参のポーズをとる。確かに、一介の受付嬢であるレーナが冒険者を誘導するようなことは褒められたことじゃない。いまこの段階では、情報が少なすぎる。
「それじゃあ、ミレーナさんが帰ってこないのは、同じような事件が起こっているから……? ミレーナさんも関わってる……? それとも、協力している……とか」
「どの可能性も考えられるわ。それに、いま上げた可能性は決して矛盾しない。でも、今の段階でその事に重点を置くのは賢くないわね」
「あ、そうでした。もう一つの方は――……あー、そっか、連絡が取れないんだ……」
「ええ。力不足で申し訳ないけど、冒険者ギルドにはあの国とのコネクションが無いの。だから、私たちにはどうすることもできない」
もう一つルナが頼んでいたこと、それはラルーク王国への交通手段ないしは連絡手段だ。だが、今の説明でそのどちらもギルドをあてにはできないとはっきり判ってしまった。
何でも、ラルーク王国内では警戒優先度のかなり上位に冒険者ギルドが食い込んでいるらしい。小首をかしげるルナだが、レーナの説明を途中まで聴けばその理由を察することができた。
よくよく考えれば(よくよく考えなくてもそうだが)、冒険者は社会のはみ出し者の集まりだ。全員が全員そうだとは言えないだろうが、少なくとも、野心の対価に比喩なしで自分の命を賭ける人種たちがまともであるはずはない。素性の解らない者たちに国の土を踏ませるなんて言う危ない真似はしたくないのだろう。だから、あの国には冒険者ギルドが入っていなかったのだ。
おそらく、自分たちを入れるために師匠様は相当な無茶をしてくれたのだろう……と、いまさらになってそのことに気が付き、ルナは心の中でミレーナに合掌する。
「ごめんなさいね。力になれなくて」
「いえ、そんなっ、レーナさんが謝ることないですよ! 元はと言えば私が変な依頼を持ち込んだんですから」
「そう言ってくれるとありがたいわ。ルナちゃんも、あまり神経質にならないようにね。さっき言った事故も確かにあったけど、それ以前にもちょくちょく音信不通になったことがあったみたいだし。あの国が攻め落とされることなんてこと、万にひとつもないんだから」
「……はい」
しかし返事をした声は、ルナ自身でも驚くほど沈んでいた。なぜだかは解らない。だが、どうしても大丈夫には思えなかったのだ。
何度も言うように、今の状況では情報が少なすぎる。故に、解ることと言えば何かがあの国で起こっているということだけで、ましてや攻め落とされるなんてことを考えても杞憂で終わる可能性が高い。というより、ほぼあり得ないだろう。
今のこの状況は、向こうで何かしらの偶然が重なって起こったことに過ぎないに違いない。それに、向こうには他国の人間も滞在しているのだ。有事の際は、向こうからも何かしらのモーションがあるはず。ギルドに情報が行っていないなんてことがあるはずない。
だけど、
――……何だろう。この感じ。
何かが引っ掛かる。自身の記憶が、その違和感に拍車をかけている。
ミレーナの失踪。
四年前に起こったというラルーク王国での事故。
あの場所で感じたなつかしさ。
抜けている十二年の記憶――言い方を変えれば、ちょうど四年前までの記憶の欠落。まるで、四年前に自身の身に何かが起こったかのように。
あり得ない。普通に考えれば単なる偶然の一致だ。
――でも……。
謎の焦燥感が、これは偶然ではないと訴えている……そんな気がしてならなかった。
◇◆ ◇◆ ◇◆
――うわぁ……、遅くなっちまったなぁ。
ようやく家の前へとたどり着き、煌々と明かりの灯った窓ガラスを見て思わずため息が出る。背中に背負っている荷物が荷物なだけに乱暴に扱うこともできず、ゆっくり帰っていたらこんな時間になっていたのだ。時計の針はもう、八時を少し回っている。この時間だと、とっくに晩飯が食べ終わっている時間でもある。
一度荷物を置き、ゆっくりと伸びをする。その後もう一度重たいソレを担ぎ上げ、空いた右手でノブをひねって扉を開ける。暖かい黄褐色の光が疲れた体に優しく当たる。
「ただいまーっと、ルナも帰ってたんだな」
「お帰りなさい、神谷くん」
「お帰り。結構かかったんだね」
開けてすぐのリビング、テーブルに着いてお茶をすすっていた雨宮とルナ、それぞれの言葉で俺を迎えてくれる。それぞれの用事が終わったら自由解散と決めていたため、ルナもすでに帰って来ていた。今は雨宮と同じく部屋着に着替え、リラックスした表情でカップに口をつけている。この匂いは、多分紅茶だろう。
そして、テーブルの上には手が付けられていない食事が三人分。
「二人ともごめんな。……って、飯は食っててもよかったのに」
「いいのいいの。さっき作ったところだし」
「三人で話したいことがあるからできるだけ待っていいようって、私が言ったんだ。気にしないで」
ひらひらと、ルナが手を振り気にするなという旨を示す。どうやら雨宮も異論はないようで、その様子に、待たせてしまったという罪悪感が少しばかり軽くなった。
それに、ルナの申し出は好都合だ。
「そりゃちょうどいい。俺も二人に話したいことがあるんだ」
◇◆
「そっか。それじゃあギルドはあてにできないね」
「うん。まぁ、あんな荒くれ者たちを管理する機関なんか入れたくないって思うのも、当然といえば当然だからね」
食事をしながらの作戦会議。ミレーナさんの件でギルドに相談をしに行ったルナの話では、やはり冒険者ギルドにはどうすることもできないとのことらしい。それでも、ルナの持ってきた情報はかなり有力なものなのは間違いないような気がする。
「でも、前にもこんなことが起こっていたっていうのが解ったことは充分収穫だとおもうわ」
「よかったー、とりあえず私の無能認定は回避完了」
「そんなこと俺たちは思ってないって」
ほっと安堵のため息をつき、ぐでーっとルナがテーブルに突っ伏する。最近見せてくれるようになった年相応の態度に、雨宮は笑い、俺は苦笑という形で応える。どうやらルナは本気で責任を感じていたようで、吐かれたため息はわりかし本気の安堵だった。
「でも、国って意外にそういうことあるんだね」
「雨宮だって経験ないか? 企業のサイトとかって、問題があったらまず閉じるだろ?」
「ああ、そっか。確かにそんな経験ある」
「へー。二人の世界でもこういうことがあるんだ」
「流石に国単位でこんなことはなかったけどな。でも、これ以上外部と接していて悪影響があるかもしれないって判断すると、けっこうこういう手段を取るところが多かったぞ? スパイなら余計な情報が漏れなくなるし。それ以上被害が大きくなることも少ないし。まあ中には、その間に不祥事を揉み消すなんてこともあるんだけど……」
「中で何があったかますます気になる」
「それを知らせないための遮断な気がするけどな。多分、このままじゃ絶対何が起こったか分からない」
結局のところその場所に行きつき、このままでは同じところをぐるぐると回るだけ。
堂々巡りになりかける作戦会議。
「でも、わたしたちじゃ連絡を着けようにも……」
「そこだ」
「「?」」
雨宮とルナが首をかしげる。
三人で話し合いたかったのは、その部分について分かったことがあったからだ。正確には教えてもらったといった方がいいかもしれないが。
「実は、俺が行ってたのは軍の駐屯地だったんだ。俺たちの知らない通信手段がないかどうかを聞きに行っていた」
「レオさんに?」
「そう」
「じゃあ、イツキは見つけたわけだ。それで、その準備をしてて遅くなったと」
流石は雨宮とルナ。俺の思考回路はお見通しだし、帰ってきた俺の状態からなにをしていたのかを一発で割り出された。本当に頼もしい仲間だ。
雨宮の言った通り、俺が会いに行ったのはふたりとも顔馴染みになりつつある俺の友人、レオ・グラディウスのところだ。そして、そこでとある情報を仕入れ、機材を買いそろえていると今の時間になってしまったというのが事の真相だ。そしてそれを可能にする機材こそ、俺がこの家まで必死こいて持ってきたこの袋の中身。
――連絡が取りたい? ――
今日の昼、王国軍駐屯地にて交わした会話が蘇える。
◇◆
「そうなんだ。帰国日になってもミレーナさんが帰ってきてない。あれだけ部外者に厳しい国だから、普通のことじゃないと思う」
「それには僕も同意だ。通常時なら、誰であろうと期限日以降の滞在は許可されていない。多分、向こうで何かしらの問題が起こっているんだろうね」
先の迷宮の詳細をまとめた資料。目を通していたそれをテーブルに置き、レオは真面目に話を聴いてくれる。その厚意に甘え、俺は遠慮なく助けを求めることにした。この世界でできた唯一の男友達に、今回のことで思ったことを洗いざらい吐いていく。
前にもこんなことがあったのか。どんな時にあの国は外界とのつながりを切るのか。レオたち騎士団は把握しているのか。そして、何か連絡手段はないのか。
「……まず、順番に答えていこうか」
しばらく考え込むようにうつむいた後、視線をテントの天井へと向ける。小さく頷いてから、レオは話し始めた。
「前にもこんなことはあったよ。それはこっちの記憶にも残っている。それから、向こうは『機密保護』で封鎖したって毎回発表しているね。詳しいことは僕の口からは言えない。国の信頼に関わるから。ただ、四年前は火事があって、それで火事場泥棒を入れないために封鎖したらしいよ」
どうやら、あの国はかなり内部情報が漏れることを警戒しているらしい。でもよく考えれば、一国の中に複数の国の一部があるような場所なんだから、警戒するのも当たり前なのだろうか。
「それから、連絡手段のことなんだけど……」
一番聞きたかったこと、その部分でレオは口をつぐむ。浮かべている表情を翻訳するなら、「申し訳ない」といったところだろうか。その表情だけで、帰ってくる答えが何なのかは容易に想像がついた。
「無理なんだな。悪い、無茶なこと頼んだ」
「すまない。迷宮攻略で活躍した君の頼みだからできるだけ何とかしてはあげたいんだけど……やっぱりすまない、軍事機密を明かすわけにはいかないんだ」
「気にするなって。むしろ反省しなきゃいけないのは俺の方なんだからさ」
本当に悔しそうな顔をするレオに、気にしないようにと諭す。そんな顔をされたら、こっちこそどうすればいいか分からない。軍に無茶を言って困らせて、一体俺は何様だという話だ。
そんな時、
「では、昔ながらの方法ではどうですか?」
あまり聞きたくはない独特な声が、後ろから聞こえた。
「……いたんですね。レグ大尉」
この間のこともあり、できればしばらくは会いたくなかった男が俺を見てニタリと笑っていた。
「そんなに邪険にしなくてもいいではないですか。あなたが来たと聞いたから顔を出しに来ただけですよ」
「はあ……そうっすか。コンニチハ」
誰だ、余計なことをしたのは。
「僕が言っておいたんだ。君と大尉は面識があるようだったから、ついでにって」
お前かよ! という言葉を棲んでのところで飲み込む。前々から、できないことなんか無いのでは? と思っていたが、今ようやく、レオに苦手なことが一つ判った。
こういうところだ。
「それで大尉。彼に言った昔ながらの方法とは一体何です?」
「ええ、それですがね――」
その後のレグ大尉の話がかなりの有力情報だったため、結果的にレオには感謝をしなくてはいけないことになった。だが、レグ大尉と話して判ったことが一つある。
やっぱり、この人は苦手だ。
◇◆
―― 迷い霧の森・入口 ――
翌日の朝九時。朝食を終えた俺たちは、三人そろって以前ラルーク王国に行くために入った場所――迷い霧の森の前に立っていた。
何をするのかは言うまでもない。レグ大尉から聞いた話が本当だと仮定して、その連絡手段を実行しようとしているのだ。
「――よし。機材は準備完了。雨宮、『辿りカンデラ』は?」
「こっちも大丈夫。ちゃんと燃えてるよ」
「ロープもしっかり固定したし、もう準備は良いんじゃないかな」
雨宮の持つカンデラは、この間と同様に青い炎を上げて家の方向を指している。ルナが準備したロープも、地面に突き刺したペグによって地面にしっかりと固定されている。安全を期してと、近くの木に一周させるくらいの徹底ぶりだ。多分、これで外れることはないだろう。そしてそのロープは、俺たちの身体に巻き付いている。このロープをたどれば、絶対に三人が接触することができるようにするためだ。
全ての準備が完了したことを確認し、霧に沿うよう横一列となって並ぶ。
「それじゃ、離れたら手筈通りに」
こくりと、ふたりも頷く。
「三・二・一……GO」
合図で、三人一斉に霧の中に入る。視界が真っ白に染まる。
目を閉じる。目を開ける。
依然として視界は白いまま。
「……やっぱりこうなったか」
前回と一緒だ。ここの特殊な霧のおかげで、たとえ一センチ先に人がいても俺たちは全く互いを感知できない。触ってようやく、お互いの姿を認識できるのだ。やはり、何度やってもこの感覚は気持ちが悪くなる。
「そうだった。手筈通りに」
視線を、腰につないだロープへと移す。そしてロープを掴み、手筈通りそれが伸びている方向へと手元に手繰り寄せながら進んでいく。
俺たちがお互いの身体をロープで結んだのはこれが理由だ。こうしてお互いの体をつないでおけば、視界に頼らなくても俺たちは合流できる。
そんな俺たちの思惑通り、
「――あ、神谷くん。良かった」
「おっす。ちゃんと合流できてよかった」
指先に布の感触。それと同時に、カンデラを持った雨宮の姿がいきなり現れる。やっぱり雨宮も慣れていないようで、前回と同じように顔色は青かった。その数秒後、手が握られる感触と共にルナが現れる。
「全員合流。それじゃあイツキ、はじめてよ」
「了解。いっちょやりますか」
身体を触る役割はふたりに任せ、背中に担いでいたリュックを下ろす。ファスナーを開けて取り出したのは、両手に抱えるほど大きなお香の香炉。中には、藁と燃料粘土(その名の通り燃える粘土)が入っている。
着火具を使い、藁に火をつける。粘土に火が付いたのを確認し、昨日調合した粉末の香を取り付ける。そして仕上げに、妖精たちが好むという薬草を溶いた薬液を粉末に垂らす。香の本来の方法とは違うが、この世界ではこっちが主流らしい。
薬が反応しているのか、お湯に入れたドライアイスのように紫色の煙が香炉から湧き出してくる。俺にとっては形容のしがたい何とも言えない匂いが周りの空気に染み込んでいく。
「よし、こんなもんかな。雨宮、よろしく」
「了解」
合図とともに、雨宮は待機していた魔術を解き放つ。
ここ最近で、雨宮は魔術にさらに磨きをかけている。もう、魔法と呼んでも大差ないほど、火力も発動速度も魔法に肉薄している……というのがミレーナの見解だ。しかし、それも二週間ほど前の話だ。もしかしたら、雨宮の魔術はもう魔法の域に達しているかもしれない。
「――――」
風の魔術が、球体となって雨宮の頭上に待機している。あとは雨宮がトリガーを引くだけで、魔術は発動する。
「Strub nad Terafeporl!!」
この世界で使われる魔法言語が唱えられる。
瞬間。
頭上の球体は爆散。そして、暴風となって香の煙を拡散させた。
続いて、
ピィィ――――――ィイッ‼
鼓膜を突く高い笛の音が森の中に響いた。
「……これでいいんだよね?」
「サンキュー、ルナ」
笛を吹いたルナが、不安そうに手紙を握って霧の中を見つめる。
この一連の儀式めいたものが、レグの言っていた昔ながらの方法だ。
妖精が好きな匂いの出る香を焚き、それを森中に拡散させる。そして、自分の位置を知らせるために遠くまで音色の通る高い音の笛を一度吹く。これで寄ってくるのは本来小さな妖精たちだが、もしあの時合ったローブ姿の彼らが出てくれば、もしかしたら手紙を渡すことができるかもしれない。
あくまで賭けだ。だが、俺たちにはもうこれしか方法が無い。
「「「………………」」」
そのまま時間が経過すること、十分。
その時は、唐突に訪れた。
「……あっ」
目のいいルナが、短く声を漏らした。しかし、俺と雨宮にはまだ何も見えない。目を細め、目を凝らす。ルナから遅れること一分弱、俺の目にも、ぼんやりと何かが映った。
真っ白な人影が現れる。それは周りの霧よりも透明で、まるでその場所だけ空間が歪んでいるように見えた。小さなそれはゆらゆらとその体を揺らし、ゆっくりとした足取りで俺たちの方へと近づいてくる。
――……ん?
と、そこで違和感が生まれた。
一つ目、いくら近寄ってきてもこの間のような光が見えてこない。それなのに、ぼんやりとした靄のような体は確実にこちらへと近づいてきている。
二つ目、大きすぎる。この前会ったローブの妖精は、俺の背丈の半分もなかったはずだ。遠くから見えた彼らの大きさは、なんとなくだが把握している。それと照らし合わせても、遠くから見た時の大きさは彼らよりもはるかに上回っていた。多分だが、あれなら一メートルは絶対にある。
三つ目。格好が違う。彼らが持っていたパイプのようなものは見えないし、何より彼らの体形はぐんずりとしていたはずだ。だが、今見えているのはスラリと縦に長い。どちらかと言えば俺たちと同じ体形に近いのではないだろうか。
答えは、すぐに解った。
現れたのは彼らではなかったのだ。
「……は?」
素っ頓狂な声が飛び出た。
真っ白な少女だった。
歳は、多分十歳ほど。肌の色、髪の色、頭から足先まで見事なまでの白。唯一色がついているのは、眠そうに細められた緋色の瞳。いちばん近い言い方をするなら、アルビノの少女。
そして、なぜか全裸――すっぽんぽんだった。
「「「………………」」」
絶句する。
なぜ裸? そもそもあなたは誰? なぜここにいるの? なにがあったの? そんな疑問が矢次に浮かび、言葉になる前に消えていった。
俺たちの中で誰も、すぐに立ち直るようなことはできなかった。
すると、
「…………見つけた」
俺、雨宮、ルナそれぞれがあっけに囚われる中、消え入るような、そんな微かな声が届いた。
状況が理解できない俺たちを丸無視し、ふらふらとした足取りで彼女は俺へと近づいてくる。
「え? お、おい……」
てとてと。
ひたひた。
…………カプっ。
「いってえええぇぇぇええ!?」
思いっきり噛みつかれた。
犬歯が容赦なく腕の皮膚を突き破ったのを感じた。そのまま俺の反応などお構いなく、少女はチュウチュウと腕を吸引する。これは、血を飲んでいるのだろうか。
「痛ってぇぇえ! おい! なにすんじゃい!?」
「あり、がとう……」
「は?」
意味不明な状況を作り出し、これまた意味不明な言葉をつぶやき、それ以降無責任にも、少女の意識はこの場から退場した。
困惑しきった俺たちを置き去りにして。
魔法の呪文は現在作者の方でも開発中なので、固まったら変える可能性ありです。




