第2章ー4「握手はまた、その時に」
ドン! という効果音がぴったりな光景がテーブルの上で存在を主張している。
二人にしてはいささか広いテーブルには、所狭しと料理が並べられている。しかも、それらはすべて大盛かつ高価な肉料理。『木こり牛』の肉を使ったビーフシチューに、ワイバーンの肉の丸焼き。俺が解るのはそれくらいだ。それ以外は、あまり頼んだことのないお高い料理だ。
オレンジ色の照明に照らされた彼らの姿は、否応なしに食欲を掻き立てる。湯気を上げるその様は、何も言われなければこっそりとつまみ食いをしてしまうかもしれないと思うほどだ。
目の前にいるのが、彼でなければ。
「さあ、さあ、食べてください。ここは私の奢りです」
がばっと、舞台俳優かのようにレグ大尉が両手を広げる。
身なりに気を使っていませんと言わんばかりな、血の跡が染みつくコート。無精ひげを撫でながら、観察するように俺を見つめている。
このオーバーなリアクションを含めたその一挙手一投足、全てが胡散臭い。というよりも、何か裏があるような気がしてならない。この料理は、一体何のために用意されたというのだろうか。これを食べたら、何か大変なことに巻き込まれるような気がする。
「遠慮することはないですよ。あなたが今日受けた依頼数、依頼内容からすれば、腹が空くのも仕方がありません」
「……見てたんですか?」
「さぁ、どうでしょうね。勘ですよ。勘」
クツクツと、大尉は独特な笑い声をあげる。本当にどこまで見ていたのだろうか。確証はないが、俺が訊ねれば何をしていたのかも答えてしまうような気さえする。そうなると、彼はずっと俺のそばに張り付いていたということになるが……。
――いや、やめよう。
知らなければ知らないで気味が悪いが、知ってしまえばまた別の意味で鳥肌が立ってしまいそうだ。それについての思考を放棄することにして、目の前にある料理へと意識を移す。
「ちなみに、毒も入れていませんよ」
「やめてください。そう言われると食べにくいです」
あれほどあった食欲が、すっかりなくなっていた。それでも、腹が減っているということは解っている。諦めて、料理を口に運ぶ。それを見届けた後、大尉も料理に手を付けだした。
端的に言う。料理はおいしかった。
「それで、今日はどうしたんですか? 俺、何かやらかしましたか」
「ふふふ、どうしてそう思うんです?」
「軍の人――特にあなたが来るとしたらその可能性が高いかな……と」
「おやおや。私を一体何だと思っているのですか」
心底心外だとでも言わんばかりに、大尉は背もたれへと仰け反り体重を掛ける。そして、「違いますよ」と言葉を続ける。
「今日あなたを尋ねてきた理由はそんなことじゃありません。話したいことがあっただけです」
その瞬間、明らかにレグ大尉の空気が変わった。
つい先ほどまでは、どちらかと言えば飄々としたつかみどころのない態度。しかし今は、俺を絡めとって離さないとでも言いたげな……例えるならば捕食者の目。いちばん近いのは、恐らく蛇だ。
ピリピリという刺激が肌に突き刺さっているように錯覚する。ペロリと唇を舐め、レグは話し始めた。
「まずそうですね……あの迷宮についてはどれくらい聞きましたか?」
「国が管理することになった、としか。あと、時機を見て一般にも開放するとか」
「その通りです。つきましては、その安全を確認するまでしばらくの間我々がそのまま駐留いたします。何かありましたら、駐屯地をお尋ねください。私が対応いたしましょう」
「はぁ……」
「それから」と、いったんここで言葉を切り水を口に運ぶ。
「これはあまり明かしてほしくはないのですが、あの魔法陣を刻んだ者に検討がつきました」
カリンと、グラスの氷が音を立てて砕けた。
「まず、あの魔法陣は刻まれてからかなりの年月が経過していました。十年……いや、下手をすれば五十年以上前という可能性もあります」
「そんなに長く……」
そう、そこなんです。と、大尉は手に持っていたフォークで俺を指す。
「普通の魔法陣なら、定期的な点検を行わない限り一年ほどで劣化して使用不可能になります。しかし、あの魔法陣には描き換えられた形跡が見つかりませんでした。ですが、刻まれてからあの日まで、あれは間違いなく起動し続けていた。そうでなければ、この辺りはもっと早くに不毛地帯となっていたことでしょう。迷宮拡大とは別の理由で」
この世界の魔法陣は、『ガソリン』『車』などの普通名詞で言い換えることが難しい。強いて言うのであれば、『機械製品全般』と言うしかない。なぜなら、魔法陣は種類によって役割が大きく異なるからだ。
電気回路のように、マナを通すだけのもの。発電所のように、魔法陣自体がとある現象の役割を担っているもの。分類は様々で、それらを組み合わせることによってより複雑で便利なものが生まれる。分類の違う魔法陣は、似て非なるもの。ただし、どの魔法陣にも共通することが一つある。
それは、劣化するということ。
どんな魔法陣も、使い続ければ回路が摩耗し劣化していく。限界を迎えると回路は弾け跳び、本来の役割を失う。しかし、その状態で中途半端に魔法陣が起動してしまうと、術者の意志とは異なる働きをしてしまうことがある。
それが、いわゆる暴走というやつなのだ。
レグ大尉は、いま確かに不毛地帯になると言っていた。それはつまり、あの魔法陣がそれほど複雑で危険な代物だったということだ。しかし、今のいままでそれは暴走をすることなく正常に機能し続けた。そんなことができるほどの技術者が、あの魔法陣を組んだことになる。
「つまり、それができるほどの人が誰なのかが判ったと?」
そして、そんなことができる魔術師は必然的に限られてくる。
「そういうことになります。……いえ、これで判ったと言うのは少々癪ですが」
「?」
その話題になった途端、レグは苦いものでも食べたような表情を浮かべた。本当に、それを認めるのが悔しいという感情がまるわかりだ。
「〝円卓の騎士団〟あの魔法陣は彼らの仕業と考えても間違いないでしょう」
「……っ!」
「ご存知ですか?」
「ええ、まあ。ミレーナさんからも聞いています。正体不明の反社会的勢力」
「その解釈で結構です」
ご存知も何もない。ミレーナの授業を受けた際、真っ先に教えられたことだ。
「構成人数不明。構成要員不明。本拠地すら特定されていない謎の組織です。ただ解っていることは、ほとんどの土地では疫病神とされているということでしょうか」
その目的は、ミレーナにも解っていないらしい。
解っていることといえば、各地で起こる戦闘の何割かがこの組織によるものであり、それらの跡地はすべからく焦土と化しているということ。しかし、肝心の戦闘の目的すら不明。レグの言った通り、全く何もわかっていない謎の組織だ。
そして、かなり昔から暗躍していたということ。解っているのは本当にこれくらいなのだ。
彼らが何を目論み、どんな信念で動いているかすら不明。どこから人員の補充を行っているかも定かではない。
「やつらの目的は何なんですか?」
「さあ? 我々にも解りません。ですが、何か良からぬこと……それも我々が予想できないようなことを企んでいると考えておいても大げさではないでしょう。特に、あなたたちは気を付けるべきです」
奇しくも、それはミレーナに言われたことと全く同じだった。
「どんな理由で狙われるのか分かりませんからね。〝異世界からの迷い人〟ほど、彼らにとって未知の存在はない」
ミレーナは言った。
これほど長く存在し、暗躍しているのだ。そう容易く予想できるようなことを目的としているはずもない、と。だからこそ、イレギュラーの塊である俺たちは細心の注意を払わなければならないのだと。
正直言って、自覚はしていたが現実味がなかった。迷宮攻略のようなものとは違い、直接何かを見たわけでも経験したわけでもなかったから。
だが、
ミレーナに言われ、目の前の大尉にも言われる。そこまでしてようやく、なんとなくだが実感が湧く。
迷い人とは、それほど身の危険が及ぶ可能性がある人間なのだ。
「……解りました。気を付けておきます」
「そうしておいて損はありません」
そう言うと、しばらくの間会話はなかった。酒場特有の喧騒に場を任せ、俺はしばし大尉のことを忘れて料理を口に運ぶ。おいしい食事に舌鼓を打ち、気がつけばいくつかの皿は空になっていた。
しかし、さっきの忠告を境に大尉からは何のアプローチもない。
それがやけに不自然で、気味が悪かった。
故に、
「――それで、本当に話したかったことって何です?」
仕掛けてみることにした。
「………………気が付いていたんですか」
ピタリと、レグの動きが止まる。
「普通そうでしょう。あの事件に円卓の騎士団が絡んでいるかもなんて、あの中に潜った人なら遅かれ早かれ勘づくはずです」
「ふふ、なるほど。ですが、私が単に嫌がらせをしに来たという可能性もありますよ?」
「もちろんありますが、それだと納得いかないんですよ」
「…………」
大尉の表情に、困惑が浮かんだ。
「わざわざ俺をからかうためだけに来るなんて……、そんなの、あなたの柄じゃないでしょ?」
この人でなくてもそうだ。
普通の友達であっても、よほど近しい関係でない限りその理由だけで会うとは考えられない。顔を見に来たという場合は、大抵が何か一緒に消化する別の予定を持っているはずなのだ。
ましてや、俺の見るこの人の像は徹底的な合理主義者だ。
迷宮での攻略は、そのことを感じ取るには十分だった。軍の中でも最高ランクに位置する王国騎士団に所属しておきながら、騎士のプライドというものがみじんも無い。少数を犠牲にして大多数が救えるのならば、その手段を躊躇なく提案し実行に移す。しかも、それが一番効率が良くリスクが少ないという理由でだ。
そんな人が、俺をからかうためだけに俺に会いに来るとはどうしても思えない。しかも、たまたま会ったわけではなく俺を待ち伏せていたのだ。からかうことが目的なのだとはどうしても思えない。
「――――ぷっ、ふふ、クククク」
ニタリと口元を吊り上げ、子供が見たら泣き出すような表情で笑う。初めは堪えるようにして笑っていたが、途中でそれを諦める。食器を置き腹を抱えて、レグはしばらく笑い続けた。
「なるほど、あなたは人を見るのが上手い。それでも口には出さずしり込みしてしまうのは、その分析に自信が無いからなのでしょうかね」
今度は俺が図星を指され、うっ、といううめき声がこらえきれずに零れる。それを見て、レグはニタリと再び笑みを浮かべる。
「その通り。私が会いに来たのはこんなつまらないことを話すためではありません」
いきなり、レグは身を大きく乗り出した。
テーブルを超え、俺の方へと身体を一気に近づける。遠目から見れば、立ち上がって俺の方へと身体を傾けている状態だ。あまりに予測不可能な動き故に、反応ができずに完全に固まる。そんなアンバランスな姿勢にもかかわらず、レグの身体はピタリと静止し一切動かない。
「単刀直入に訊ねましょう」
俺の動揺、驚愕、そんなことお構いなしに、レグが口を開いた。
「あなた――軍に入る気はありませんか?」
時が、一時停止した。
「…………はい?」
「引き抜きですよ。スカウトです」
気が付くと、レグは何事もなかったのように椅子に座っていた。
服の乱れはなし。あれほど無理な体勢を取ったにもかかわらず、戻るときの音さえもしなかった。
「え、えーっと。あの、どうして俺なのかイマイチ解らないんですけど……」
イマイチどころじゃない。はっきり言って、全く理解不能だった。
確かに俺は、この世界でもそこそこ強い部類に入っているという自覚はある。それは、俺だけではなくミレーナとルナからもお墨付きをもらっていることだ。だけど、レグが求める人材かと言われれば否と答えることしかできないはずだ。
魔法が使えない。魔術が使えない。近接戦闘ができるといったところで、本職の騎士たちに勝るとは到底思えない。むしろ、なぜ雨宮に声をかけないのかが不思議なくらいだ。
しかし、
「理由の一つは、あなたの能力です」
レグが提示したものは、俺が真っ先に否定したものだった。
「予測でしかありませんが、あなたの戦闘法は自身のオドと大気中のマナを干渉させて切断力を上げる――っといったところでしょうか。それも、筋肉を強化したり魔法や魔術を剣にまとわせるのではない。本当に、純粋な攻撃特化の戦闘法です」
「――――」
「単純。それでいて、真似ができる人を私は知らない」
「ですが……どうしてそれだけで」
「『それだけ』だからですよ」
俺の言葉を強引に遮り、レグが答えを提示した。
「魔法や魔術……ここでは魔法に統一しますが、あれは大気中のマナだけでなく瘴気の濃度も影響してきます。つまり、瘴気の濃度が高い場所では制御しきれない可能性がある。あなたもそれはご存知でしょう」
――逸れた。瘴気が濃すぎて制御が利かない――
ミレーナの言葉が、脳裏によみがえった。
レグが遠回しに何のことを言っているのか、すぐに理解できた。レグが言っているのは、二週間前の迷宮攻略戦のことだ。
あのとき、ミレーナという最高レベルの魔法使いでさえ瘴気の濃度が濃すぎて魔法が暴発する可能性があったのだ。つまり、ミレーナ以下の魔術師では、高濃度の瘴気下では暴走する可能性が極めて高いということ。
「ですが、」と、レグは言葉を続ける。
「あなたのそれは、瘴気の影響を全く受けないものだ。そもそも、瘴気があろうとなかろうと関係ない機構をしているのです。つまり、あなたは自分が動ける環境であるならどこでだって戦える。あなたの相棒よりもよっぽど価値がある。これほど重宝する戦力はない」
「そう、なんでしょうか」
「自覚は無いようですが、そうなのですよ。それに、理由はもう一つあります」
そう言って、レグは口に運んでいた紅茶のカップを置く。そして、まっすぐに俺を見つめた。
「これこそ私の勝手な推測ですが、おそらくあなたは少しばかり異常です」
言葉の意味が、理解できなかった。
なぜ? とかそういう次元ではなく、それが俺のことを指していることすら気が付くのに数秒の時間を要した。
「目的達成のために手段を問わない、といった部類ではないですが。あなたはあらゆる手段を考え、そして方法が見つかれば、決してあきらめることをしない。『自分のことなど気にせずに』です。それも狂気的なまでに」
試してみましょうか――そう言って、レグは一冊の本を取り出した。
かなり古い本だ。それに保存状態が良くないせいか、表紙はかすれて全く読めない。かろうじて解るのは、何かの魔法陣が描かれているということくらいだろうか。
「この本、何が書いてあるか知っていますか?」
首を横に振る。もちろん、知るはずがない。
「これに書かれているのはですね、」
「召喚魔法陣です」
――⁉
ガクンと、身体の動きが止まったところで我に返った。
無意識に、俺はレグ大尉へと詰め寄っていた。手はまっすぐに伸びきっていて、指先の目指す先はもちろんレグの手の中にある資料。
しかし、俺の手は届くことはなかった。俺がこうすることを見越していたようで、レグは本を持った右手を高く上げていたのだ。
「ほらやっぱり。目の色が変わった。あの時と同じ目だ」
嘘です、そう言われてやっと現実を見ることができた。そんなに都合よく事が運ぶはずがない、そのことにやっと気が付いた。
「だからですよ」
その顔は、狂気そのものだった。
「どこでも戦えるというその特殊な力。そして、命を天秤にかけるという常人から外れた執念。だからこそ、私はあなたがほしい」
まるで、絶食後目の前に大好物が現れた時の肉食獣そのものだった。
三白眼だったはずの目は大きく開き、その中は爛々と光を湛えている。目の前の大尉には蛇という印象を抱いていたが、蛇が捕食する瞬間の顔とは、今この瞬間のこれをいうのだろう。
「もちろん、さっきの言葉はすべてが嘘というわけではありません。私についてくれば、あなたがその情報を手にできる可能性は飛躍的に高まるはずです。そのことは私が保証しましょう」
『闇の取引』という言葉は、まさに今この光景を表現するときのものなのだろう。
対面する男の目は捕食者のそれで、俺を逃がさんとばかりに目をそらさない。そして、眼下にあるのは差し出された右手。それはもちろん握手を求めるもので、それをするということは当然彼の申し出を受けるということになる。
「どうです、私とともに来ませんか?」
不思議と、彼は嘘を言ってはいないと確信できた。こんな見た目で、こんなに胡散臭い言動をしていても、その直感は決して揺らがなかった。
確かに、大尉の言うことは正しいし、その通りになると納得できた。
仮にも、国王直属の騎士団の一人なのだ。そう言った場所へ入る機会もあるのだろう。加えて、そういった情報が手に入る任務も行うことがあるのだろう。なぜなら、迷い人というのはどの国にとっても重要なサンプルであり戦力になるからだ。
技術面でも、戦闘面でも、この世界の規格からは外れた者が多い、それが迷い人。たとえはずれを引いたところで、外交カードにするなり色々と利用価値があるに違いない。
つまり、俺は彼にこう言われているのだ。
国家の犬にならないか――と。
望むものはできるだけ譲歩するし、要求もできるだけ飲む。だから、国家のために尽くしてくれと。
だからこそ――、
「――せっかくですが、お断りします。受けたくないです」
出した答えは『NO』だった。
「ほぅ、予想はついていますが、理由をうかがっても?」
「大尉に付いて行くということは、俺にもそう言った仕事があるかもしれないってことでいいんですよね?」
「そういった、とは?」
国家のために動く、それも俺にできることは戦闘のみ。それも白兵戦。だとすれば、軍に入る以上避けて通れないものがあるはずだ。
「人を殺す仕事です」
人殺しの任務。
「……そうですね。そう考えていいでしょう」
「だからお断りします」
だからこそ、俺は受けることはできないし受けたくないのだ。
「確かに、元の世界に戻る手掛かりを得るためには手段を選んでいられないかもしれない。だけど、俺はそこまで決心できてないんですよ」
ただ単純な話だ。俺には、人を殺す覚悟はない。
「あなたは、俺が諦めないって言いましたけど、そうはならないような気がするんです。もし仮に仲間の命がかかってしまったとして、それでやらざるを得なくなったとしても……多分俺は、……壊れると思います」
彼らを殺して、未来の幸せを奪って、それを自分の為と割り切って生きていくことができない。その感覚がこびりついて、きっとどこかで壊れてしまう。その確信がある。
「人を、殺したくないんです」
あの日からずっと、俺は夢でうなされている。俺に忘れるなとでも言うように、葵の泣きそうな顔が浮かんでくる。夜中に跳び起きるということが、今でもたまにある。
もう五年以上たっても、あの夢になれることができない。
「この世界では弱みになるとしても、自分の命が危うくならない限りそういう手段はとりたくないんです。ただ単に怖いんです。俺が、俺じゃなくなる気がする」
人をひとり不注意で失くした。それで、俺はどこかが壊れたような妙な感覚が消えなくなった。そんな奴が、もし、自分の意志で他人を殺めてしまったとしたら……。
多分、俺ではない何か『別のモノ』になる。
「だから、すいません。その誘いは受けられません」
この世界での人殺しを否定することはできないと思う。日本よりもはるかに命が軽い国なのだ。そうでもしなくては守れない命もあるし、その行為によって保たれている平和もある。
臆病と呼びたいなら呼べばいい。
腰抜けだと思われてもいい。
それでも、
人を殺すことが――――こわい。
「………そうですか。それなら仕方ないですね」
「え、あれ?」
彼の反応は、予想していたよりもあまりにあっさりしたものだった。
「もっと食い下がる、と思いましたか?」
思わず縦に振る。クククと、レグ大尉は笑う。
「あなたの考えはもっともです。それを否定することは私にはできない。それに、脅して従わせたところで、あなたがそう考えているうちは私が求める戦力としては使えない。ここであなたに嫌われるようなことにもなりたくはありませんからね」
ここは私の奢りです――そう言って、レグが立ち上がる。話は終わりとばかりにコートを着直し、同じく立ち上がった俺と対面する。
「それでは、また会いましょう。あなたはあなたの道をお行きなさい。考えが変われば、いつでもお待ちしています」
握手はまた、その時に――。
彼の姿は、明るい繁華街の人ごみへと消えていった。
書いていたら、思った以上に長くなってしまいましたね。




