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異世界幻想曲《ファンタジア》  作者: 紅(クレナイ)
第一章 『アルトレイラル(迷宮編)』
28/45

第1章ー28 「死んでしまえば終わりだから。」

 攻略会議は、重苦しい雰囲気に包まれていた。


 誰もが口をつぐみ、余計な発言やささやき声すら聞こえてこない。そんな中、各団員が淡々と状況を報告し、一瞬のため息の後重苦しい雰囲気に包まれる。それが繰り返されていた。


「――以上が、今回の攻略で得られた情報です」


「んん……。誰か、ゴーレムについて思い当たる節はあるか?」


 再び、沈黙が下りる。いままで、核を破壊して生きていた魔獣はいない。機械的構造の塊である人工魔獣ならなおさらだ。例えるなら、いま俺たちは重力を無視できる怪物と遭遇しているようなものだ。世界の法則性を捻じ曲げるような存在を前にして、そう簡単に何かが見つかるわけがない。


「なあ、グラディウス。核は完全に破壊したんだよな?」


「ええ、そのはずです。精霊たちを介して、僕にも核を破壊した手ごたえがありました」


「そうなると……核すら復活させたことになるか」「あり得るのか? こんな短時間で」「しかし、そうとしか考えられん」


 重苦しい雰囲気の中、とんでもなく粘度の高い空気をまとわせながら会議は続く。それでも、現状を把握しただけで一部からはため息が出る。普段なら数か月は最低かかる核の再生速度が異常なのだとか、そんな仮説を立てることしかできない。


 今の状況は、最悪一歩手前といった具合だ。貴重な戦力は何割かが使用不可能となり、回復薬も充分とは言えない……というよりも足りない。とてもではないが、もう何度も攻略戦を行うほどの余裕はない。


 それに加えて、攻略リミットまでもが迫っている。


 この迷宮で確認されている迷宮主は二体。これは、迷宮の心臓である核が増えていっているということを表している。核をつぶさなければ、迷宮の拡大は止まらない。つまり、核が増えれば必然的に倒す迷宮主の数が増える。その性質上、これ以上手をこまねいていては本当にこの地区一帯が迷宮に取り込まれかねない。陸路貿易の要所であるセルシオ。そこが落とされるということは、ここより南領域一帯を切り捨てるということになる。


 戦力も足りない。薬品も、情報も足りない。そして、それを整えるための時間すらも……。


 問題は、掃いて捨てるほどあるというのに。


 そのとき、


「もう、なりふり構っている場合ではないでしょう」


 そう言って、ひとりの男が立ち上がる。注目が、一気に集まる。

 魔法士に与えられる特注品のローブを身にまとい、返り血で身体を染め上げた痩せぎす三白眼の魔法士。いままで一度と発言はしておらず、口を開き飛び出したその声は、男にしてはいやに高かった。


「何が言いたい。レグ大尉」


「なに、簡単なことですよ。隊長」


 そう言って、レグと言われた魔法士は携帯用杖――ライトアイガー――を取り出す。そして、ガリガリと地面に何かを書き始めた。


「このまま手をこまねいていれば、いずれこの地区一帯が確実に迷宮区と化します。そうなってしまえば、もうセルシオを救うことなどできないでしょう。捨てるのみです。それだけは何があろうと避けねばいけない」


 異論はないと、全員が続きを促す。それは、誰もが解っていることだ。


「しかし、我々だけではもうどうすることもできない。だとすれば、取るべき選択肢はおのずと決まってくるはずですが?」


「まさか!」


「マサカでもトサカでもないでしょう、ビルグ少尉。それを思いついたということは、あなたも〝それ〟自体が有効な手ではあると解っているはずだ」


 ――冒険者たちを、ここに投入する――


 どよめきが走った。

 それは、いままでほとんど前例のないことであったから。そんな手段を取ったところで、成功した試しが過去に一度たりともなかったから。全員が、耳を疑った。こいつは正気なのかと、全員の視線が突き刺さる。


「無謀だ! 第一、このバルマスクはどうやって集める! それに、我々と対等に戦えるほどの実力を持った冒険者など……」


「バルマスクについては、この近くでも晶石が産出されているはずです。それを使えばいいでしょう。それにここはセルシオですよ? 腕に覚えのある冒険者ならいくらかは集まると考えても問題はないでしょう。彼らを使えば、我々は力を温存できる」


「楽観的過ぎると言っているんだ! そんなことをすれば、どれだけの数の死者が、どれだけの犠牲者が――」


「はぁー……。一体、何を勘違いしているのか……」


 レグは、嗤っていた。

 まるで、汚物にまみれた人間を憐れんでいるような目で。もしくは、人とすら思っていないかのように感じさせる目で。


()()()()()()()()()()()()


 歯ぎしりの音が、これほどはっきりと聞こえたことはない。


「貴様レグゥゥ――――ッッ⁉」


 気が付けば、レグは一人の騎士に胸倉をつかみあげられていた。射殺さんとする視線を、隠そうともせずにビルグは浴びせる。しかし、そんなこと知らんとばかりに、レグの表情は漂々したものだった。


 大半が耳を疑い、敵意とすら感じられる感情を湛え、レグをにらみつける。それでも、レグがひるむことはない。


「それではお訊きしたい。ここから援軍を要請して、彼らがここに到達するのは一体いつになりますか?」


「…………ッ」


「回答が遅い。一か月ですよ。本来ならこの遠征は、ビルグ少尉、あなたたちが王国騎士団への入隊資格を得るための試験を兼ねたものだったはずです。当然、通常の迷宮攻略でそんな暴挙に出ることなどできません。此度の遠征はですね、()()()()()()()()()迷宮攻略として議会に承認されているのです」


 そこに、私情はなかった。


 笑みも、あざけりも、それら以外の感情も、表情というものさえなかった。ただ真顔で、淡々と、事実だけを述べている。胸倉をつかまれ持ち上げられながらも、そのことすら意に介さず口だけが動く。


「その頭の固い元老院たちが考えを改めるのに、どれほどの根回しを必要とするとお思いですか。議会の承認を得るのに二週間。王都からここまで、最短距離で軍を走らせ二週間。これほどの期間が必要になるのです。あなたもよくご存じでしょう? あの北東迷宮攻略作戦のことを。あれはですね、今と全く同じ状況だったのですよ!」


「⁉」


 レグ大尉をつかみ上げている腕に、揺れが生じる。その顔に浮かんでいたのは驚愕の二文字。そして、レグ大尉の顔にはようやく表情が浮かぶ。


 それは、嘲笑。


「冒険者を投入していれば、少なくとも攻略失敗などという汚点を作ることにはならなかった。それを、あなたにそっくりな無能な男が隊長だったばっかりに、壊滅という結果に終わった。土地柄が幸いして拡大はしていませんが、いつあれが拡大し出してもおかしくはない。はたしてこの迷宮が、北東迷宮のように上手くそのままでいてくれますかね?」


「だが! 騎士としてそんなこと――」


「騎士が行うのは国防だ。個々を守ることではない」


「同じだ!」


「ではあなたは、いま死ぬと仮定する冒険者百人を救うことと、この迷宮が拡大することで消えゆく南東地域数万の命を救うこと。それが同じだとでも言うのですか?」


 ビルグ少尉の顔は苦悶に歪み、いつしか腕は力なくレグ大尉の胸元に引っ掛かっているだけ。もはや、持ち上げてすらいない。


 己が信じる信念を、突き通せているとは思えない。


「いいですか。国防とは大多数を守ることです。目の前の命だけを守っているようでは適わない。我々は神ではないんだ。捨てる命を最小にすることしかできない」


 反論できるものは、ここにいなかった。


 レグ大尉の出した作戦は、なりふり構わず、恥もプライドも投げ捨てた、徹底的に合理的なものだった。騎士のプライドを切り捨て、国が管理する迷宮の情報を開示し、国防の一端を背負ってもらうという職務放棄もいいところな策。普通ならば、そんなことは提案さえされないだろう。


 それでも、それが最善だと皆が理解していた。外道な手段であろうが、それを選択することで救える命と、いまここで人柱となる者の命。どちらが大きいのかを理解できてしまっていたのだ。


「落第です」


 唐突に、レグ大尉がそう告げる。


「騎士とはかくあるべし――そんな見栄だけが先行するあなたのような愚か者。そんな奴には、国の最終防衛を任せる価値などない。少なくとも、私はまっぴらごめんですよ。こんな未熟者に背中を任せるほど、私は強くはないものでね。……ああ、それと」


 始めて、レグ大尉がモーションを起こす。ビルグ少尉の腕をつかみ、体格の勝るビルグ少尉の方へグイっと自分を引き寄せる。


 口が動いたのは、たった数秒。


「あなた今、父を()()()()()()()()?」


 信念が折れる瞬間を、確かに見た。

 それは、目に見えて何かが弾けたり、何かが壊れたりといったものではなかった。


 ただ、レグ大尉が腕を振り払った――たったそれだけだ。


 だがそれだけで、〝何かが壊れた〟そのことははっきりと伝わってしまった。


 ガクリと、ビルグ少尉が膝をつく。仲間が助けに入り、ビルグ少尉は抱き起される。その様子を、まるで蛆虫を見るかのようにレグ大尉は見下ろしていた。


「……そんな簡単に自分の心を折られるとは…………やはりあなたは使えない」


「レグ大尉。言葉が過ぎるぞ。それに、投入ではない。『協力を要請する』だ」


「おおっと、これは失礼。悪い癖が出てしまいました。どうもだめですねぇ。頭に血が上ると」


 クルリと方向を変え、隊長の方を向いたレグ大尉の目には、もう彼の姿などなかった。


「さてと、隊長。どうなさいますか?」


 これはまずい――そう直感した。


「一か月……そう一か月です。冒険者をぶつけ続けている間に、我々は体力を温存できる。その間に、何らかの情報も手に入ることでしょう。情報を手に入れ、援軍が来るまでここを死守できれば、犠牲はあっても攻略はできる。恥と誇りを捨てれば、この国は守られる」


 思わず、隣に座るレオのわきを肘でつつく。


「他に、作戦は?」


「僕には……、思いつかない」


「お前が使ってたあれは――……無理だよな」


「そうだね。あれを乱発すると、しばらく攻略が不可能になる。最後まで取っておかないと」


 俺たちがそういう間にも、話は進んでいく。ちらほらと対案は出るが、彼ら自身が現実的ではないと解っているんだろう。誰も、レグ大尉の作戦を否定することはできない。彼の言葉を、遮ることができない。


「君は、彼の作戦をどう思う?」


 唐突に、レオがそう尋ねてきた。すこし思考し、浮かんだ自分の答えに少しだけ驚く。なぜならその答えが、あまりにもすんなりと出てしまったから。そして、言葉にしていいものなのかどうかを戸惑ってしまったから。


 たっぷり数秒時間を取り、口を開く。俺の答えを、レオに伝えた。


「…………効率的な、方法だと……そう思う」


 レオは、驚きも咎めもしなかった。ただ一言、「そうかい」と苦笑いしただけだ。それは、この作戦が一概に悪とは言えないと感じているからなのか。感情を捨ててしまえば、あの考えには賛同するべき点も存在するからなのか。


 外道――レグ大尉の提案する作戦は、一言で表すとそうなる。本来、迷宮には王国の攻略隊しか入ることを許されない。当然ながら、情報が外に漏れることはない。つまり、冒険者たちにとってもは未知の世界も同然で、通常のクエストと比べても圧倒的に危険度は上がる。


 嗅覚の鋭い冒険者なら、利口な冒険者なら参加しないという手もあるはずだ。命を賭けるほどの理由がない者たちには、このクエストは重すぎる。しかし、それが判断できるのはある程度の基準より上の実力者のみ。決して浅くはない経験を積んだ、中堅ともいえる冒険者たち。自分たちの力量を正確に測れ、甘言や欲を自制できる者のみ。


 若い冒険者たちに、その能力がある者は少ない。


 幼くして冒険者になるということは、それ相応の理由があるはずだ。十分な教育を受けているとは思えない。冒険者になって日が浅く、まともな経験を積んでいない冒険者には、このクエストは金色に映るだろう。一攫千金にあこがれ、迷宮へと潜っていく。


 心のどこかで、感じずにはいられなかった。この作戦を聞いて、嫌悪感よりも納得が先に立った――その時から感じていたのだ。


 多分、俺とレグ大尉は、同じ思考回路を持っている。


 感情よりも先に利害を天秤にかけ、益が最も大きいものを採用する。俺は採用こそしなかったが、思い返せば、それとよく似ていることを考えていた。似ているからこそ、解ってしまう。


 レグ大尉が使いたいのは、多分、そういう奴らなのだろうと。


「犠牲者の数云々で言うなら、この方法が一番少ないし」


「まあ、そうだろうね」


「命を消耗品前提で進めるのが気に入らないけど」


「それも同感だ」


 外道。そう、外道だ。自らの目的達成のために、自分どころか、利用価値があるというだけで他人の命を平気で天秤にかける。そのことについては寒気がする。どうやっても相いれない。


 だけど、それ以外に特に問題がない。

 ただ危険、それだけだ。命を利用しようとしているのは事実だ。だけど、要素に分解してみれば他のクエストと同じになってしまう。


 元々、危険なクエストというのは情報量が少ないのが常だ。選択権が冒険者側にあるというのなら、決して強制しているわけじゃない。欲に目のくらんだ者が死んでいくのは、他のクエストと全く同じだ。この作戦だけがそうというわけではない。


 つまるところ、倫理観の問題だけなのだ。目的が、冒険者たちの命であったから問題になった。もしこれを、レグ大尉が別の言い方で言いくるめたならば……、反対は今よりも少なくなったに違いない。その核心はある。それに、もし冒険者の立場からしたら、大きなお世話だと言いたくなってもおかしくはないのかもしれない。俺が思っていることはすべて、厚かましい有難迷惑なのかも。


 不意に、脳内に数人の姿が浮かび上がる。

 久々に再会した同郷仲間の後藤に、武器屋のロキとその爺さん。そして、冒険者ギルドで知り合った友人たち。数人と感じたが、その数は優に二十人を超す。中高とまともに友人と呼べる人間が一桁だった俺には、信じられないほどの数だ。


 考えてしまう。彼らにも、この作戦の影響はあるのだろうかと。そして、考える間もなくそうなのだと理解する。実際、考えるまでもないことだった。自明の理だ。


 有難迷惑なのだと、そう言われるかもしれない。そもそも、他人の人生に干渉することは俺自身にも抵抗がある。もし、自分のせいで状況が悪化してしまったら……、もしかしたら相手が望んでいなかったのでは……、そう考えてしまうことは多々あった。


 いや、そんなたいそうなことじゃない。


 関わることで、俺が相手の人生の責任を持ってしまうということが怖いだけだ。

 自分自身のこと以外を、余計に背負ってしまいたくないだけだ。

 その結果で、俺自身が傷つきたくないだけだ。


 結局は自分のためでしかないんだ。


 だけど、それでも――、


「…………ッ」


 気が付けば、手が服をつかみこんでいた。しわが付くほど強く、服の繊維を引っ張り続けていた。


 でもやっぱり、これだけは話が別だ。


 向こうはどうでもいいと思っているかもしれない。稼ぎ口を無くしやがってと、そう言われるかもしれない。怒られて、ねたまれて、縁を切られるかもしれない。


 それでも、死んで会えなくなってしまうよりはマシだ。


 怒れるのも、ねたむことができるのも、笑うのも泣くのも喜ぶのも、全て生きているだからできることだ。魂があるからこそできることだ。なにより、

『あの時こうしていれば』と、そんな経験はしたくない。二度も思いたくはない!


 俺はそこまで、強くないのだから。


「レオ」


「うん?」


「もし、他に方法があるとしたら、手伝ってくれるか?」


 隣の騎士様からすれば、唐突に発したことになる問い。しかし、レオ自身には全く動揺がなかった。

 レオが見せたのは、驚きではなく『微笑』。まるで、俺がそう言うことを待っていたかのように、晴れやかなものだった。もしかしたら、レオが俺をここに呼んだ理由とはこれだったのか。


「策があるんだね?」


「ある。けど多分、俺だけじゃ却下される。お前の力が必要だ」


「君の説明を補足、及び下地作りしろ――ということでいいかな」


「ああ。頼む」


「了解した」


 そこからの行動は、すぐさま開始された。

 まず、レオが発現の許可を取る。全員の視線がこちらに引き付けられ、レオが立ち上がる。あまりの迅速さに、オイ、嘘だろ⁉ と少しばかり驚愕する。何を話しているかはわからなくとも、俺が絡んでいるということは瞬時に理解したのだろう。向こうに座っていたルナはぎょっとした表情で俺たちを凝視する。


 ――レグ大尉。あなたの言葉からして、迷宮を攻略できれば何でもいい。そう考えてもよろしいでしょうか。

 ――ええ。構いませんとも。それが我々の至上命令です。


 拘束で思考を回転させる。もう他の器官に意識を裂く余裕などなく、片耳から入った会話は、そのまま反対側からすり抜けていく。内容は全く入ってこない。だが、あまり時間がないことだけははっきりと解った。


 その間に、話すことを全力でまとめる。たし、ただまとめればいいというわけじゃない。いかに現実的で、こっちの方が試す価値があると見せるか。あるいは、先に試してもいいと思わせられるかが勝負だ。ここで負ければ、あの作戦が実行される。そうなれば、もう俺にはどうすることできない。ここが、最後のチャンスだ。


 ――つまり、他の方法があれば試してみることもやぶさかではない……と?

 ――…………話してごらんなさい。


 ここで、タイムリミット。


 レオが、俺に立ち上がるように促す。考えることを一瞬だけ止め、俺は立ち上がる。視線の嵐の中へと、身体を飛び込ませる。


「僕がこの会議に参加を要請した、カミヤ・イツキ殿です」


「解っていますとも。資料はあらかじめ拝見させていただきました。自己紹介はいりません。そのまま話しなさい」


 今度こそ、視線が俺へと集中する。慣れない経験に呼吸が詰まり、小さくあえぐ。だけど、そんなことをしている場合ではない。何とか強引に封じ込め、口を開く。


「レオ・グラディウス騎士によると、どうやら俺も、精霊の声が聞こえるようです。もう一体の迷宮主は、それで見つけました」


「一応お訊きしますが、真偽のほどは?」


「それについては、僕が保証します」


「なるほど。つまり君は、なんらかの光景を精霊を介して視たと……そう言いたいのですね?」


「そう考えて構いません」


 わずかにレグ大尉の目が細くなる。だが、追及することはせず、俺に続きを促した。

 冷や汗が湧きだす。止まっていたかと錯覚していた心音が、今度はうるさいほど耳に響く。


 嘘は言っていない。現にレオも、この不可解な現象は精霊の所為ではないかと考えている。予知した内容がまったく一致していたのだ。そう考えるのが普通で、一番確証があると思う。


 だけど、俺はそうとは思えない。

 レオによれば、精霊とつながると感覚と声、そして視覚が共有されるのだという。それによって自分の死角となる範囲の情報を得たり、遠くの敵を見つけたりすることができるのだという。だがそれは、俺が視ているものとは少し違うのだ。


 俺が視たものは、現実とズレがあった。


 ヴィンセント・コボルバルドの部屋まで行く道からずっと、目に映るものと頭の中の光景はずれていた。細部が微妙に違うのだ。苔の生え具合だったり、鉱石の配置だったり、道そのものの幅や形だったり……。


 まるで、同じ場所の違う時代を見ているかのようだった。


 極めつけは、あの広間だ。俺の目に映ったのは、あの魔獣一体だけ。他には何も映ってはいなかった。だが――、


 俺の視たものは、死屍累々の屍が映っていた。


「聞かせてもらいましょうか。私の作戦に代わる新しい可能性を」


「俺には――」


 多分、俺が視たのは過去の映像なんだと思う。


 それが誰のものなのか、誰が見せているのか、それは全く解らない。だけど、もし俺が視たものが過去の記憶なのだとしたら、〝あの記憶〟もそうなのだろう。

 

 ヴィンセント・コボルバルドの攻撃パターン。核の場所。この迷宮の秘密。

 そして、ヴィンセント・コボルバルドを監視していた騎士たちが見た、身体に走ったいくつもの輝線。

 

 これが過去の記憶であるのなら、いまの戦力で試してみる価値はある。


「奴の……この迷宮の仕組みが解りました」





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