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異世界幻想曲《ファンタジア》  作者: 紅(クレナイ)
第一章 『アルトレイラル(迷宮編)』
27/45

第1章ー27 「敗走」

 ポーションの効果で、じわりじわりと、オドが回復しているのを感じる。倦怠感が少しずつ薄れていき、頭の中の靄が取れていく。


「痛っ――……ッ」


 だが、物理ダメージまではそうはいかない。どうやら、肉体強化で相当に無茶をしてしまったらしい。身体中の骨が軋みを上げ、冷静になってドーパミンの切れ始めた脳がそれを痛みとして認識する。頭から足を駆けた鋭い痛みに、思わず声が漏れる。そんな姿を見て、雨宮が少しだけ安心したように笑い前へと向き直った。


 雨宮の姿を補足した、三体の魔獣。名前は知らない。だが、この辺り一帯で生息する魔獣ではないのは確かだ。冒険者たちの防壁を突破してきたそれが、一斉に得物を手にして突進する。


「――大丈夫。できる。できる……」


 そんな呟きが、微かに耳に届いた。その声の主は、探すまでもない。

 こんな状況だというのに、雨宮は静かに目を閉じていた。どうしたのかと思った矢先、雨宮の身体を軸として何かが起こっていることを知覚する。


 何か微弱な振動が、身体を揺さぶっているように感じる。どうやら、無防備に目を瞑っているのではないのは確からしい。その証拠に、足先の方向は、常に魔獣の方向をとらえて狂うことはない。


 雨宮が、閉じていた目を開ける。呼吸は整っており、その目に、明らかな恐怖は見られない。瞳はしっかりと魔獣をとらえ、足はまっすぐ地面を踏みつけている。


 口が動く。その口が、短い呪文を発する。


 その瞬間、大気のマナが変質を開始した。その時間は、体感では一秒にも満たないコンマ数秒の世界。そうかと思えば、今度は雨宮の周りの空気が歪み、圧縮、凝結、そして凝固を起こす。


 周りにできたのは、自販機のペットボトル大ほどと見える氷の結晶――その数、十数個。

 細長いそれは、まるでクジャクの羽のように雨宮を取り囲んでいる。白い氷の質は低く、その形は武骨。だがしかし、鋭利にとがった先端は、まるで目でもついているかのように魔獣をとらえ、そのときを静かに待っている。


 その身体が、術者の敵を撃ち抜くその合図を。

 そして、その言葉が――、


 唱えられた。


「――――飛べ」


 それらしい効果音やエフェクトは、全くなかった。


 許可を得た氷塊は、魔獣に向かって強烈な速さで滑り出す。破裂音といった派手なものはなかった。ただ、十数個の狂気が、一斉に魔獣へと牙をむいた。それだけだった。


 腕が、腹部が、氷の塊に食い破られる。

 足が、頭が、吹き飛ばされる。断末魔の悲鳴が鼓膜をひっかく。

 魔獣三体が絶命したのは、わずか二秒後だった。


「……上手くいった」


 高レベルの演算が必要と言われる魔術の多重展開。わずかに喜びの感情を乗せた声が、雨宮の口元から紡がれた。


「動ける? 神谷くん」


「問題ない」


 だいぶ倦怠感が引いた身体を、乱暴に起こす。多少重いし、頭の靄もまだ完全には晴れていないような感覚だ。だけど、あれでさっきは動いていたのだ。この状態なら動く程度は問題ないだろう。別に、達人との真剣勝負をするわけじゃない。


「そっか」


 ほぅっと、俺にも解るほど大きく、雨宮が安堵の息をついた。表情が緩む、張り詰めていた雰囲気が、少しだけ柔らかくなる。


 そんなとき、


「ああもうっ‼ どうしてそう突っ走っていくかな⁉」


 俺を守るようにして立つ雨宮のそばに、もう一人マスクをつけた少女が着地する。ここしばらくで、すっかり聞き慣れてしまった声。彼女には珍しく、その声は激しく動揺している。


「ルナ?」


「……本当にハルカの言ったとおりだ……」


「……はい?」


「後で詳しく訊くからね! ……イツキ、状況を教えて」


 俺の姿を確認した――その一瞬だけ、ルナの目が驚きで見開かれる。だが、すぐに周りを見渡し表情をこわばらせる。そして、壁に背を向け双剣を構える。


「いま撤退の途中。多分、今の援軍で撤退はなんとか」


「あのゴーレムは?」


「完全に壊しても再生する。この人数なら何とかなるけど――」


「……倒しても、こっちが消耗するだけってことだよね」


 完全に把握したと、ルナが頷く。俺とルナの後ろでは、雨宮が魔術を発現させ待機モードにする。


「ハルカ。倒さなくていい。私たちに寄って来る魔獣を吹き飛ばして」


「解った!」


「私とイツキは、ハルカの盾に。このまま一気に出口から脱出する」


「了解」


 一瞬生まれる、無言の空間。


「いま!」


 その掛け声とともに、雨宮が魔術を放つ。こちらに狙いを定めた魔獣が数体、それに巻き込まれ向こうの壁へと叩きつけられる。それを合図に、俺たちは一斉に走り出す。そして走りながら、目に映る戦況を分析する。


 なんとか、最悪は脱した。その言葉に尽きる。

 応援に駆け付けた攻略組のおかげで、陣形が立て直されつつある。未だに不十分な陣形だが、俺たちが全員退去するまで死亡者なしで持つことは十分に可能だろう。ゴーレムの攻撃も、あいつらに向きっぱなしだ。いまのところ、俺たちの方向へと矛先が向く予兆はない。


 あとは、そこら中にいるミニ・ゴーレムを避けていけばいい。倒さず、避ける。倒せないものにわざわざ命を賭けるなんて馬鹿はしない。倒さなくていい――そう考えるなら、これは別にピンチでも何でもない。


 油断さえしなければ、俺たちの勝ちなのだ。


 雨宮の魔法が炸裂する。大気中の酸素消費を抑えるため、使われる属性は風。焔とは違い、破壊力を生むには若干不得手な魔術系統。だが、倒さず吹き飛ばすという目的ならば、今これに勝る属性はない。


 ひときわ大きな魔術が、雨宮の周りで顕現する。超高密度に圧縮された空気の爆弾。それがいくつも、俺の後ろで停滞している。高密度に圧縮を行った所為か、後ろの気温は異様なほど高い。鈴の声に乗った呪文が、小さく耳に届く。


「――――ッ‼」


 小さく力むように一呼吸。

 ふぅっという気合のこもった吐息と共に、空気弾が前方へと弾き飛ばされた。


 少々の破裂音が、鼓膜を揺さぶる。大気を巻き込みながらさらに肥大化したそれは、前方で、俺たちに狙いを定めたミニ・ゴーレムへとまっすぐに進む。飛散を避けるように計算された魔術その魔術を、ミニ・ゴーレムはモロに喰らう。さっきとは比較にならない衝撃音が、広間内に轟く。


 だがそれでも、ミニ・ゴーレムは倒れない。数歩よろめき、それでもしっかりと足を踏ん張り体勢を立て直す。表情がないその頭部に、心なしか怒りの表情が浮かんでいるように思える。


 ――威力が弱い……。


 思った矢先、後ろから聞こえたのは舌打ち。雨宮にも解っているのだ。効かないと解っても、火力を上げるわけにはいかないことが。それをすると、周りを巻き込んでしまうと。


 いま、魔術の威力を上げれば、ミニ・ゴーレムは確実に吹き飛ぶだろう。しかし、そうなると確実に、飛散した破片は周りの冒険者たちに降り注ぐ。ここはゲームじゃない。だから、その破片が消えることはない。物理的な実体をもって、冒険者たちに降り注ぐ。それは、致命的なスキになる。


 だけど……いや、だからこそ。


「両足をお願い!」


「ルナは左足!」


「承知!」


 俺たちがいる。


 肉体強化全開――筋肉が、骨が崩壊する二、三歩手前までオドを活性化させる。身体が一気に軽くなり、一歩踏み込むと爆発的に加速する。加えて、一度納刀し黒刀にもオドを練り込む。


 時間間隔が引き延ばされる灰色の世界で、一思いに刀を振り抜く。

 ルナが左、俺は右足。引き抜いた黒い刀は眩い青を湛え、肉体強化によって付加された強烈なスピードをまとい目の前の石に直撃する。先ほどとは違い、手に届いたのは石が真っ二つに割れる形容しようのない鋭い感覚。ミニ・ゴーレムの足は足先三分の一が外れ、大きく前のめりに倒れ始める。


「横に跳んで!」


 後方から背中にかけられる声。指示に従い右前方へと回避する。そのとき目に入ったのは、倒れ行くミニ・ゴーレムの背中に張り付く球体。さっきよりも少しだけ大きい。回ありとの密度が圧倒的に違う空気弾。


 ああ、そういうことかと、瞬時に理解する。なるほどこれなら、周りに危害が及ぶことはない。次の瞬間、その揺らぎがボンッ、と膨張した。


 爆発で生まれる風の壁は、理論上は全方位に、球体の形をして広がっていく。あらゆるものを押し、動かし破壊しせんと作用する。もし、その動きに重力が加われば……。


 その答えは、いま目の前で起こった。


 ミニ・ゴーレムの身体が、まるで糸でもついていたかのように地面へと引きずられる。

 衝突直後、強烈なマッハステムで身体中にひびが入る。一瞬だけ身体が浮き上がり、再び地面へと倒れ伏す。破砕した四肢は、風が地面に縫い付ける。


 対象、沈黙。


「走れ!」


 それをしり目に、再び陣形を組み走り出す。ミニ・ゴーレムに巻き込まれたくなかったのか、魔獣たちはこの周りに見えない。つまり、ミニ・ゴーレムが倒された今、ここは一種の空白地帯。ここを通れば、邪魔者はいない。


『全員、爆発を気にせず走るんだ』


 突然入ってきた、レオの声。それと同時に、広間内のマナ濃度が極端に下がる。


『さあ、僕たちも撤退させてもらうよ……ッ』


 刹那、


 背中を突き刺す衝撃が、勢いそのまま身体を突き抜ける。背後にゴーレムの断末魔を聞きながら、一気に出入口へと飛び込んだ。

 遠ざかる、広間の口。そこからこぼれる光は、異様に赤い。


 《惨敗》


 第一回迷宮主攻略戦は、攻略隊始まって以来の大失態として幕を閉じた。


 ◇◆   


「はぁ――……何とかなった」


「ううぅ……少し頭がくらくらするぅ……」


「考えなしに、魔術なんか使うからだよ」


 出てくる言葉は、三者三様。戦闘になれているルナすらも、最後に発した言葉からは極度の疲労が感じられる。ポーションをあおりながら、座っていても疲れが取れないことを自分の声で自覚する。


 やっとたどり着いた安全地帯。たき火で浮かび上がるお互いの顔色は青い。あの敗走戦闘だけで、魔術を相当数発動したのだ。魔力砲台と化していた雨宮は当然として、魔術と剣術を同時に操るルナにも、相当の負荷がかかっているのは自明だ。


 しばし、回復に専念する。ぼーっと迷宮の天井を眺めながら、回復時のこの独特の感覚に身を任せる。思考を放棄した脳には、周囲の情報が薄く・広く入ってくる。そんな脳みそでも、安全地帯のそこら中で休んでいる冒険者たちの声にだって疲れが乗っているということくらいは、容易に読み取ることができた。


「イツキ、あのゴーレムはどういうこと? 核は潰したんでしょ?」


 不意に、ルナが問いかける。その問いに、どうだったかと記憶を探る。


「正直言うと……どうなんだろう。実際見たのは、バラバラになったゴーレムだけだし」


「じゃあ……攻撃が核を素通りした可能性は……」


「全部こぶし大の破片になってたけど」


「ああー……無いね。それじゃ」


 ぐいっと、一思いにポーションをあおり空にして、困惑したような表情でルナがつぶやく。その後も、何やらブツブツと思考にふけっている。


 口から出てくる単語は、俺が知らないことばかりで、おそらくは俺がまだ知らない分野の知識。俺が話に割り込んでも、ルナの思考を邪魔するだけのような気がしてならない。だとすれば、そっとしておくのが適切か。


 それならば……。


「雨宮」


「――ッ⁉」


 動かした俺の視線が、さっきからずっと黙っていた雨宮のものと交錯する。ビクリと、雨宮の肩が一瞬だけ跳ね、すぐに俺から視線を外す。まるで、「変なことは訊かないでくれ、わたしは何も後ろめたいことはない」とでも言いたげに。


 だけど、俺の経験上、その行為が示す意味は全く逆だ。


「……何?」


「お前、何でここに来たんだよ」


 反応は、思ったとおりだった。


 うっ、と雨宮は言葉に詰まり。落ち着きがない様子で顔をあちこちに向ける。当然、そんなことをしても周りには何も落ちてはいない。

 いつしか、ルナも思考を止め雨宮を見ていた。俺たちの視線が、雨宮へと再び注がれる。大きく息を吐いた雨宮が、ポケットから何かを取り出した。


「……これ、なん、だけど……」


「ブレスレット?」


「ああ。あの時の」


 俺たち二人の問いの、両方に頷く。紫色の鉱物がはめ込まれたそのブレスレットは、雨宮の手からつるされ、薄く輝きながら振り子運動をしている。


 そう。なぜか発光している。


「神谷くんは知ってるでしょ? これの効果」


「危機探知だろ? ……雨宮、お前まさか……それだけで?」


「これだけじゃない!」


 俺の言葉に噛みつくかのように、雨宮はその言葉をねじ込む。瞳には、光るものがうっすらと膜を張っている。それを堪えているかのように、雨宮の語調は不規則に震える。


「あのとき、夢を見て……。そこで、攻略隊が……、神谷君が死んじゃうところを見ちゃって。……それで、目が覚めた時に、ちょうどこれが光ってて。誰かの声がして――」


「待て待て待て待てっ。つまり、要約すると虫の知らせってやつか?」


「多分……そうだと思う」そう言って、雨宮は顔を伏せた。そして、少しむせ返るように咳をする。近くの水袋を取り、水をあおる。そんな雨宮の様子をしり目に、ルナと顔を見合わせる。


 ――そんなことってあるのか?


『聞いたこともない』『ハルカの勘?』


 俺に見せた、アイコンタクトと首を振る動作。それだけで、ルナが何を言っているのかが読み取れた。

 雨宮は、稀にみる四属性全てに適性のある魔術だ。すべての属性の魔術を、すべてオリジナルの火力で放つことができる。ミレーナをも驚かせた才能を持つほどの、期待の魔術だ。


 それ故に、精霊の声は聞こえないはずだ。


 四属性全てを操る魔術師には、精霊の声は聞こえない。マナの塊である精霊たちは、自身が吸収されてしまうことを恐れて本能的に近寄らない。力を貸してくれない。当然、声を掛けようとも思わない。それは、レオからのお墨付き在りの話だ。


 なのに、雨宮には声が聞こえた。それはどうして……。


「イツキ、ちょっといいかな?」


 不意に、炎の向こう側からレオが現れる。その身体には、多少の汚れはあるが、どこにも損傷らしきものは見当たらない。流石は騎士様と感心しながら、レオが来た理由を大体察する。


「すこしだけ、時間をもらいたい」


「解ってる。会議意に出ればいいんだろ? 俺も、話したいことがあるんだ」


「なるほど。詳しく聞こうか。それから、ルナ。君にも同席を」


「私?」


 突然の名指しに困惑しながらも、俺に続いてルナも腰を上げる。物思いにふけっている様子の雨宮も、はっと気が付き立ち上がる。


 だが――、


「いや。ハルカは、少しだけここで待ってくれないか? ……それより、一度調べておく方がいいか……」


 後半は、俺が何とか聞き取れたほどのギリギリの声量。当然雨宮には聞こえず、雨宮は混乱した様子で俺たちに視線を向ける。しかし、そんなことをされようとも、俺たちにすら意味が解らないものは解らない。


「あの、わたしは――、」


「ハルカは、向こうに行って少しだけ検査を受けてもらえないか? 検査と言えば、衛生班は解ってくれるはずだ。従ってほしい」


 雨宮は元々、ここにいるはずのない人間だ。そこまで言われて、拒否できるはずもない。相変わらず困惑した顔で、雨宮は頷き衛生班の陣取るテントへと歩き出し始めた。


「……さて、僕たちも行こうか」


 雨宮の姿を見送り、レオがそう言う。俺たちは頷き、レオの背中に追随する。

 本部のテントには、そうそうたる顔ぶれが座っている。そのことは、だいぶ遠いこちらからも、はっきりと解った。ごくりと、自然に唾を飲み込む。生半可な気持ちであそこに行ったなら、即座に追い出される。その予感がした。


 それに、俺は言わなければならないことがあるのだ。使い方次第で、今回の迷宮攻略を大きく左右する情報があるのだ。なおさら、適当なことは言えない。もし、俺の気持ちが半端なのだと思われてしまったら……、


 そのときは、追い出されるどころじゃすまないだろう。







非常に遅くなってもうわけありません。まだ忙しいことと、リハビリがてらなので今回は短めです。

次話は、もう少し区切りのいいところまで書こうと思います。

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