第1章ー26 「絶望の顕現」
「結局、ホントに俺らいらなかったじゃん」
散らばった諸々のものを片付けながら、そう独り言ちる。
「アレがあるなら、最初から打てばいいのに」
「隠していたことは申し訳ないと思っているよ」
片づけを終え、広間の壁に座り込んだ俺の背後から、もう会い分けなさそうなレオの謝罪が聞こえた。
「あれは本当に切り札だからね。あまり乱発もできないんだ」
「機密情報的な感じで? それとも、回数制限在りな技ってこと?」
「どちらも――そう思ってくれていいよ。あの技は精霊たちの力を借りているからね。あまり乱発すると、ここのマナを使い切って魔法が使えなくなるんだ」
「〝総量保存の原理〟だっけ?」
「そういうこと」
ああ、そういうこと。そう頷きながら、手渡された回復ポーションとマナポーションを飲み込む。途端に、喉から身体の中にかけてがカァっと熱くなる。良薬は口に苦しとはよく言ったものだが、本当にまずい。
「「…………」」
沈黙が下りる。撤収を始めている後方支援を肴に、もう一度ポーションをあおる。よく考えれば、一時の感情で素直に喜べるような状態ではないのだ。
「……まだ、うかうかはしてられないな」
「そうだね。迷宮主が二体出現してしまった以上、三体目が現れるのにもそんなに時間的余裕はなさそうだ。すぐに、あいつの攻略にかからないと」
「勝てるのか?」
「六対四で、分は良いだろうね。それでも、全員で生還とはいかないだろうけど」
「だよな……」
俺が何をしようと、それは俺がどうこうできることではない。それでも、ここが戦場なのだと解っていたとしても、
人が死ぬということを聞くのは、やはり心が痛む。
……いや、何もできないわけじゃない。
「……なあ」
「? どうしたんだい」
自然と、口が開いた。
正直に言えば、俺が何とかできることはあるのだ。何とかどころか、運良くいけば、死傷者を出さずに生還できるかもしれない有益な情報を俺は持っている――かもしれない。
あの夢の中で、いくつもの光景が記憶に焼き付いて離れない。思い出そうとすればすぐさま浮かんでくる。それはまるで、俺の脳内が大きなタンスになっていて、その情報が引き出しに詰まっているような感覚だ。引き出そうと思えば、多分見たものはすべて引き出せる。少なくとも、あいつについてのデータは確実に。
でも――、
「……いや、何でもない」
開きかけた口は、自然とふさがる。
言葉が詰まり、少しだけ声が震えているのが解った。それは、この先を、言ってしまっていいのかと戸惑ったから。自分の持っている情報の影響力を、いまさらになって自覚したから。
俺が持っている情報は、うまく使えば攻略を有利に進められる、そのことは確実だ。ボスモンスターの攻撃パターン。攻撃の種類。使う技。使用する武器――どれを取っても価値のあるもので、攻略隊が聞けば言い値で買う情報ばかりなのは容易に考えられる。
直観が伝えている。これは、正しい情報なのだと。これを利用することが、ヴィンセント・コボルバルド攻略の一番の近道なのだと知っている。
しかし、理性の方が待ったをかけるのだ。本当に、これを伝えていいものなのかと。
伝えれば、レオはおそらくこの情報を笑いとばしたりはしないはずだ。俺とともに行動して、ボスモンスターまで見つけている。その事実を重く受け止めるはずだ。
だがもし、
――もしも、その情報が間違っていたとしたら?
その可能性は十分にある。というよりも、普通ならそっちを疑うのが常人の考えだ。まして、ここは自分の命を賭ける戦場だ。情報の錯誤がどのようなことにつながるは、ゲーム内で偽物の情報をつかまされた俺にもよくわかる。
気が付けば、
「……レオ」
「うん?」
「もし、確証のない迷宮主の情報が入ってきたとしたら……お前ならどうする? やっぱり、伝えるか?」
気が付けば、俺の口はレオにそんなことを尋ねていた。その理由に数舜遅れて気が付き、心の中でもう一人の俺が弁解している。
――俺は、怖いんだ……。
簡単に言ってしまえば、そういうことだ。
自分の情報で、攻略隊が命を落としてしまうことが。自分の渡した情報のせいで、攻略できるはずのものができなくなってしまうことが。
情報を渡してしまえば、否が応でも俺自身が攻略隊に少なからず影響を与えてしまう。そのせいで、もしかしたら全員が死んでしまうことになるかもしれない。だけど、もし情報を渡さなければ、俺のせいで人を殺してしまうことはなくなる。
これほど重い責任の枷を、俺は今まで見たことがなかった。自分の発言の存在が、攻略隊全員の命に直結する。『人の命』という枷に、何度目かの鳥肌が立つ。
すると――、
「これは、僕の持論だよ」
しばらく考えるそぶりを見せ。ポーションをあおったレオが口を開く。
「もし、僕に迷宮主の情報が入ってきたとしよう。そして、それが確証のないものだとする」
「…………」
「それでも、その真偽を確かめることこそが攻略隊の仕事だ。たとえ、全てが真実でないとしても、その中から使える情報を見つけ出す。それも僕たちの仕事のひとつだ。でないと、間者がいた時点で僕たちは罠にはめられるからね」
励ましや慰め、そういった俺を気遣う方面の感情は見つかられなかった。ただ淡々と、俺の質問に答えただけ。己の持論を述べただけ。俺に気を使っていない分、その言葉には絶対的な信頼性があった。
「だから、情報提供者は真偽を気にしなくてもいい」
「……そうか」
「そうさ。ただ、情報に真摯であればいいんだ」
胸が、すうっと軽くなるのが解った。それを聞いたところで、俺が与える影響は大して変わるわけではないのに。だがどうしてだろう、先ほどのような圧迫感は感じなくなっていた。レオたち騎士団が間に入る、そう言われただけで、不思議と抱いていた鬼胎は消えていた。俺ひとりでないことがこんなにも楽なのだと、いまさらながらに再確認する。
「それで、イツキが話したかったことは何だい?」
今度は、口が軽く感じる。自由に話していいのだと、そう理解した心は、先ほどよりもはるかに暖かかった。
「実は――」
そのとき、
「――――?」
不意に、視界の片隅で何かが動いた音がした。
思わず、そちらの方を向いてしまう。目に映ったのは、飛散し近くに落下していたゴーレムの残骸が小刻みに動いている様子。そうかと思えば、続いて不自然に転がりだし、多い目の石を核としてくっつき始めた。
「あれって……」
「……核は、完全に破壊したはずだけど」
石ころから塊へ、塊から人型へと、石ころは形を変えていく。いびつな球体からは手足のような突起が飛び出し、胴体と見える場所からには目を思わせる窪みができる。
そのかたちは、名づけるならば『ミニ・ゴーレム』。
石ころから変身を終え、ミニ・ゴーレムは動作確認でもするように身体をあちこち動かす。そしてそれが終わると、きょろきょろと辺りを見回す。そして、
俺たちと目が合った。
《…………》
「「……………」」
《……キュウ》
逃走。
「あっ⁉ おい!」
「……ッ⁉」
思わず呼び止めてしまう。足がもつれ体勢を崩した俺を、レオが追い抜き前へと踊り出る。走る体勢はそのまま、無言で手刀を切った。
瞬間的に発動した風の初歩魔法が、ミニ・ゴーレムへと斬撃のごとく直進する。斬撃はあっという間にミニ・ゴーレム追いつき、その両足を再び礫と化させ周囲にばらまく。それから数舜遅れてレオが追い付き、その身体をつかみ上げる。
「なんだよ、これ」
「解らない。分裂するなんてことは、資料にはなかったはずなんだが……」
キュー、キューという声を上げながらもがくミニ・ゴーレムを押さえつけながら、レオは困惑した表情を浮かべている。確かに、核を壊してなお動き続ける魔獣を俺は知らない。それに、人口魔獣ならそれはなおさららしい。レオの知っているゴーレムには、こんな機能は含まれていないと独り言ちる。
「……いや、待った」
突如、ぶつくさと独り言を言っていたレオが、目を見開き言葉を切る。
「これは、今どこに向かおうとした……?」
「まさか……⁉」
その言葉で、いくつか浮かび上がっていた点が結ばれ線となる。脳内では最悪の状況が想像され、思わず顔を見合わせる。出来上がったその予想図のあまりの理不尽さに、鳥肌が立つ。
ちょうどその時、広間内にいくつもの声が響いた。
全て、人間の声。しかし、そのどれもが湛えているのは困惑ではなく緊張。まるでそれは、俺たちが考え付いたことを全員が理解した瞬間のよう。同時に周りを見渡す。そこには、予想した通りの光景があった。
あちこちに立っていたのは、石の人間。いまレオの手の中で上がれるものの何倍も大きいゴーレム。それがあちこちに出現し、その対応に冒険者と攻略隊は追われている。しかし、すでにいくつかの正体は撤退し、戦力は先ほどよりも少ない。これでは、大した脅威ではないとはいえ、どうしても取りこぼす個体が生まれる。そして――、
中央に広がっていたのは、俺が予想し、おそらく全員が共有していた最悪の光景。
石が、鼓動を打っていた。
取りこぼしたゴーレムが次々とそれに接近し飲み込まれる。そのたびに石は大きさを増し、まるで細胞分裂でもするかのようにその形を変え複雑化していく。そしてそれは、さっきまで俺たちが見ていたものに近づいていく。
突如、地面を走る亀裂が光を湛えた。それは広間中心を終着点としており、その上に立つ石塊の表面を這うように侵食していく。輝線はときに直進し、ときに曲がり、ときに円を書くように岩の表面を進んでいく。いつしか表面には、さっきまでさんざん見てきたものの形が刻まれていた。
ややこしい言い方を避けよう。それはまさに、駆動用魔法陣。さっきまで、攻略隊と冒険者たちが命を削り合い、そして勝利したゴーレムの身体についていた魔法陣。
それができたということは、つまりそう言うことだ。
◇◆ ◇◆ ◇◆
あのときのことは、断片的にしか思い出せない。
覚えていることといえば、隣で、レオが驚愕していたこと。あまりに常識はずれな光景に、誰一人として行動を起こすことができなかったこと。倒したはずのゴーレムが、再び元の姿で君臨したこと。
全員が共有していたのは、ただひたすらの絶望感だ。
◇◆ ◇◆ ◇◆
空間凍結の魔法でも使われたのかと、錯覚してしまうほどだった。それほどに広間は静まり返り、俺たちは動くことができなかった。誰一人として声を上げるようなこともせず、ただただこの状況に唖然とする。夢であってくれ、それが俺の正直な気持ちだった。
そうでも考えないと、この状況に絶望してしまいそうなのだ。認めた瞬間に、今度こそ完全に動けなくなってしまいそうなのだ。今、倒したはずのゴーレムが再生している。もうあと数秒で、完全に再生してしまうだろう。
核は、跡形もなく消し飛んでいたはずだ。それは、ここにいる全員が目撃している。それなのに、奴はいま、完全体での復活を遂げようとしている。
もし、これが何度も続くのならば、
何度倒しても、この迷宮は止まらないではないか。
「――ッ、総員、撤退‼」
一番初めに我に返ったのは、隊長――ゼクだった。その声が引き金となったかのように、この場の硬直が一気に解ける。ガラスが割れるように、せき止めていた蓋を外したように、〝硬直〟は一気に崩れ去り、時計の針が動き始める。
「重装兵はしんがりを務めろ! 奴の攻撃を受け、体勢を崩させたのちに離脱する!」
全員が、我に返ったように動き出す。アダマンタイト製の強固な盾が、一部の隙間もなく衛生兵を囲むよう半円状に展開される。残った重装兵は、今ここにいる騎士の真後ろにぴったりと付く。
「攻撃来るぞ‼」
ゴウッと、再生した巨腕が空気を鳴かせた。
声を聞くや否や、盾が騎士の前へと突き出される。そのまま騎士を盾の中に入れるようにし、自身も小さく縮こまる。
アダマンタイトの悲鳴が、鼓膜をつんざく。おおよそ上げることはないはずの鋭い金属音に、顔をしかめて耳をふさぐ。まだ、ぐわんぐわんという変な耳鳴りがする。突然、俺の肩が強めに叩かれた。
「君は後方へ! あとは僕たちが何とかする!」
初めて聞いたレオの怒鳴り声。それに頷き、俺は後方支援組の護衛に中に入りながらじりじりと後退する。必然と全体の状況が目に入り、その戦力差に唖然とする。
魔獣は、核を壊せば生命活動を停止する。それは、魔獣は自身の生命エネルギー源のひとつである瘴気をそこにため込んでいるからだ。そしてそれは、迷宮主であろうと例外ではない。生物学上、そのシステムは揺らがないのだ。人間が脳を無くせば死ぬように、機械がご疎林を無くしたら動けないように。
それ故に、全員が頭の片隅にもなかった。あまりにも自明であるからこそ、揺らぐことのない事実であるからこそ、考えもしなかったのだ。
学問によって裏付けされた真実を、全否定する魔獣がいるということなど。
いま、この広間にいる戦闘員は、先ほどの約六割。撤退している冒険者たちを抜くならば、約四割。それもすべて、核を破壊したことを確認したからこそだった。
その考えに則って行動した今の状況は、言うまでもなく――、
最悪だ。
そのとき、ゴーレムな巨腕が、一組の騎士たちを直撃した。
鋭い破砕音がする。度重なる攻撃で傷がついた盾に、大きな亀裂が走ったのだ。硬度を自慢とするアダマンタイト。それは、ダイアモンドを叩いていることと同義。展性があまりにも低ければ、たとえ金属であろうと石ころのように砕け散る。
重装兵が、ほこりのように宙を舞った。
目を向ければ、地面にはすでに元騎士だったモノが転がっている。数舜遅れで、重装兵が地面へと叩きつけられた。その後の追撃からは、思わず目をそらす。一瞬だけ、赤い何かの破片が見えた。
騎士たちが、彼らを一瞥しすぐに前を向き直る。悲しんでいる時間は、彼らにはないのだ。いまそんなことをすれば、次に仲間入りになるのは自分だと、全員が理解している。だからこそ、その亡骸〝だったもの〟を拾うこともしない。
「出口まで、あと約二十メテル!」
「全員走れぇぇえ‼」
走れ、走れ、あと少しだ。
陣形を崩壊になる限界まで崩し、全員が走り出す。
「全員踏ん張れ! あと十メテル!」
もう、彼らを見る余裕はない。いま俺たちがすることは、出入り口の死守。そして、連絡通路の安全確保。そうしなければ、後から追ってくる騎士たちが全滅することもある。
刹那、
轟音の中、悲鳴が聞こえたような気がした。
「⁉」
声がしたのは、俺のすぐ近く。チラリと目を向ければ、ひとりの冒険者に殴りかかっているミニ・ゴーレムが映った。それも、さっきよりもはるかに大きい。着実に、周りの残骸を吸収していた。冒険者の構えた盾が軋み、大きな歪みが入っている。
「後三秒耐えろ!」
叫び、駆けよる。盾を構えた冒険者が俺を一瞥し、右へとミニ・ゴーレムの拳を受け流す。持ち手の部分が、大きくはじけ飛んだ。だが、それと引き換えにミニ・ゴーレムの拳は地面へと沈み込み破砕する。元に戻るにはもう少しかかりそうだ。
その盾を犠牲にし、命を賭けて創り出してくれた一瞬の隙。すかさず抜刀し、刀にオドを籠める。マナが干渉し、青い光が生まれる。一瞬の隙間を縫うようにして、冒険者を追い越しミニ・ゴーレムへと肉薄する。
「――らぁぁぁああッ‼」
跳び上がりながら放ったのは、左下から斜め上に斬り上げるカタナスキル『裁断』。輝線がミニ・ゴーレムを左から右上にかけて切断する。身体までは両断できない。だが、こいつの首くらいは簡単に斬り飛ばせる。
接続部が切断された首が、宙を舞う。同時にミニ・ゴーレム動きが止まる。そのことを確認し、再度跳躍。頭に刀を突きさし、回転を利用して広間の反対方向へと投擲する。これで、俺たちの姿は見えないはずだ。
「走れ!」
「助かった!」
ミニ・ゴーレムが、俺たちを放り出して身体を右往左往させている。頭を取り付けることを優先したようだ。動く方向は、俺たちからも攻略組からも離れた壁の方向。大丈夫、これなら逃げ切れる。
そう、思った矢先。
『止まれ! 止まれ、止まれ‼』
耳に着けていた通信機から、悲鳴にも似た怒号が耳をつんざいた。
『出口前方に魔獣多数! 重装兵前へ!』
この場にいる全員が、一斉に舌打ちした。
――クソッ、こんな時に‼
そう思わずにはいられない。ただでさえ崩壊しそうな状態なのに、これ以上足止めを喰らったら完全に逃げられなくなる。ここにいる攻略隊が全滅すれば、次は俺たちだ。どのみち、前にいるあいつらを何とかしなくては――、
斬る。取りこぼされてきた連中を、カタナスキルで乱暴に両断する。まだ動くものを踏みつけ、別の魔獣に投げつけ、少しでも早く突破する。だけど、どうしてか数が一向に減らない。
『数が多すぎる‼』
『なんだってこんな時に⁉』
そんなことは、こっちが訊きたい。
斬る、斬る、だけど一向に進まない。それどころか、押し返されているようにすら感じる。取りこぼされこちらに回ってくる魔獣の数が、さっきよりも確実に多くなっている。これ以上増えられたら、今の俺じゃ対応できない。ゲームじゃないんだ。一度攻撃を受ければ、あとはなし崩し的にやられる。その予感がする。
打開しようにも、まともな策は思い浮かばない。すでに思考回路は、この状況に対処することで容量ぎりぎりだ。これ以外のことに対応するだけのキャパシティーなんかない。今も、気を抜いてしまえば一撃をもらいそうで――、
「――――っと⁉」
頬を、こん棒の端がかすった。
空中に、千切れた髪が舞う。目の前で、汚く嗤うゴブリン。フェイントをかけられた、そのことに気が付いて思わず距離を取り、頬を触る。
視界の端に映った手は、少しだけ赤かった。
――やられた……。
頬に、痛みは感じない。だけど、焼けるように熱い。この感覚からして、多分広めに喰らっている。けがの深度は、すこし皮膚を持って行かれた程度か。もう少しゴブリンとの位置がずれていたら、骨までやられていた……。
いま、俺は死にかけていた。
そのことに気が付き戦慄する。全身に、寒気が走り、頬を冷や汗が伝う。伝った汗が傷口に入り、今度はひりひりと痛んだ。心臓が張り裂けそうなほど主張を繰り返す。次は無いぞと、本能が警鐘を鳴らす。
すると――、
「イツキしゃがめぇぇえッ‼」
後ろから叫ばれる、名指しでの指示。
条件反射的にしゃがむ。体勢を崩した俺は、完全に反撃できない。それを隙と見たか、ゴブリンが俺へと突進してくる。
「どっせぇぇえい‼」
突如、頭上を風が駆け抜けた。ひやりとした感覚がわきを冷やし、反射で目を瞑る。それと合わせるように、いくつかのことが視界外で同時に起きた。
ドカッ!
という鈍い打撃音。
ブギァ⁉
という、詰まったようなゴブリンのうめき声。
ドサリッ。
前で何かが倒れた。
「……? ……⁉」
目を開けると、少し離れたところでゴブリンが横転――そのまま沈黙していた。
「さっきの借りは返したぜ?」
するとその声が、俺の横を風のように走っていった。声の主は、さっき助太刀した盾持ちの冒険者。どうやら、転がっていたメイスを武器として拝借したらしい。
メイスを拾い、俺を見て笑う。ああ、助けられたのか。数舜遅れてそう理解する。考えるのはそこまでが限界。直ちに次ぎの魔獣が現れ、アイコンタクトを解いて刀を握る。再び思考は、戦闘へと傾いていく。
そこへ、
『陣地の手が開いたらしい。助けが来る。あと数分耐えてくれ!』
陣地からの通信が、伝言式に伝わってきた。その報告に、全員が色めき立つ。わずかに勝機が見えた。
この数分が、正念場だ。
応援が駆け付ければ、入り口の魔獣は一掃できる。そうなれば、全員で加勢しゴーレムの動きを止めることで全員が脱出できる。とりあえず、うまくいけば今いる全員が生還できる。少なくとも、全滅はなくなる。
刀を振るう。オドを籠め切断力を持った世界樹が、魔獣たちの身体に切れ込みを入れる。
――焦るな。出すぎるな。深追いするな。ここはゲームじゃない。
自分にそう言い聞かせる。ゲームと同様の動きを再現しながら、限界ぎりぎりのところで踏みとどまる。
俺が魔獣を斬るには、刀にオドを籠めるしかない。前に出すぎれば、攻撃をする回数が増える。肉体強化と模倣のカタナスキルは、ただでさえ効率の悪い戦い方のコンビネーションだ。カタナスキルを無駄に回数を撃てば、それだけ身体のオドはなくなっていく。すでに、アドレナリンが出ているこの状況でもはっきり分かるほどの倦怠感がある。撃ててあと十数発。肉体強化を短時間発動させてそれが限度だ。
――まだか。まだなのか。
何体目かのゴブリンが、大きくこん棒を振り上げた。がら空きの動体に単発スキルを発動し、両断する。青い蛍の尾を引いた輝線が、強烈な速さを湛えて駆け抜ける。横一文字に両断され、ゴブリンが絶命する。これで、何体目だっただろう。
「――――ぅあ……」
クラリと、視界が揺れた。身体が前に傾き、ちょうどその上を魔獣の攻撃が通過する。ほとんど反射で前へと転がり、足元から斬り上げようとオドを籠め、
その腕を、弾き飛ばした。
――まずい……、これ以上はまずい。
意識が落ちかけ、朦朧とした中でそのことに気が付く。ついに、切断力がなくなるほどオドを消費しつくしたのだ。いま、俺の黒刀は刃こぼれしている状況に等しい。これ以上発動すれば、肉体強化もできなくなる。そうなれば、もうこの戦場ではついていけない。それを考えるなら、刃こぼれというよりもひたすら硬いただの木刀といえるか。
――イツキ、君は必ず生きることを考えろ。たとえ……、たとえ、そこにいる仲間を見捨ててもだ――
不意に、出発前夜、ミレーナに言われた言葉を思い出した。
仲間を守って英雄になるよりも、仲間を見捨てて生き延びろと、そう言われた。自分の能力を過信するなと、逃げ時を見極めろと、そう言われた。
――……しくじったな。
心の中でぼやく。逃げ時など、とうの昔に見誤っていたのだ。もう、正面突破する余力はない。ここで独断専行すれば、途中で力尽きて終わりだ。もう、この場からは逃げられない。
――必ず生きることを考えろ――
『あと三十秒!』
黒刀を構えていた両腕を、だらりと弛緩させる。刀は握るだけ。もう、倒すことなど考えるな。
見切れ。避けろ。ただひたすらに、回避だけを考えろ。
もう、倒すことなんてできない。自分の能力を過信するな。いまは、受け流すことだけに全力を注げ。
俺は、そこまで強くないんだから。
そのとき――、
『全員、真横に飛べぇぇぇええ⁉』
音割れするほどの悲鳴が、通信機から鼓膜を突き刺した。全員が訓練をしていたように真横へと飛び退く。俺は引っ張られるように壁へと吸い寄せられ、着地をしくじり地面に転がる。魔獣との間に距離が生まれ、出口の直線上に魔獣が取り残されるような構図となる。
両者硬直。その間、わずか数秒。
出入り口から、爆炎が吹き出した。
「……はぁ?」
こんな状況にもかかわらず、そんな間抜けな声が出た。出入り口の直線上にいた魔獣は、その炎に撫でられもれなく重症。炎はマナを消費し燃え続け、動けない魔獣たちを灰燼に帰していく。突然の状況に理解が追い付かず、全員の時が止まる。
突如、
燃え盛る炎の壁に、暴風とともに大穴が開いた。
「突入ぅぅぅうう‼」
その声とともに、大穴から人影が踊り出る。身体には、後ろで戦う者たちと同じ白銀の甲冑。そしてサラマンダーの皮で造られた対魔法製のローブ。全員がそれを視認し、広間内に歓声が上がる。
――やっと来た……。
ほっと、息をなでおろす。炎の中からは応援の騎士と魔導士たちが続々と現れ、広間内の陣形を立て直していく。
決して優勢とは言えない。数は攻略時よりも少ないし、あのゴーレムの性質上これで倒せるとは思えない。それでも、この場から脱出するには十分だ。助かった、そんな思いが身体を弛緩させる。あとは、ここから脱出するだけ――、
「――――くぁ……」
クラリとふらつき、倒れこむ。身体中が痛み、立てないほどの倦怠感と頭痛が身体を襲っている。思った以上に無茶をしたようだ。さて、どうしようか。
「いた!」
――……ッ⁉
ドクンと、心臓がひときわ大きく跳ねる。あまりにも想定外のことで、思考が一瞬停止してしまう。なぜなら、
なぜならその声は、この場で聞こえるはずのないものだから。
「飲んで!」
身体が起こされ、マスクが乱暴にはぎ取られる。そして、口元には硬いものが乱暴に押し付けられる。
「あ、あま――ウグッ⁉」
「喋るのはあと! 早く飲んで」
口に含めば、独特の苦い味。間違いない。先ほど使ったマナポーションだ。だけど、それを悠長に実感している場合ではない。脳内は、それどころではなかった。
「おまえ何で!」
「詳しくは後回し! いまは回復に専念して」
一瞬、幻覚なのかと錯覚してしまう。だって彼女は、ここにいるはずのない人物だからだ。
目の前にいたのは、ここにいるはずのない少女。その恰好は完全な戦闘服。すこしだけ見える肌は紅潮しており、うっすらと汗がにじんでいる。
「その間は、わたしが守るから」
そこにいた少女の名は、雨宮 晴香。
俺との動向を却下され、自宅待機を命じられた少女だった。
7/22)活動報告を、更新いたしました。




