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異世界幻想曲《ファンタジア》  作者: 紅(クレナイ)
第一章 『アルトレイラル(迷宮編)』
25/45

第1章ー25 「いつか見た記憶《もの》のカケラ」

「諸君、今回の攻略は、かなり厳しいものになるだろう」


 広間直前の安全地、陣形を作ったところで、隊長が口を開いた。


「つい先ほど、二体目の迷宮主が見つかった。そのことはもうすでに知っているだろう」


 緊張が走る。なぜなら、ここにいる者は皆、そのことの恐ろしさを知っているからだ。


「すでに、迷宮の拡大は我々が対処できる限界に達している。これ以上広がれば、セルシオもろとも、この地域一帯を飲み込んでいくだろう」


 迷宮を作る核は、増殖を続ける。そしてそれは、迷宮の拡大を表す。

 核をつぶさなければ、迷宮は止まらない。攻略隊が対処できない事態になってしまえば、もうそれは国土の一部を放棄することと同義だ。そんなことは、騎士にとって許されない。


「言っておくが、戦力は足らない。そして、援軍を呼ぶ時間もない。それほどに差し迫っている」


 この攻略で、決して少なくはない人数が死ぬだろう。十分な偵察をするための、薬品、人材、時間、全てが足りない。精霊が視えるレオ自身はなんとかなるかもしれないが、それ以外の命など保証できない。


 普通に考えれば、無謀な賭け。この数で二体の迷宮主を攻略するのは、どう考えても無謀だ。士官学校での試験なら、こんな作戦を取った時点で落第必至。


 それでも――、


「だが――、それでも我々は勝たなくてはならない」


 負けることは許されないのだ。

 攻略隊が負けるとは、この国土を――民草の命を見捨てることに他ならないのだから。


「命を賭して、全身全霊をもって、戦え!」


 横を見れば、その目はまるで狩人。

 負けることなどみじんも考えてはいない、ある意味狂人と言われてもおかしくないほどぞっとする目つき。


「王国のために、この地に住まう民草のために、お前たちの守るもののために――――」


 ――戦えッ‼


 迷宮が、震えを上げた。鼓膜を裂くほど張り上げられるは、騎士の咆哮。迷宮主にも引けを取らない、守る者たちの覚悟。


「総員――続けぇぇぇぇええ‼」


 猛者たちが、広間へと流れ込む。荒々しく、それでいて規則正しく、広間の中に陣形が展開される。レオたちが踏み込んだと同時に、広間には明かりが灯る。ひとつ、ふたつと増えていく緑黄色の光が、広間の迷宮主の姿を写し出す。


 そこにいたのは、斥候の報告通りの怪物。

 なぜ、この迷宮にこいつが? と、全員が疑問と驚きを持ったことだろう。

 そいつの存在を知ったあの時、攻略隊には少なからずの動揺が生まれていた。なぜなら、誰もがその存在を知っていたからだ。もちろん、レオでさえも。


 発光石の光を反射し、その巨体が鈍く光る。身体中には青く光る魔力線が走っており、それは、身体のあちこちに刻まれる魔法陣へとつながっている。しかし、魔法陣の複雑さゆえに、駆動原理は全く解析不能。専門家でも、意見が分かれている伝説上の怪物。


 学術名は『ゴーレム』。遥か昔に創られた、いまはなき大帝国の負の遺産。

 硬い鉱石に覆われた人工魔獣が、レオたち攻略隊へと牙をむいた。


 ◇◆   ◇◆   ◇◆


 魔獣が、いたるところから姿を現していた。迷宮内では何が起こるかわからない。その言葉を、今になって痛いほど実感する。


『回復薬の補充はどうなっている!』


「いま運んでるところ! 後二、三分で着く」


『安全地の備蓄がもうないんだ。直接広間に飛び込んでくれ!』


 通信機から、悲鳴にも似た隊員の声が響く。無茶を言う――そう顔をしかめ、目の前に現れる魔獣を蹴散らしていく。追従する後方支援組に時折目を向けながら、走る速度を調整する。


 俺たちがいるベースキャンプに連絡が入ったのは。つい先ほどのことだ。

 どうやら攻略隊は、この戦闘でボスモンスターとケリをつけるつもりらしい。混ぜそうなったのか詳しい理由は聞かされていない。断片的な情報から考えられるのは、ボスモンスターがあまりたいしたことのない奴だったということだろうか。


「ああッ、もう、めんどくさい!」


 前方にある、魔獣の屍。魔法で死んでいると思っていたそいつらの内数匹が、足元から起き上がった。掴みかかってくるそいつらに、一瞬だけ速度を落とし弾き飛ばす。幸い、たいした脅威ではない。だが、到着時間は確実に遅れるし、下手をすれば運ぶ俺たちが薬品を消費してしまう。先の通り脅威ではない。だが、面倒なことこの上ない。


「速度上げてもいいか?」


「問題ありません。もう少しだけなら何とでもなります!」


 その声を聞いた護衛たちが、一斉に速度を上げる。そして言葉通り、支援組たちもそれにぴったりと追従する。


「あと、約三十秒」


『なんとか持ちそうだっ。入ってすぐ左、壁側!』


 前方に、明るい半円が見えた。遮るものはない。どうやら、言葉通りの時間で到着しそうだ。


「お前ら! 警戒しろ。突っ込むぞ‼」


 リンドが怒鳴る。全員の歩調が早まる。


 早く、早く、もう少しだけ早く。


 光が大きくなっていく。元から、二倍、三倍、四倍――、


 ――抜けた!


 途端に、耳元で轟音が轟く。魔導士たちが、魔法を使ったのだ。

 広間の真ん中にいたのは、俺の十倍はあると思われる巨大なゴーレム。どうやって動いているのか、青い光を帯びながら騎士たちと拮抗している。そして、その左腕は欠損している。


 色とりどりの光が、広間を明るく染め上げる。爆音、爆風、閃光。それらが瞬くたびに、ゴーレムは動きを止め、騎士たちを遠ざけるように腕を大きく振るう。攻撃の時は大きく下がり、そうかと思えばゴーレムの死角からはすかさず騎士が踊り出る。

 攻略隊とゴーレム、その実力はほぼ互角。俺の目にはそう映った。


「こちら第二分隊。補充に参りました!」


「助かった! 状況を説明する」


 内容は、つまるところこういうことだった。

 まず、このボスモンスターは、俺の見た通りゴーレムであること。そして、ゴーレムの資料は王国に存在しており、それ故ゴーレムの攻略法を全員が熟知しているということ。おまけにこのゴーレムは中型で、十分対処が可能だということ。


 以上のことから、今回の戦闘でケリをつけるつもりなのだということ。


「陣地の騎士団はっ?」


「向こうにも魔獣が湧いてきてやがる。ここへの加勢はちっとばかし無茶だぜ」


「クソッ、もう少しだというのに!」


 ポーションを摂取し、回復待ちの兵士が吐き捨てる。

 ポーションは、万能ではない。身体のオドを利用して回復を促すため、過度な服用はポーション中毒で命を縮めるきっかけとなる。それになにより、ポーションそのものがゲームのように一瞬で服用者を回復させるような代物でもない。


 その様子を見て、リンドが衛生兵へと問う。


「おい。そいつらはあとどれくらいで出られる?」


「第三級の回復薬を投与しました。オドを含めた完全回復まで、残り約十分です」


「……あいつらまで消えると、少々厄介だなぁ…………」


 リンドの視線は、今まさに戦っている攻略隊に注がれている。受けては耐え、時折反撃を加える。いまこの瞬間も、今日略隊はそれを繰り返している。そして、いまここで回復を待っているのは重装兵――いわゆるタンクと呼ばれるものだ。これ以上前衛のタンクがなくなれば、この状況はいとも簡単にひっくり返されるだろう。かといって、いったん退避してしまえばゴーレムは瘴気を吸って回復してしまう。


 すると唐突に、


「…………お前ら、金さえもらえば手伝うか?」


 唐突に、リンドが冒険者へそう尋ねた。


「見合った報酬があれば、あの中に突っ込んでいくか?」


 爆音と怒号が飛び交う戦場で、この場だけが、静寂に包まれたような気がした。

 時間にして数秒、冒険者たちはその言葉を理解し、周りと見つめあう。いまこの場にいるメンバーを確認し、自身の装備品を手で探る。


「……そうか。よし分かった!」


 リンドが凶悪に笑う。


「この場にパーティーメンバーがいる者は組め! それ以外はここを死守! 二分後、あの中に飛び込む」


 冒険者たちが、歓声を上げる。各々が武器を持ち上げ、感情を爆発させる。


 笑ったのは、彼らの表情を見たからだ。


 目を爛々と輝かせ、一攫千金を狙って今日まで生きてきた生粋の冒険者たちの表情だ。そこに、死への恐怖はない。明日死ぬともわからぬ世界に入っているのだ。そんなもの、とうの昔に摩耗して無くなっている。抑える術など、身に着けていなければこの場にいない。


 それから二分間は、各々によって重みが違っただろう。俺にとっては、緊張の糸がはち切れそうな長い二分間。ここにいる攻略隊にとって、一時間にも感じる二分間。しかし、彼ら冒険者にとって、この二分間は疾風のごとく駆けていったのだろう。それは彼らの表情を見れば一目瞭然だ。


 俺は、こんなにギラつく眼を見たことはない。自身の命を燃やすことに生きがいを感じ、この死線を喜んで受け入れる、恐怖すら抱くある意味狂人的な瞳だ。その目が、身体が、遠目から見てもはっきりと分かるほどに熱を持ち、震えるほどのエネルギーを湛えている。二分という時間すらも待ちきれないという気持ちの逸りを、その身体が象徴している。


 永遠とも、一瞬とも取れる間が流れ、ピッタリ二分後。


 (とき)の声が、広間いっぱいに轟いた。


 冒険者たちが走り出す。きっかけがあったなら、騎士団に入っていてもおかしくないくらいの猛者たちが、地響きが鳴るかという勢いで戦場を馳駆する。その身体に有り余るエネルギーを爆発させ、暴力の塊となって魔獣を蹴散らし、ゴーレムを取り巻く騎士団の陣営へと乱入する。


 ちょうどゴーレムが、逃げ遅れた騎士の一人に照準を合わせた。レオは反対側で取り巻きを相手にしている。他の団員が助けに行ってはいるが、おそらく間に合わない。魔導士たちが援護射撃をするが、ゴーレムの狙いが逸れることはない。


 巨腕がうなりを上げる。レオがそれに気が付くが、驚いた顔をしてすぐに笑った。この笑みは、おそらく苦笑。まさか来てくれるとは思っていなかった者たちの加勢による、困惑と安心感から来た笑み。


 拳が、空気を破って騎士との距離を縮める。


 その距離、目算五メートル。もう無理だと思ったのか、はたまた反射か、若騎士がきつく目を瞑る。

 衝撃、轟音。おおよそ、生きているものが浴びてはいけない一撃。


 されど、それが若騎士を襲うことはなかった。


「………………へ?」


 気まぐれに覚えた読唇術が正しく習得できていたなら、若騎士の発した言葉はこれであっているはずだ。涙と鼻水にまみれた顔で目の前の光景を理解できず、固まる。


 ゴーレムの腕は、大きく右へそれた場所を叩いていた。衝突地点は大きく抉れ、クレーターができている。しかし、被害は何もない。


「……おいおい、固まりやがったぞ」


「情けない騎士だこと」


 若騎士の前に立つのは、数人の冒険者たち。

 大盾を構えた者がひとり、メイスのようなものを持ったのがひとり、大剣を持つ者、ハルバードを振り下ろした者がひとり、それぞれが呆れるような口調で、そう言っているのがかすかに聞こえた。


 傍と気が付き全体に目を向けてみれば、すでに冒険者たちと攻略隊の混合陣形ができ始めていた。


 一撃を受ける、捌く、そしてカウンターを放つ。


 攻略隊が主となり、ゴーレムへと攻撃をかます。それを邪魔しないように、冒険者たちが取り巻きとゴーレムの攻撃を捌く。そこに身分差など関係ない。互いが互いの強さを信頼し、長所を殺さないという絶妙な連携がそこには生まれていた。


「よし! こっちも出るぞ!」


 真後ろから声がする。視線を向ければ、回復に専念していた騎士たちが立ち上がっていた。その装備は大きく破損し、穴が開いている。中には壊れて投げ捨てた者もいるのだろう、即席陣地の中には、元が何かも解らない残骸が多数転がっている。


 それでも、彼ら自身に傷はない。肉体は快調。オドは回復。装備を失ってなお、戦いには支障なし。そのことを確認し、回復を終えた騎士たちが戦場へと踊り出ていく。


 そこから、形勢は完全にこちらへと傾いた。


 ゴーレムが攻撃を仕掛ければ、冒険者が防ぎ、攻略隊が攻撃する。その作業だけが、淡々と繰り返される。奴の初動を見極めれば、猛者たちである彼らにはさして難しいことではないようだ。


 気が付けば、ゴーレムの周りには魔獣がいなくなっていた。広間には、新たな魔獣が入ってこないのだ。広間の入り口には、到着した援軍がいる。ここへ応援に来たひとりによれば、中に入るのは辞めて、入り口と連絡通路を死守することにしたらしい。


 突然、ひときわ大きな衝撃とともに、ゴーレムの右腕が落下した。


《――――――――ッ⁉》


 ゴーレムが、言葉にならない騒音をまき散らす。感情を持たぬ人工物が上げた耳をつんざくそれは、もしかしたら悲鳴なのだろうか、それとも怒りだろうか。表情の変わらぬ巨体とその声色からは、判別することはできない。ただ、致命的な一撃であったことは容易に解った。


 バランスを崩し、巨体が崩れ落ちる。倒れまいと膝をつくが、そうはさせまいと騎士団が足を切り崩す。魔法陣が壊れなかったためダメージはないが、その目論見通りゴーレムは体勢を立て直せず大きく揺れる。そしてわずかに前へと倒れ始めた。


 その着地場所にいるのは、レオ・グラディウス。


 前衛に出ていた騎士団たちが、冒険者を連れてその場から離れる。レオを指さす冒険者もいたが、近くの団員から何か聞くと拍子抜けしたようにその行為を止める。


 いつしか、レオとゴーレムの周りには誰もいなくなった。大きく距離を取り、タンクがゴーレムを中心として円状の陣形を組んで盾を構える。それはまるで、


 巻き添えを喰らわないようにしているかに見えた。


「……精霊たち、僕に力を貸しておくれ」


 よくとおる美声が、騒音の中で鼓膜を別にゆすぶる。例えるなら、脳内に直接といったところだろうか。


 次第に、レオを抜き放った大剣が歪んでいく。

 いや、そう見えただけだ。正確に言えば、剣は曲がっていない。周りの空気がおかしいのだ。


 屈折――おそらく今起こっている現象はそれだろう。剣の周りの大気密度が外とかけ離れすぎて、熱が生まれ屈折が起こっている。大剣は腰あたりまで持ち上げられ、濃密な空気をまとった切っ先は、レオへと倒れ行くゴーレムをまっすぐにとらえている。この距離なら、まず外れることはない。


 レオの口が動く。

 呟かれたのは、短い単語だった。


 ――貫け。


 空気が弾けた。


 限界まで押しつぶされていた高密度の空気の塊は、指向性をもって本来の大きさへと膨張を開始する。球面上に広がるはずの大気が、ごく狭い直進という通路を疾走する。膨張可能区域を何十分の一へと狭められた空気爆弾の威力は、想像に難くない。その結末を、重い灰色の世界で見届ける。


 衝撃波が生まれた。それは、硬い鉱石の身体を目視不可能な速度で揺さぶり、その身体へいとも簡単に亀裂を入れる。核がある身体の中心に、回復不可能なダメージを与える。


 瞬くほど短い、無音の空間。


 世界に色が戻った時、ゴーレムは四方へと身体を散らしていた。


「「「………………」」」


 冒険者全員が、唖然とした顔でレオを見つめる。俺もどういうことなのか全く理解できず、月を放った体勢で固まるレオの顔を置見つめる。


 たっぷり数十秒後、身体を動かし俺たちの方を向いたレオが、口を開く。


「助力感謝するよ。おかげで、この技を使うための時間稼ぎができた」


 疲労をにじませながらも、その顔にはまだ余裕がある。装備にも目立った損傷はないし、本人の身体にも傷ひとつない。たった今、マラソンをして帰ってきたと言われても信じてしまうほどの見た目だ。

 その姿を見て俺が思ったことは、おそらくすべての冒険者に共通していただろう。


 つまりは――、


 俺たち、いらなかったんじゃね?


「……なんだよ、俺たちいらなかったじゃねぇか」


 不満げなリンドの声に、大きく頷いた。


 ◇◆   ◇◆   ◇◆


 ゴーレムがいる広間の真下に位置する、樹とレオが見つけた場所――通称〝裏広間〟。踏み込むものは一人もおらず、外では監視の攻略隊数人が待機しているのみ。


 そんなとき、彼らは不思議な光景を目にすることとなる。


 真上から微かに届く、戦闘の痕跡。薄く悲鳴が聞こえ、魔法行使の波動を感じる。

 その微かな衝撃に合わせ、


 ヴィンセント・コボルバルドには、いくつもの輝線が刻まれていた。


 ◇◆   ◇◆   ◇◆


 ここは……どこなのだろう。


 薄暗く、光は壁に埋め込まれている発光石だけだ。周りには何もなく、がらんどうな空間がそこにはある。地面や壁の材質からして、ダンジョンだろうか。


 ――わたし、どうしてここに?


 記憶を探っているが、なかなか思い出せない。そもそも、自分はダンジョンへ行くことをミレーナに却下された身だ。それがどうして、気が付いたらダンジョンにいるのだろう。


 記憶をかき回す。昨日から順繰りに思い出す。それでも、思い出せない。


 なにか、ここに手掛かりはないのだろうか。いま、自分がここにいる理由を見つけるための、確かな手がかり。そう思って周りを見渡せば、薄ぼんやりとだが、いつの間にかこの空間の様子が変わっていた。

 目が慣れてきたのだ。そう気が付くのに、しばらく時間がかかった。


 辺りに、目立った人工物はない。ところどころに、隆起した岩のようなものがあるだけだ。それが光を反射し、汚れた銀色の光を湛えている。


 …………銀色の光?


 よく考えれば、そんなことはあり得ない。確かにダンジョンには、ミスリルや鏡花銀といった特殊な鉱石が存在する。だが、このような形で姿を見せていることはまずなかったはずだ。それはミレーナからもよく聞かされているし、書物にもそう書いてあった。だとするなら、あれはいったい――、


『……ひっ⁉』


 凍り付いた。それが何であるのかが解ってしまい、心臓がキュウっと縮まる。


 死体だ。


 それも、一人や二人ではない。岩が隆起したかと錯覚するほどに多数……おそらく、二十人や三十人単位の兵士たちの死体の山だ。そんなものがゴロゴロと、この空間に積み上げられている。


 ――……ぁぁぁぁぁぁぁあああ……。


『ッ⁉』


 どこからか、そんな声が聞こえた。それも死体と同じく、一人や二人ではない。段々と増えていくその亡者の声は、数十人単位のものとなって頭を揺さぶる。


 ――嫌だ! 嫌だぁぁぁぁぁああ‼

 ――助けてくれ! 家族に、家族に……ッ。

 ――俺が、何してっていうんだよぉお⁉

 ――王国のためにぃぃぃい‼

 ――ああぁぁぁぁぁああ! 王国万歳‼ …………かあさぁぁぁぁぁあんッ⁉


『い、や……嫌ッ! 嫌ッツ‼』


 耳をふさぐ。しかし治まることはない。そんな動作は無駄だとでもいうように、指の間をすり抜け鼓膜に響く。気が狂うほどの悲鳴が、頭の中を傍若無人に駆け回る。ガンガンと頭痛がし、段々と目の焦点が合わなくなってくるのが自分でも解る。


 なぜ、どうしてこういう目に合っているのか。いったい何をしたというのだろうか。もちろん、応える者はいない。亡者の狂声にあらがう術はなく、いつまでも、いつまでも流れ続ける。


『……いや。もう嫌。助けて……誰か助けてよ……』


 ――神谷くん……ッ。


 すると、


 目の前に、ぼんやりとした人影が浮かんだ。胸の中に、安堵という温かい感情が広がっていくのがはっきりと解った。


 見たことがない服装に装備。しかし、腰に差さった黒刀だけははっきりと見覚えがある。

 あれは、あの刀を持っているのは…………!


『神谷くん!』


 やった。来てくれた。


 いつもそうだ。困っていたら、なんだかんだ言っても助けてくれる。何でも嫌だと拒絶するけど、約束したことはちゃんと守ってくれる。普段は危なっかしいけど、わたしが困っていたら助けてくれる、頼りになる想い人。


『神谷くん』


 もう少し、もう少し手を伸ばせ。あと少しで、手が届く。ごめんね。もう一度だけ、その腕の中を借りさせて。もう、耐えきれそうにないから、おかしくなりそうだから。すこしだけ泣かせて。

 あと五十センチ、後二十センチ、もう少し、もう少しで――、


 ()()()()()()()()彼の元に――


 ◇◆


「――――――――⁉」


 乱暴に身体を起こし立ち上がる。両ひざが固いものに当たり、痺れにも似た痛みが両ひざを襲う。意図せずうめき声が漏れ、しばらく突っ伏する。頬と額を硬く冷たい感覚が走り、自分が机で寝ていたことにようやく気が付く。かろうじて掛かっていた毛布が肩からずれ落ちる。机の端には、今日作った焼き菓子が皿に載っていた。どうやら、ルナがこの部屋に来てくれたようだ。


「……なに……、いまの夢」


 亡者の残響が、今も耳の奥で木霊している。冷や汗が、額から頬を伝い頤へと落ちる。心臓ははち切れんばかりに鼓動しているし、まるで窒息寸前であったかのように、肺は空気を強欲に求める。数十秒経っても、それらは治まることはない。まるで、身体は何か知っているかのように晴香へと何か訴えてくる。


 何だったのだ、あの夢は。


 たくさんの死者が積み上がり、血が滴ってた。その光景は地の意味で死屍累々。いったい何があったかは知らないが、とんでもないことがあったのは一目瞭然だ。耳をふさいでもお構いなしに叫び声をあげる謎の声。そして、見るも無残な姿になった神谷 樹。


 なんとも、残酷で悪趣味な夢だ。グロテスク系統のゲームは大の苦手である自分には、とてもじゃないが平常心ではいられない。というか、いくらグロテスク系が好きでも、流石にアレを好む人間がいるだろうか。それほどにひどい夢だった。


 ……それで済んだはずだった。


 ――……なんで……こんなに胸がざわつくの?


 普段なら、ただの夢で終わったはずだ。

 全く、嫌な夢を見てしまった――そう思って、多少不機嫌になりながらもいつも間にか忘れてしまうだろう。日々の生活を送るうちに、その記憶は薄れてしまうだろう。


 しかし、これは違う。そう確信があった。証拠も理由も解らない。だが、この夢は普通の夢ではない。このまま、忘れてはいけない。そう思ってしまう。いったい、何がそこまで思わせているのだろう。

 一体何が――、


「……疲れてるのかな」


 すこしだけ水を飲もうと、ゆっくりと立ち上がる。蛇口のある居間に向かうため、一歩踏み出した。


 刹那、


 ――……お願い…………。


「⁉」


 どこからか、声が聞こえた。多分、女の声。

 クラリとめまいがし、机に手をつき頭をおさえる。再び起こった幻聴に、鳥肌が立つ。


 ――……お願い。


 今度は、さらにはっきりと。


「…………誰?」


 そう問いかける。問いかけたのは、この二言目で悟ってしまったからだ。これは自分の声じゃない。それに声ですらない。これは、頭の中に響くテレパシーのようなものだと、そう確信したからだ。


「あなたは、誰なの?」


 もしかしたら、夢を見せたのは彼女なのだろうか。彼女があの夢を通して、何かを伝えたかったのだろうか。だとしたら、一体どんなことを……。


「…………まさか」


 思い至った直後、再び心臓が早鐘を打ち始める。


 ――……そんなこと……。


 冷や汗が吹き出し、じんわりと肌着を湿らせる。肌に密着するその生暖かい感覚が、晴香に著しく不快感をもたらす。そんなことありえないという感情と、もしかしたらという感情がせめぎ合い、目の前が薄暗くなる。


「……とりあえず、ルナに……」


 いまは、ミレーナが外出中だ。物理的に会えないのかと言われれば、これまた異世界ファンタジーな方法で会うことはできる。だが、それをすることは禁じられている。とりあえず、ルナに相談しなくては……。

 そのとき、


「……?」


 橙色の光の中に、紫の色が混ざっていることに気が付いた。

 決して強い光ではない。だが、確かに紫色の光が部屋を薄ぼんやりとだがその色に染めている。

 たどってみれば、その光源は机の上。正確には、その上に開いて置かれた小物入れの中。

 その中に入っているのは、確か樹に選んでもらったネックレス――。


「……どうして、光って、」


 ――これは、持ち主に大きく関係する厄災を予知するのさ。


「…………‼」


 持ち主に関係する厄災、治まらない動悸、頭に響く声、さっきの夢――無残な姿の兵士たち。

 ボロボロになった樹。


 まさか……。


 まさか、本当に……ッ。






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