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異世界幻想曲《ファンタジア》  作者: 紅(クレナイ)
第一章 『アルトレイラル(迷宮編)』
24/45

第1章ー24 「ヴィンセント・コボルバルド」

「イツキ! そっち行ったぞ‼」


「了解!」


 冒険者の忠告通り、右前方から魔獣が接近するのが解った。

 死人から拝借したのであろう装備を身に着け、刃こぼれをしまくってノコギリのようになった剣を振りかざすトカゲ人間。目は爛々と赤く光り、話が通じる相手じゃないことは明白だ。


 《ゲイザー》――俺たちの世界で一番近いモンスターはリザードマン。見た目こそ違えども、危険度はさほど変わらない。


 俺の後ろにいるのは支援隊。それほど高価なポーションではないが、無くなってしまえば戦況は少なからず悪化してしまう。ここで荷物を捨てるわけにはいかない。


 右手を引き出す。キンッという木刀にしては不釣り合いな残響が耳に残る。オドを練る、肉体強化を施した身体が、そのスペックを何倍にも跳ね上げる。


 ここまで、実に二秒。それが終われば、トカゲとの距離は二メートル。


 刃が、奇声を上げた。

 俺の刀が、振り下ろされた剣の腹を削る。下から振り上げた斬撃が、トカゲの攻撃を受け流す。刀という支えを失い、必然的に向こうは俺へと倒れこんでくる。剣を握る腕も、俺も目の前へと運ばれてくる。


 刀の軌道は、左斜め上への斬り上げ。


 向こうの身体は、右下へと滑っていく。


 当然、


「――らあぁッ!」


 いつかは、衝突する。


《――――――ァァァァァアッ‼》


 声を、金切り声がかき消した。

 俺たちが交わったのは、ほんの一瞬。すぐさま俺は後方へと飛び、リザードマンも、大きく飛び退き俺から距離を取る。俺の足元には剣が転がっている。それを確認し、右腕を押さえる。ようやく何かが足りないことに気が付き、俺へと殺意を向ける。だが残念、俺が持っているわけじゃない。


 俺たちの中間を、千切れた腕が舞っていた。


 剣はとっくに零れ落ちている。肘から先が完全にそろったパーツが、空中を舞っている。それを目でとらえ、リザードマンの目が血走る。


 腕が落下し、ぐちゃりという音を立て砕けた。


 《――――――――ッツ‼》



「うるさいなぁ。さっさと来いって」


 激昂するリザードマンを、さらに煽る。千切れた腕の近くに剣を投げ、来いよとゼスチャーで刺激する。言葉は解らなくても、これくらいすれば伝わるだろう。


 案の定、リザードマンは挑発に乗った。金切り声を響かせ、俺へと突進してくる。その奇声を、納刀しながら受け止める。


 身体を落とし、大きく踏み込んで突進する。同時にオドを刀に練りこむ。大気のマナが共鳴し、鞘の中で鈴虫が鳴き、蛍がこぼれだす。走った後ろには、光の線ができる。


 わざわざ剣を渡したのは、動きを鈍くし、加えて予想しやすくするためだ。腕の攻撃ならいざ知らず、剣の攻撃パターンならある程度に絞ることはできる。それに、剣は当たてだけじゃたいしたことはない。体重を掛けなければ、剣はただの鋭い包丁だ。どこか向こうへと弾き飛ばせる。


 互いの距離が肉薄する。


 残り――一メートル半。


 リザードマンが、剣を振り上げる。俺は、大きく踏み込み身体を沈める。

 左わき腹を見せるように大きく身体をひねる。青い輝線が、大きな円弧を描く。

 発動するのは、一瞬で勝負がつく単発スキル。沈み込む体重と回転を利用し大きく相手を切裂くカタナスキル。


 その名は《斬風(キリカゼ)》。


 大きく円を描く刀が、眩むほどの青を湛えて左上から右下へ。


 リザードマンの肉体を、肩口から腰にかけて真っ二つに分断した。


「…………」


 身体は分断している。核が身体から千切れ、足元に転がっている。間違いない、絶命している。もうこいつが、生き返って俺を襲うことはない。


 見た限り、周りに魔獣は見当たらない。索敵に行っていた冒険者と目が合った。向こうが、頷いて剣を納める。どうやら、どこかに魔獣が隠れていることもないらしい。


 ゲームとは違い、魔獣が地面から浮き上がって来て奇襲されるといったことはない。索敵が正しく機能しているならば、この辺りにいる魔獣はもういないということになる。


 ――……よし。


「ふぅー……」


 息をつき、納刀する。オドを消費したとき特有の倦怠感が、わずかに身体を重くする。

 カタナスキルは、魔術よりもはるかに燃費が悪い。鍵がないのに、無理やり扉をこじ開けるようなことをしているに近い。俺が使えているのは、常人に比べ数倍以上のオドがあるからだ。といっても、今回は威力と速さ全振りという、かなりオドの消費が激しい技を使ったのだから仕方がないことだが。


「よう。大丈夫そうだな」


「はい。こっちはなんとか」


 動かない俺を心配してか、冒険者の一人が歩いてきて声をかけた。やとわれ冒険者のリーダー的存在の男。むき出しの筋肉が、俺の背後で熱いくらいに空気を温める。


「死体なら放っとけ。迷宮が喰ってくれる。核だけは持って帰れよ」


「いえ、それは解ってるんですが……」


「あ? じゃあどうしたんだよ。ぼうっと突っ立って――」


 視線を俺のものと合わせ、見ているものを共有する。


 そして、


「……あー、そういうことか」


 俺が見ているものを見て、同様に言葉をひっこめた。


「この魔獣は?」


「いねぇな。この辺りじゃ見たことねえ」


 リザードマンは、元々この環境にはポップしないモンスターだ。ゲームの情報を使うのならば、出てくるのは砂漠。そしてこの魔獣もリザードマンと同様、乾燥に強い表皮に覆われ栄養を蓄えるこぶが付いている。ゲーム同様に、砂漠に生息するものと考えてもよさそうだ。


 悩むように、男は頭をかく。どうしたものかと数秒の間思案。その後口を開く。


「死体、保護するぞ。それからイツキ。お前ぇ、飯食ったら俺と来てくれ」


「……それって」


 食後には、攻略会議があったはずだ。そして、彼も参加することになっている。付いて来い、その言葉が意味することは、すでに察することができる。


「攻略会議で喋ってくれ。お前が見たことを、全部」





 ――討伐隊キャンプ地・迷宮地下五階『安全地帯』――


「斥候が、広間を見つけた」


 リーダーの声が、空気をピンと引き絞る。

 驚きはなかった。ここにいる全員が、いずれ来ることなのだと知っていたのだ。むしろ、早いくらいだという感想が、左右から小さく聞こえる。


「中にどんな魔獣がいるのかは、まだ解っていない。よって明日、第一次攻略作戦を開始する」


 各団員に、担当が振り分けられる。前衛、後衛、補助支援――その数は少ない。なぜなら、次の戦いは相手の攻撃パターンと姿を見極めるためだからだ。本格的な討伐は、もう二・三回同じことをした後に行われる。


 そうでもしなければ、最強と謳われる王国騎士団と王宮騎士団でさえ、死んでしまうから。強いからといって、己の力を過信することはない。臆病なほど慎重に、弱虫なくらい少しずつ、攻略を進めていくのだ。


 師の重みを誰よりもよく知っている。それが、彼らの強さの一部。王国最強とまで言われている所以だ。


 死んでしまえば、すべて終わりなのだ。


「――以上で、俺からの話は終わりだ。さて……」


 話を終えたリーダーが、俺たちの方へと顔を向ける。その表情には、不服と、困惑、その二つが混じっているのがはっきりと分かった。


「説明してもらおうか、リンド。なぜ部外者をここに連れてきた」


「おう。元々そのつもりだ」


 俺を連れてきた冒険者の彼――リンドは、そう言って立ち上がり、足元に置いていた麻袋をたき火の近くに放り投げる。そして、思いっきり紐を引き抜いた。


 特殊な結ばれ方で包まれていた麻が、支えを失って布に戻る。中の物が、たき火の光の下にあらわとなる。それが何なのかを瞬時に理解した討伐隊に、どよめきが走る。


「これは……っ」


「そこのイツキが相手にしてた魔獣だ。見た限りじゃ、この場所には生息する種じゃないぜ?」


 直ちに、数人が検分にかかる。そして、リンドの言葉を保証されるのに大して時間はかからなかった。


 ――間違いありません。砂漠種です。

 ――ここから、砂漠までの距離は?

 ――どれだけ急いだとしても、馬でひと月。魔獣がこの距離を移動するとは思えません。


 魔獣は、凶悪だ。

 通常の生物よりも強く、波の戦闘職では歯が立たないこともざらにある。それは、魔獣の核が、瘴気を吸い取って能力を底上げしているからなのだと言われている。瘴気に順応した身体だからこそ、迷宮区でも生きていける。


 しかしそれ故に、環境の変化に弱い。瘴気のない場所では、瘴気が補充できない環境では、生きていくことができない。


 そして、最寄りの砂漠からここまでは、いくつか完全に瘴気が途切れるところがある。その場所を走破するならば、己の核を消費して動くしかない。だがそうすると、途中で核が燃え尽きてしまう。


 物理的に不可能なのだ。生きていながら、別の生息可能領域に飛ぶことは。どんな生き物でも、物理法則は超越できない。


 そう、奇跡でも使わない限り。



 ――……古代魔法、の可能性はあるか……。

 ――そうなれば、迷宮攻略は遅れそうですね。

 ――これ以上放っておくと、まずいというのに……。



 攻略会議は、重苦しい雰囲気に包まれていた。このまま放っておけば、迷宮は際限なく拡大を続ける。そうなった国の末路を、ここにいる皆がよく知っている。それでも、国力を大きく向上させる可能性のある古代魔法、その魅力は大きい。国が黙っていないだろう。


 沈黙が下りる。このような場合、どう対策を取ればいいかなんて、この場にいる誰も知らない。


「…………ほれ、喋れよ、イツキ」


「この雰囲気でですか…………ッ⁉」


「後は任せる」その言葉とともに、俺は強引に前へと出された。当然、全ての双眼は俺へと向く。


 さながら、蛇に睨まれた蛙。


 ――嘘だろ……ッ。


 鼓動が早くなるのが感じる。口が乾く。落ち着こうにも、喉を湿らす唾さえない。こんな時に、この性格が仇になったか。


「――失礼。僕から、質問いいだろうか」


 手を上げ立ち上がったのは、金髪の青年。他の者よりも幾分か軽装のレオだ。手を上げ、他から見えないようにウインクをした。


 ――僕が誘導する。質問にだけ答えて。

 ……とでも言いたいのだろう。心が、少し軽くなる。本当に、なぜ彼はここまで優しいのか。


「こいつの戦い方を教えてほしい」


「武器は、曲刀。戦い方は、キタギ剣術に近かった」


「砂漠の剣術だね。ここに生息しているなら、学習するほど見ることはまずないはずだ」


「申し訳ないが、どこから出てきたのかは俺にも……」


「いや、気に病むことはないよ。今出てきたものだけで十分だ」


 言葉を切り、俺に着席を促す。言葉に甘えた俺から目線を外し、それを今度はリーダーに向ける。


「隊長」


「解っている。こいつはおそらく、砂漠にて育ったものに違いない」


「だとすれば、自然的なのか、あるいは人為的に……」


「後者だと、ちょっとばかし厄介になりますなぁ、隊長」


 もしも人為的ならば、厄介どころの話ではないはずだ。王国がやっている実験であるならば、騎士団にも何かしらの情報は降りてきているはずだ。おまけに、魔獣の売買は犯罪である。


 わざわざ魔獣を捕獲して、命がけでこの地まで運ぶ。それが意味することは解らない。だが、確実にいいことではないのは明らかだ。もしかしたら、あの組織が……。


「いま考えても、結論が出ることはない。首都と連絡を取れ。斥候の者は、任務を予定通りこなせ」


 自然のものか、人為的か。もしそうならば、誰が何のために――そんなことは何一つわからない。


 空気も、雰囲気も先行きも、何もかもが悪い。そんな暗雲漂う状態で、会議は幕を閉じた。


 ◇◆   ◇◆   ◇◆


 始めの合図とともに、羊皮紙を裏返す。そこに書かれているのは、大気中のマナ濃度・気温・湿度・風向き・日光量・発動する魔術、その他諸々。その情報を瞬時に脳へと叩き込み、発動する魔術を構築する。


 脳内空間に、計算式が光の線で描かれる。コンマ数秒で完成させ、その中に与えられた情報を埋め込む。計算式がカラクリのように機能し、紙面上に魔術を構築していく。


 属性、効果、威力、射程範囲、発動時間――高速演算で、最適解をはじき出す。導き出した答えを記述して、即座に端末のストップウォッチを止める。


 かかった時間は、十秒。記述時間を除けば、約五秒。

 及第点だ。


「――――ふぅぅぅぅぅううう……」


 緊張が途切れ、身体が急に重くなる。目がチカチカし、脳が異様な熱を持っているように感じる。とうぜん、そんなことはあり得ない。ただの錯覚だ。そう錯覚してしまうくらい、頭をフル回転させたのだ。


 横に置かれた水差しから水を注ぎ、一思いに飲み干す。冷たい水が喉を伝って流れ込み、身体を内側から冷やす。心なしか、体温が少しだけ下がったような気がする。


 言い訳にはならないことは知っている。だが、並行思考はやはり堪える。


 戦闘時には、仲間の位置や敵の動きなども考慮しなければならない。それとは別の思考回路を用いて、この演算をやらなくてはならないのだ。こんなに頭を酷使する作業を、いままで経験したことがない。


 物覚えが良い頭で助かった。瞬間記憶――自分でもチートだと思う――それができなければ、修行は確実に詰みだった。


 通しで二時間。計百二十枚の演算記録をまとめ、採点に移る。一応答えは準備したが、見る必要はない。切羽詰まっていなければ間違えることなんてない。


 カリカリと、羊皮紙の上を赤線が走る。円弧を描き、ときに鋭角に跳ね、羊皮紙に赤い模様を作っていく。たっぷり二十分後、赤線の乱舞は終わる。


 八問不正解。


 それも、初歩的な計算ミスだ。値を入れ間違えたものがほとんど。明らかに結果が違うのは、使う計算式そのものを間違えたからか……いまやっと、魔術ミスの理由が判った。


 今まで魔術ミスをしてきた状況は、どれも時間的な余裕がなく、とっさの判断をするしかない場合のみ。思考には余裕がなく、心が凪いでいることなど一度もなかった。


 魔術師の基本だ。そんな状況では、魔術は感情に引っ張られる。

 普段は行う検算はできない。計算結果が狂っていれば、それを鵜呑みにして魔術は発動し、相乗効果で何倍もの威力になる。感覚的な側面が強くなってしまった時にありがちな制御ミスだ。


 それを防ぐには、平常心を保つか、ないしは、その場で計算する必要もないほどに演算をパターン化するかの二つだ。感覚任せは怖すぎる。


「……まだまだだなぁー」


 そう独り言ちる。達成感なんてない。こんなことは、できて当たり前なのだから。


 師であるミレーナも、ルナも、これを当たり前に使いこなしている。魔導士・魔術師を名乗る者として……いや、魔術を行使する者として最低限のスキルだ。制御が完璧にならなければ、戦闘では使えない。いざという時、仲間に誤射をしてしまう間抜けになる。


 もっと、特別な力でもあるものかと思っていた。


 漫画や小説なら、力のある者がこの世界に誘われるという流れが鉄則だ。それなら、自分にもそんな力があるのではないかと、そう考えていた。


 こちらの世界で考えれば規格外の力を秘めていて、少し修行をすれば何倍も強くなる。こちらの住人では太刀打ちできないような怪物だって、その力でねじ伏せる。英雄視され、そのうち元の世界に帰る。


 現実は、そんなに甘くなかった。


 魔術の修行は、ことごとく躓く。模擬戦では、樹を殺しかける。もし、実践になったとしたら、いまの状態ではいざという時に限って晴香は使い物にならない。これで上手くいっているというのなら、魔術なんか願い下げだ。


 落胆が、焦燥感が、積もり続けているのが自身でも解った。今のままでは足手まといだということも、樹には迷惑しか掛けられないということも分かっていた。


 もしかしたらこれは、嫉妬なのだろうか。

 初歩魔術すら使えない樹が戦うのを見て心がもやもやとするのは、妬みなのだろうか。


 自分はこんなに頑張っているのに、まったく前に進まない。それなのに、魔術が使えない樹がどんどん先へと進んでいく。頑張れば頑張るほど、その差は開いていくように感じてならない。自分には何が足りないのか。どうして、使えない樹が先なのか。


 魔術が使えないという、デメリットの塊なのに。


 ――性格悪いなあ……。


 チクリと、心に針が刺さる。

 ため息をつく。どうしようもなく、自分が嫌になる。失敗を棚に上げて、順調に進んでいる樹を疎んでいる心があることに気が付き、もやもやはさらに大きくなる。想い人にこんな感情を抱いていたことが、何より面白くなかった。


 はっきりわかった。これは嫉妬だ。

 自分ができることができないにもかかわらず、ずっと先へと進んでいる樹に対する、汚い嫉妬だ。それは、晴香が最も嫌う感情のひとつ。互いに不和しか生むことのないと、経験で解っているからだ。


 このままこうしていても、その感情は消えないだろう。押し殺すことはできるかもしれないが、そんなことをしていても解決にはならない。いつか、爆発してしまう。


 もっと、頑張らなきゃ。


 樹が驚くくらい、一緒に肩を並べて、戦えるくらい強くならなくては。願わくば、ひとりでも守れるくらいに。


 そうなりたいなら、嫉妬なんかしている時間はない。


 その時間は無駄だ。何の生産性もない。そんなことを考えるくらいなら、すこしでも修行をしなくては。魔術を自由に使えるように、訓練を重ねないと。


 頑張らないと。


 もっと、頑張らないと。



 ◇◆   ◇◆   ◇◆



 熱い。身体が、焼けるように熱い。


 火で炙られているわけでもないのに、なぜだか、身体中の神経という神経が悲鳴を上げている。立ったまま、何度意識を失っただろう。身体を炙り続ける痛覚が、落ちる意識を叩き起こす。気絶という手段すらも、取ることを許さない。


 手足の感覚がない。指一本すらも、動かした実感がない。


 オレの身体は、本当に存在しているのだろうか。もしかしたら、オレはとっくに死んでいて、ここは地獄なのではないか。


 いや、そんなはずはないか。

 触角が消えても、聴覚がマヒしていても、目には薄暗い洞窟が映っている。まだ死んでいない。立ったまま――ということは、オレはまた、気絶していたのか。


 ああ、いま、何をしていたんだっけ……。


 この痛みを取ろうと回復薬を探る左手が、何度も空を切る。視界左前方には、真っ赤に熟れた肉の塊。そうか、左手がないのか。だったら、この痛みにも納得がいく。


 あれ……? 何でオレは、こんなことになってるんだ?


 痛みのせいで覚醒してはいるが、思考回路はもうズタボロだ。もう何も考えられない。数時間前の記憶すらも、思い返すことができない。


 ぼんやりと、前を見る。


 前には、いろんな生き物が合成されたような、良く解らない怪物。そいつが、オレの腹に剣を突き立てている。


 …………。

 ………………………。

 ………………。

 ………………………………そうか。


 思い出した。

 オレは、勝てなかったんだ。

 オレが使える手札を投げうって、大切な人と自分の命までもを燃料にして。それでも、勝てなかったんだ。


 もう少し早く、対策を取れば勝てたかもしれない。だけど、いまさら言っても遅いか。


 勝てなかった。オレたちは、目の前のこいつに勝てなかった。


 だけど……、


「……………………ケッ」


 何もかも、お前の思い通りにさせるか。


 このまま、黙って死ぬような物分かりがいい人間じゃない。最後の最後まで、徹底的にあがく。それがオレのやり方だ。

 この勝負――、


 引き分けにしようぜ。


 ◇◆   ◇◆   ◇◆


「――――――カハッ⁉」


 目が覚めて、それが夢なのだと理解するのに、少々時間を要した。


 鼓動が鼓膜にまで響く。ドクン、ドクンと、血管を血液が流れる音が脳を揺さぶる。身体が痛い。夢の中でのあの痛みが、まるでこっちの世界のことのようだ。


 腕を動かす。右手を這わす。掌が、左腕の感触をしっかりと知覚する。よかった、腕は取れていない。あれは、夢だ。


 そう自覚すると、痛みがゆっくりと引いていくのが解った。肌が痛みではなく、触覚と冷たさを知覚する。そうだった、ここは、迷宮だった。


「…………?」


 刹那、脳内を電気が走った。半強制的に、夢の光景が脳内に投影される。

 薄暗い洞窟、特殊鉱石でできた硬い地面、独特の光を放つ発光石……。


 この光景はもしかして、


「…………ここ、なのか?」



 ◇◆



「よく、俺が動くのを許してくれたな」


「こちらにも、思い当たることがあったからさ。君の話だけで判断したのではないよ」


 夜に行われる、キャンプ地周辺の周回警備。本来ならば、ここに俺たちが参加することはあり得ない。そして実際、俺たちは加わっていない。


 ふたりの足は、別の方向へ。迷宮の、さらに下の階層へと向かっている。

 さらに下層へ、迷宮の一点を目指して。


「なあ、どうやって隊長を説得したんだよ。普通なら、単独行動なんか絶対無理だろ?」


「たしかに、僕以外だったら、単独行動は認められなかっただろうね。いくつかの理由があってのことさ」


「理由って?」


「ひとつは、純粋な僕の戦闘能力。自分で言うのもなんだけど、僕は強いんだ。今回みたいな試験を行えるのも、僕が付いているからっていいう事実が理由の一つになっている」


「他には?」


「あとは、僕の特権さ」


 特権? そう首を傾げた俺を見て、レオは口を開く。


「僕には、精霊が視えるんだ」


「……精霊?」


 精霊とは、あの精霊だろうか。

 思念を持った、大自然のエネルギー塊。高位のものは任意の形に姿を変え、知性を持ち、言葉を話すという、あの精霊だろうか。

 その答えに、レオは頷いた。


「昔から僕は、精霊に好かれているみたいでね。彼らに助けられて、命を拾ったことは一度や二度じゃない。もっとも、今回は声が聞こえただけだけどね」


「声……」



「この奥に、化け物がいる」



「…………」


「精霊は、嘘をつかない。そんなことをする理由にはならない。――自分が死にかけているときにはね」


 本当に死ぬわけじゃないんだけどね。そう言った顔は、苦痛にゆがんでいた。わずかに唇をかみしめ、鎧がわずかに余計な音を立てる。短い付き合いだが、いままでのレオにはなかった表情と仕草だ。そしてその言葉も、教科書の知識がベースになった声色には聞こえない。どちらかと言えば、自分の経験。そこから導き出した、自身の見解。


 今まで、何度もこういうことがあったのだろうか。


 他人には聞こえない、精霊の声が聞こえる。喜びも声も、もちろん、その悲鳴や断末魔も。

 だけど、それを聞こうがどうしようもない。自分は何もしてあげられないのに、恩恵だけを享受する。拒もうとしても、聞こえてしまう。


 そんなことが、あったのだろうか。


「……君は、どうなんだい?」


 どう答えたらいいものかと、一瞬だけ逡巡する。


「俺には、精霊の声は聞こえなかった。ただ……夢で、見た。ここと同じ光景を」


「おそらく、それも精霊の仕業だよ。僕も何度かある。直接話せないほど弱い精霊は、夢の中に干渉するんだ」


「へぇ……」


「それに、君は精霊に好かれる体質みたいだね。君の周りには、精霊が舞っているよ」


 結局、隠さずに打ち明けることとした。そしてレオによれば、それも精霊の仕業に入るらしい。加えて、初耳な情報が聞かされる。


 曰く、俺は精霊に好かれる体質だということ。理由は解らないが、それによって得られる恩恵はかなり大きいということ。そして、雨宮のような四属性が扱える魔術師たちには、精霊はあまり近寄らないということ。近寄りすぎると、自身のエネルギーまで使われてしまうのだという。


「――――っと、分かれ道だ」


 不意に、道が二つに分かれた。

 どちらも、入り組んでいて先なんて見えない。おそらく、どちらかは罠。どっちを選択するかによって、俺たちの状況は大きく変わる。


 選ぶなら、どっちだろうか。


 記憶を手繰る。薄れかけているあの夢の世界を、無理やりに引きずり出す。あの状況に至る前の記憶、そのどこかに、この道があるはずだ。


 なぜなら、この分かれ道に来るまでの道中は、()()()()()()()()()光景だったのだから。


「……右」


「奇遇だね。僕も右だ」


 精霊が視える青年と答えが一致する。そのことが、俺の思考回路から迷いをそぎ落としていく。

 右、左、次はまっすぐ進むと敵とエンカウント。言葉にすれば、その意見は寸分狂わず一致し、そちらを選べば何も起こらない。事実、進み始めて早に十分。まだ俺たちは、剣すらも抜いていない。


 そして――、


「「ここだ」」


 声が、完全に重なる。


 暗闇が、そこにはあった。


 手元の光を飲み込み、それでもなお俺たちを引きずり込もうとする虚無がそこに口を広げていた。ミレーナの書庫で経験したあの魔法陣と同等……いや、それよりも何十倍も質が悪い。そして、俺は確信する。


 間違いない、夢で見た場所は――ここだ。


「精霊が、やかましいほどに叫んでいるよ…………君たちは、もう下がりなさい」


 後半は、精霊を気遣ってのことだ。レオが俺に目配せをし、そして頷いた。多分、レオの言葉に従って、精霊は逃げていったのだろう。


「精霊はなんて?」


「この先に、化け物がいるって。君は?」


「オレも、夢の中じゃそうだ。それと、この先も夢の通りなら……出てくる奴は最悪の野郎だ」


 薄笑いを浮かべる。のち、レオの顔に緊張が走る。

 足を上げる。それは、地団駄を踏むためではなく前に踏み出す意志が込められたもの。


「いいね? 様子見だけだ」


 震えが走る、覚悟を決めたその身体を、


「解ってる。――――行くぞ」


 常闇へと、投げ出す。


 刹那、


 ――何か……居る!


〝黒〟が、不自然にうごめいた。

 カサカサという正体不明のささやく声が、部屋の真ん中辺りに集まっていく。その音はどんどんと大きくなり、それに比例して黒はどんどんとその動きを活発化させていく。


 …………ポゥ。


 そんな音がして、壁からむき出しになった発光石が自身を燃やし始める。


 ポゥ……ポゥ……ポゥ……


 ひとつ付いたらまたひとつ。それがすんだら今度は二つ。明かりの数はネズミ算式に増えていき、瞬く間に闇を払拭する。

 明るくなっていく、部屋の真ん中――、



 怪物が、そこにはいた。



「あれが……ッ」


「やっぱり」


 困惑、驚き、そして妙な納得。俺たちの間には、相対する感情が生まれていた。


 ベースは、おそらく狼。だが、その身体は二足歩行を可能にしており、さらに付け加えれば何の動物が混ざっているのかすらも完全には把握できない。合成に合成を重ねた巨体。その身体は、いたるところが崩れかかり、そして靄に包まれ修復を繰り返している。


 身体には、無数の武器。それも、身に着けているのではなく身体に埋め込まれているのだ。


 もはや、生物と呼ぶには失格とさえ思える見た目。それでも、あいつは動いている。


「……よう、さっきぶりだな」


 《ヴィンセント・コボルバルド》


 キメラの怪物が、俺たち二人に咆哮を上げた。


物語が、大きく加速し始めます。

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