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異世界幻想曲《ファンタジア》  作者: 紅(クレナイ)
第一章 『アルトレイラル(迷宮編)』
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第1章ー18 「積る焦燥感」

 ――地球歴 六月十二日――


「始め!」という声とともに、負荷をかけていた右足で地面を一気に蹴りに抜く。同時に、俺の身体が信じられないほどの加速度を帯び、前へと飛び出す。土塊が舞う。冗談では済まされない衝撃が足全体を駆け巡る。だが気にしない。この状態ならば、この程度はまだ許容範囲だ。


 肉体強化――身体中のオドを活性化させ、身体能力を大きく高める。これを使ううちは、常人の数倍から数十倍の運動能力が発揮できる。俺が訓練の末手に入れた、唯一の戦闘手段だ。


 前方の雨宮が、口を動かしているのが目に入る。詠唱を唱えているのだ。時間にして三秒、詠唱破棄にすら匹敵するほどの短時間。雨宮が口を閉じた瞬間、


 足元が、ぐにゃりと軟化した。


 ――足場崩す気かっ。


 上手い手だ。近接戦闘において、足場の状態は戦況を大きく左右する。そして、俺たち近接型が苦手とするのがぬかるみだ。踏ん張れないし、何よりも近づけない。近づけなければ俺に勝ち目はない、雨宮の独擅場だ。


 足がぬかるみにはまる前に、速力が落ちてしまう前に、少し多めにオドを練り身体能力を向上させる。そのまま踏み込み、土が固化するほどの衝撃を与えて一気に駆け抜ける。


 そのとき、


「……ッ、痛つぅー……」


 ズキンと足に痛みが走る。今度は許容範囲を超えてしまったようだ。練りこむオドの量を減らし、身体能力を少しだけ落とす。


 肉体強化――これはあくまで、身体能力を高めるだけ。肉体強化とは言うけれども、筋肉の強度が比例して強化されるかといえばそうでもなく、せいぜい二倍の負荷に耐えられれば御の字といったところだ。骨などはもっての外。既に構成されたものの強度が上がることはまずありえない。


 故に、これは諸刃の剣だ。上手く使えばこの上なく頼もしい能力。だが加減を間違えれば、その刃は俺の方へと容赦なく牙をむく。


 今度は、風の魔術が放たれる。向こうの世界では上級魔法だった《ウィンド・ショット》だ。バスケットボール大の大気の玉が、うっすらと視認できるほどに圧縮されている。死にはしないだろうが、破裂すればかなり痛いだろう。あれを喰らえば、そこで俺はおしまいだ。


 はじかないように、斬らないように、目を凝らしながら大気の境界を選別し、ぎりぎりで回避する。そうれにしても嫌な撃ち方をしてくる。すべて避けようとすれば、かなりのスキが生まれる。

 もしかしなくても雨宮のことだ、当たることを想定してはいないのだろう。きっと本当の狙いは、俺をこんな体勢にすることだ。


 刹那。


 右肩が、何かを遮ったような感覚を感じ取った。右肩に、わずかながらだが熱のようなものを感じる。そう、例えとしては、温風を遮ったときのようなイメージが近い。


 いままで何度も感じて学習している。これは、雨宮の魔術通過線だ。


 肩をずらした数秒後、「ひゅっ」という音が耳元を通る。すぐ後ろで、ばしゃんという水が弾ける音。いまのは雨宮の魔術――《アクア・バレット》だ。殺傷能力はそれほど無いが、瞬間発動が可能な使い勝手のいい魔術。当たってしまえば、敵に致命的なスキを生む。当然一発だけということはなく、まっすぐこちらに向かってくる水弾を、引き延ばされた時間感覚の中で脳が認識する。


 弾く。弾く。致命打となる通過線を通る水弾だけを、刀で逸らし攻撃方向を変える。一発受けるたびに、右手には痺れにも似た衝撃が走る。しかもそれは、数秒腕を包み込み、感覚を鈍らせる。すぐに引くことがない。弾けば弾くほど、痺れは右手首から切って下全体に蓄積していく。


 そして雨宮の狙い通りなのか、俺の動きは雨宮に対して縦ではなく横の平行移動。雨宮の周囲をぐるぐると不細工な円を描きながら回ることしかできない。雨宮が一定距離を保てるように弾幕を張っているのだ。


 ひと際大きな衝撃が腕を襲う。思わず刀を取り落としそうになる。完全に足が止まり、思わず鋭く舌打ちする。


 また、いつものパターンだ。

 しっかりと弾幕が張られ、まともに近づくことすらできない。雨宮に近づくことができなければ、近接戦闘型の俺は勝つことなんてできない。

 刀を握った右手を、左手で乱暴に包み込む。


 このままじゃジリ貧だ。右腕の痺れが限界になれば、刀が弾き飛ばされてしまう。そして痺れが蓄積されている以上、それはいつか必ず訪れる。対して雨宮のオドは常人の三倍以上、痺れが取れるより前に向こうのスタミナ切れはあり得ない。このままじゃ、負けるのはまた俺だ。また、雨宮との差が開いていってしまう。


 弾幕が納まり、砂煙が晴れる。雨宮の周りには水弾ができており、向こうはいつでも発射可能のようだ。不用意には近づけない。

 不意に生まれた拮抗状態。これ幸いと脳みそをフル回転させる。


 雨宮は攻撃を撃ってこない。おそらくは、俺が踏み込んできたところを返り討ちにするつもりなのだろう。近ければ近いほど、雨宮の攻撃は当たりやすくなる。


 だったら――、


 前方の景色を、注意深く観察する。よく目を凝らせば、先ほどと同じ空気弾が大小合わせて十個。雨宮近づくにつれ直径が大きくなっており、四分の三ほどの位置が最大。それより内側には小さなものが二つ。俺がそこまで到達したら、問答無用で破裂させにかかるのか。そして、直前の小さめなものを目くらましにして自分は離脱か……。


 いいだろう。その勝負、


 乗ってやる。


 身体を限界まで縮め、バネの様に跳躍する。均衡が破られ、雨宮からの攻撃も再開される。それをはじきながら、雨宮と俺を結ぶ直線上に空気弾をはさむ。


 雨宮の水弾が空気弾に直撃する。少し小ぶりながらもすさまじい音と衝撃波をまき散らして空気弾が破裂する。再び、別の空気弾を射線上に挟む。今度は、先ほどのような攻撃は来ない。そのまま撃てば無駄に空気弾を消費するだけだと、雨宮が学習したのだ。


 別の空気弾へ、別の空気弾へと、近づくごとにそれらを射線へ挟み込む。移動の最中にはお返しと言わんばかりの水弾が浴びせられる。それを弾きながら、雨宮との距離を当初からやん分の一まで詰める。


 そろそろだ。雨宮が距離をとる。ミレーナに教わった通り、詰められた距離を再び引き離すために、大玉を炸裂させるはずだ。そのとき、俺の動きは完全に止まり、小さな小弾の影響で雨宮の痕跡は消える。それをさせてしまえば、また勝負は振り出しだ。そんなことさせるわけにはいかない。だが、それ以外のことはさせてもらえないだろう。ならばどうするか。

 相手の狙ったことでありながら隙を作る。そんな方法はひとつしかない。

 至極簡単だ。


 相手が望む結果を、こっちが作ってやればいい。


 目の前に肉薄した空気弾を飛び越えるように跳躍する。そして、足元へと来た空気弾に向かって――、


 黒刀を叩きつけた。


 発生するはずの暴風と衝撃波が、雨宮の予定とは全く別の方法で実現する。予想外の行動に雨宮の追撃は止まり、俺の姿は土煙に包まれる。雨宮からは、俺の姿は見えることはないだろう。


 だが、()()()俺からは良く見える。

 土煙が数秒遅れて到達する上空では、雨宮の姿は良く見える。俺がいた方向に向かって弾幕を張っている。そうだろう。なぜなら、普通攻めてくるならばそっちなのだから。頭上から襲てくるなんて、瞬間的に予測できるとは思えない。現に今、雨宮の意識はこっちに向いていない。


 上向きの速度がゼロとなり、自由落下が始まる。ちょうど雨宮が霧掃いの魔術を使って視界を確保したところだ。当然そこに俺の姿はない。


 雨宮の身体がビクリと跳ね、顔がこちらを向いて俺の姿をとらえる。しまったとでも言いたげな表情が浮かび、雨宮は詠唱を始める。だが、風魔術を使うにはいささか難しい状態だ。これだけ連発すれば、即時発動が売りの風魔術といえども、少しのタイムラグが生まれる。それまでに、雨宮の近くに剣戟スキルを叩き込めば勝ちだ。


 握っていた刀を、もう一度構え直す。刀にオドが込められ、大気のマナが干渉作用により純粋なエネルギーへと変質していく。青い粒子が零れ出し、大気中を蛍のように舞う。


 そのとき、


 雨宮の目が、大きく見開かれた。同時に背中が、燃えているように熱を帯びる。とてつもなく嫌な予感がガンガンと警鐘を鳴らし、思わず背後を振り返る。


「――――⁉」


 言葉を失う。


 真っ赤だった。


 まるで、すぐ背後に太陽があるのではと錯覚するほどに、視界全体が真っ赤だった。

 それが、雨宮の作り出した魔術だと認識するのに、数舜の時間を要した。なぜなら、火属性の魔術は使用禁止だったから。火属性は加減ができない。もし俺に当たってしまったら最悪死ぬという理由から、雨宮は使用禁止を言い渡されていたのだ。


 おそらく、とっさに使ってしまったのだろう。大気のマナ濃度、風魔術の連続行使、その他諸々のデータからはじき出された結果がこれだったのだろう。ただし、使用禁止というセーフティーが抜け落ちてしまっていた、それだけだ。


 ――ヤバい……ッ


 理性と本能が、同時に叫んだ。

 いま俺は空中だ。俺の身体に力を加えられるのは重力だけ。だが、自由落下だけじゃ逃げきれない。すなわち、


 この攻撃は避けられない。


 とっさに顔を覆う。受ける面積を最小限にすることを選び、避けることを諦める。これでもう、雨宮の攻撃には対処できない。だが、そうするしかない。


 このまま模擬戦を続行すれば、俺は身体中大火傷だ。いくらこの世界にポーションという回復薬があるとはいえ、この模擬戦は、リスク度外視で突っ込んでいくにはさすがに値しない。そこまで覚悟は決められない。いくら考えても、成功するビジョンが、自分がヒーローになっている場面が想像できない。これじゃあ、何をやったって成功しない。


 火球が破裂する前に、目一杯息を吸い込み肺を膨らませ、そして呼吸を止める。目が熱でつぶれないよう、刀は放り出し両腕で顔を覆う。


 火球が纏うマナの残滓が、不自然な挙動をする。


 それは、俺がこれまで見てきた魔術の発動の兆候と酷似する。


 火球を見たのは一瞬、だがこの感じからして、破裂まで一秒もないのかもしれない。


 火球を見てからここまで、体感時間は一分。しかし実際には一秒もないだろう。何度味わっても慣れることがない。不思議な感覚だ。


 刹那、


 ズンッ!

 衝撃が、突然腹部を襲う。激しい横向きの加速度が一気に加えられ、俺の身体は左へと吹き飛ぶ。同時に、身を焦がすほどの熱は急速に遠ざかっていく。


 ノーガードだった腹への衝撃で、肺からは空気が強制的に叩き出される。突然のことに思考が追い付かず、思わず腕をどけて目を開けてしまう。


 地面が見えた。それも、ちょっとした速度で右から左へと駆け抜けていく地面だ。地面ではなく俺が動いていると理解するのに、これまたコンマ数秒。このまま落ちれば骨折する――それを身体がようやく理解し、受け身の体勢をとる。


 再び衝撃。

 何も考えることなどできず、ただただ地面を転がる。幸いにもなんとか受け身は成功したようで、感じるのは身体全体に帯びる鈍い痛み。頭を打ったわけでもないようで、危険な痛みはどこにもない。不幸中の幸いか。


「――ぷはッ! おえぇッ。ハーッ、ハーッ、エホッ」


 激しくむせかえる。息は吐けるが吸うことができず、軽いパニックに陥る。鉄棒にぶら下がっていて背中から落ちた時に感じるのと同じ感覚だ。胃の上にある、呼吸器官をつかさどる神経がやられたのだ。苦しい、だが吸うことができない。


「神谷くん‼」


 酸欠の所為か、雨宮の声が遠くに聞こえる。かと思えば、すぐに身体が起こされ背中がさすられる。


「とりあえず、一回息を止めて。これ以上無駄に空気を出さないで。治るのに一分もかからないから」


 そう声をかけるルナに、腕を上げることで大丈夫だという旨を伝える。少しそのままにしていれば、突然息が吸えるようになる。新鮮な空気をむさぼるように、せき込みながらも無理やり肺に入れる。


「悪い、大、丈夫。…………落ち着いた」


「水置いておくから、少し飲んで。私、向こうに行ってるから」


 腰から水の入った水筒を外し、ルナは俺を一人にする。向こうでは、雨宮が珍しくミレーナから怒られている。チラチラとこちらに視線を飛ばしているものだから、傍から見てもこちらを心配しているのがまるわかりだ。手を振って、大丈夫だと言外に伝える。こくりと頷き、雨宮はミレーナの話へと注意を傾ける。それを確認して、俺は水をあおる。


「……また負けた」


 また、俺の負けだ。


 あの状況では、あの魔術が最適だろう。それを俺は予想していなかった。模擬戦だからと、軽視していた。これが実践ならば、あの時点でもう負けていたのだ。


「模擬戦だから」そんな言葉は言い訳にならない。実戦と限りなく近い状態で行うのが、本来の模擬戦だ。もし今回の模擬戦が実践だったとしたら、ミレーナたちの助けがなかったら、間違いなく俺は死んでいた。そう断言できる。


 これではダメなのだ。こんな状態じゃダメなのだ。


 肉体強化も、まだかろうじて使えるという段階に過ぎない。複雑な戦況になると、たちまち力加減を間違えてしまう。判断を見誤る以前に、自滅してしまう危険すらも伴う。そんな様子では、強い相手が出てきたときに対応ができない。そのこともまた、このイライラに拍車をかける。


 心の靄が、少しずつ大きくなっていく。これじゃダメなのにという焦りが、それを大きくしていく。だが、それを解消する唯一の方法は俺が成長することのみ。いまの状態では、とてもじゃないが安心できない。つまりは、この気持ちを解消させる手段が現状存在しない。


「――――クソッ」


 小さくつぶやいたその悪態が、聞こえた者は誰もいなかった。


ここ最近、リアルが忙しいわ納得いくものが書けないわで少し短めです。申し訳ありません。今回は切りのいいところを見つけてここで切ることにしました。次回は、ボリュームを戻せるように頑張ります。

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