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異世界幻想曲《ファンタジア》  作者: 紅(クレナイ)
第一章 『アルトレイラル(修行編)』
15/45

第1章ー15 「ハプニングと、突然の再会」

 二度と会うことはないと思っていたのだ。

 もう一度失ってしまうことなど、どうして考えられよう。


 

 遠くから、鉄を打つ小槌の声が聞こえる。炉がうなりを上げ、熱風を吐き出しているのが見ていなくてもわかる。その影響が扉をいくつも挟んだこの部屋にすら届いてくる。室温が、本来のものよりも微かに高いのが肌で感じられる。


 鉄を打つ音は、時に速くときに優しく、それでいてどこか規則的だ。自分がやったところでこんな旋律は生まれない。長い経験――それこそ百年に近い熟練のカンが織りなす奇跡の音楽だ。それに合わせ、手は規則的に、繊細な作業を実行している。


 歯車を選び、軸を選び、湾曲度合いを考慮して組み合わせる。曲がっているから全てが使えないわけではない。きちんと相手を選んでやれば、からくりはまた別の動きで役割を果たしてくれる。親方に任されている信用ある者の仕事だ。


「…………止まったか」


 遠くから響く旋律が終わった。鳴りやまぬ拍手のように、頭の中で音の残滓がこだましている。どうやら、すっかりあの音の虜となってしまったようだ。親方の作業が終わったのなら、ひとまず休憩としよう。


「よっこらせ」と腰を上げ、凝り固まった間接に喝を入れる。バキバキという子気味良い音がし、可動範囲が少し広がる。吊るしてあった接客用前掛けに取り換え、部屋から退出する。前掛けには竜の紋章――この鍛冶屋の職員のみがつけることを許された戦闘服だ。


 扉を開けたそのとき、客が入ってくる店内へとつながる通路の先に、初めての来店と思しき女の子の姿が目の隅に映った。くるりとUターン。進路を休憩室からカウンターへと方向転換する。接客も大切な仕事のひとつだ。


 ポケットからネームプレートを取り出し胸に着ける。これを着けていると、客からの評判がいいのだ。どうやら、学生時代のアルバイトの経験が役に立っているらしい。


「いらっしゃい」


 初めての来店に戸惑う少女へ、ニコリと笑みを浮かべ――、


「修理カウンターへようこそ。どんな修理をご所望で?」


 ◆◇   ◆◇   ◆◇


 ガクンッと身体が大きく揺れる。心地よいまどろみの中から、意識が現実に引き戻される。途端、聴覚が周りの喧騒を一緒くたに拾い始める。


「着いたよ、神谷くん」


「……うぃ、サンキュ」


 寝起き特有の倦怠感を味わいながら、もぞもぞと身体を起こす。長いこと座ったまま寝ていたためか、腰の骨が痛く尻の感覚もない。イテテと知りをさすっていると、肩がつかまれ優しく揺さぶられた。


「起こして悪いな、少年」そう言ったのは保安官と思わしき格好をした男性で、俺の荷物を持ったまま「悪いが下りてくれ。町に入るための審査だ」と告げた。

 未だぼぅっとしている頭が、出る前のミレーナの説明を思い出す。


「……ああ、そっか。身元証明書ですよね?」


「あれば助かる」


 バッグを探り、一枚の純白紙を取り出す。ミレーナが俺たちのために書いてくれた身元証明書だ。書類によると、俺たちはミレーナの親戚という扱いらしい。


 ……全くの嘘っぱちだ、大丈夫なのだろうか。


 雨宮と俺の書類を受け取った保安官が、その文面を読み込んでいく。嘘っぱちである事を解っているため、心の中で冷や汗を流す。


「「………………」」


「――よし、いいぞ。ギルドで身分証明書を発行しておいてくれ」


 紹介状とともに、証明書が返される。雨宮とふたりほっと息をつき、ぐるりと町を囲む巨大な石壁に空いた歩行者専用通路から中へと入る。


 入ってすぐに、市場が俺たちを迎えた。

 大きな道沿いに設営された大小さまざまなテントからは、果物・野菜・雑貨・傷みやすい肉類などが我先にと存在を主張している。そしてそれは、道が途切れる前方まで続いていた。おおよそ、二百五、六十メートルはくだらないのではないか。


「ここが……」


 ネット通販が盛んとなり市場の存在が消滅し始めた現代の日本では、あまり見ることのない光景だ。雨宮もポロリと言葉を漏らす。俺も雨宮も、その賑わいに圧倒されていた。


「ようこそ、貿易中継都市セルシオへ」


 ◆◇


 セルシオは少し特殊な町らしい。普通の町には、市役所の他に王国兵士の駐屯施設が必ずある。それは他国からの侵略に対応するためだ。だが、ここセルシオにはその施設はない。その役割を、冒険者ギルドが担っているのだそうな。


 冒険者ギルドのイメージは、数多あるラノベを思い浮かべると解りやすい。どこの国にも属さず、永久中立と相互不可侵条約を結んでいる施設の総称だ。


 その歴史は長く、史実上の設立は四百年前とされている。

 長きにわたる戦争の最中、疫病が蔓延し治安は急激に悪化――町が次々と消滅していった。それを阻止しようと《ギルド・レーグ》という人物が立ち上げたのだ。


 派兵によって医者のいなくなった町に、薬草学が使える者を集めてまずは病院棟を創る。働き口のない物に施設設営と薬草集めをさせた。盗みを働く悪党には食事という対価を払って味方に引き込み、町の警護を。また、そこで個別に仕事の依頼を受注できるように調整もした。


 いまの時代には当たり前となっているその方法は、当時実に画期的なものだった。食糧配給を担っていたギルドの人脈がフル活用され、実現不可能とまで言われていた大規模な組織構築はわずか三年で確立された。


 彼の管轄する地域の死亡率は、他と比べて四分の一にまで減少し、戦時中にもかかわらず各国が組織誘致を行った。税収が低下すると国力が落ちてしまうからだ。ギルドはそれを『永久中立・戦争利用と政治利用の拒否』という条件でのみ認めた。


 反発するかと思われた近隣諸国は、意外にもほとんどがこの条件を全面的に呑み組織を歓迎した。実は、ほとんどの国がぎりぎりの瀬戸際状態であり、これ以上は地方防衛に兵を割くことができず、かといって税収の低下は死活問題というまさに解決不能な問題を抱えていた。もうなりふり構っていられなかったのだ。


 こうして、たくさんの町が大戦の終了まで持ちこたえた。彼の死後、その感謝を示して組織名は冒険者『ギルド』となった。この街に兵がいないのは、貿易中継都市故に各地から集まる優秀な冒険者が、冒険者ギルドを主体として町の防衛を行うという構造ができているから。《外注戦力》とでも言えばいいのか、中継都市だからともいえる不思議な組織構造だ。


「十八番の方ー、二番窓口へどうぞ」


 と、ギルドの歴史を読みながら待っていた俺たちの番号が呼ばれた。カウンターへ向かうと、赤毛の女性がにこやかに座っていた。歳はおそらく二十代前半というくらい。置かれていたネームプレートにはレーナという名前がある。レーナは俺たちに頭を下げた後、ルナの方を向いた。


「いらっしゃい、ルナちゃん。ひさしぶりね」


「こんにちは、レーナさん。無理言って担当してもらってすいません」


「いいのよ。ルナちゃんわがまま言わないから、お姉さん少し嬉しかった」


 その言葉に、ルナの顔が少しだけ赤くなったような気がした。いままでにない表情でルナがはにかみ、それをレーナがからかう。ルナが頬を膨らませる、レーナが笑いながら謝る。俺たちに見せることのない油断しきったルナは、誰が見ても歳の離れた妹だった。


「さてと。この子たちがルナちゃんの言ってたふたり?」


「はい。一応身元不明の扱いなので、ギルドに登録だけでも」


「確かに、ちょっと大きいけど規則上は孤児という扱いにできるわ。何かミレーナ様からは預かってる?」


「この書類です」とルナが密封された封書を渡す。レーナが蝋を割り中身を取り出す。


「………………っ」


 その表情が、微かに曇ったような気がした。


「……事情は分かったわ。それじゃあ、審査は問題ないわね。そのまま登録に行きましょう。イツキくん、あなたはこっちに来て。ハルカちゃんはあっちに」


「窓口お願いしまーす!」と奥に声をかけ、《closed》の札を立てる。レーナが立ち上がり、俺を手招きする。別の職員に連れられる雨宮とは反対の方向へとレーナは進む。すぐ近くの壁にある扉の中へと俺を導いた。


「座って。いまから手続きを済ませちゃうから」


 促されるままに座った俺に、レーナが一枚の紙を差し出す。


「そこに名前を書いて。あと、そこにある注意事項もよく読むこと。文字が読めないなら私が代読することになってるけど、どうする?」


「いえ、大丈夫です。読めます…………鍛えられたので」


 遠くを見つめながら答える。無意識に、乾いた笑い声が漏れた。ルナとミレーナのスパルタ教育で、俺たちはなんとか日常生活で使う位の語彙力は養うことができた。

 というより、雨宮は瞬間記憶まがいのチート技を持っているから、ほとんどスパルタは俺に向いた。それからご想像の通り、文字の練習はまだ続く。多分……、これからもずっと。


 苦笑するレーナに気が付き、意識をこちら側へと戻す。そして、書類の内容を読み込む。できるだけ理解しやすいように簡単に書かれていたのだろう。内容を理解するのはそれほど難しいことではなかった。


 不用意な殺し、盗みなどの法を犯す行為はたとえ冒険者であっても禁止、有事の際は近くの冒険者ギルドの協力をすること。他国の密偵であった場合や、ギルドを政治利用・軍事利用するようなことがあった場合は制裁措置が下るということ。といった禁止事項。それから、冒険者ギルドの簡単な構造やクエストの受注の仕方といった特権とルールについてのことだった。


 何も抵触するようなことはなかったため、同意の欄にチェックを入れてその下にサインをする。それをレーナに渡す。


「……ねえ、イツキくん」


 書類を受け取ったレーナが、神妙な顔をして口を開いた。


「あなた、自分がどういう身体なのかは知っているわね?」


「はい。魔術も魔法も使えない体質だってことと、あと、回復薬の効きが悪いこと」


 レーナが頷く。その目は、だったら解っているな? という言葉を隠すこともせずに語っている。


「あなたのオドは、少し特殊なの。白魔術の適正はあるみたいだけど、肝心の発動する機関があなたのオドにはないと思ってくれていいわ。それから、回復薬が効きにくいっていうことは、一刻を争う場面――戦闘では命とりよ。無理だけはしないようにね」


「承知してます。それに、命懸けるような性格じゃないですよ、俺は」


 必要に迫られれば、命を懸けることもするだろう。だけど、それは俺の望む手段じゃない。戦う前に、その道へと進まないよう全力で細工を施すのがいつもの俺だ。


 命を懸けて必ず助かると保証されているのは、空想世界の主人公だけ。そんな割に合わないことを、するはずがない。これは臆病なのだろうか、それとも利口なのだろうか。

 その返答に安心した様子で、レーナは神妙な表情を笑みへと変えた。


「そう。じゃあ属性の検査もしなくていいし、次で最後ね。この水晶玉に意識を集中させてオドを練ってちょうだい」


「…………テンプレ?」その呟きは聞こえていなかったようで、レーナの表情には変化はない。出されたのはこぶし大ほどの大きさの丸い水晶玉。説明によると、オドの変質量によって左右される大気のマナの変化量を測るのだとか。


 光が強いほど使えるオドの量が多いという何とも簡単な判別法だ。と言っても、数値化されるわけではなく完全に目算での判断なので、あくまで参考にするというだけらしい。


「思いっきりですか?」


「そう、思いっきり。できるだけ瞬時に。これは機密情報扱いになるから、どんな結果が出ても変な連中に話が漏れることはないわ――」


 ――すごいで……ハ…カさん‼ 四属…に加えてこの魔…量な…て! す……才能……ないで……か‼


「……すごい、声ですね。向こうの部屋」


「はぁ~~~……あの娘は本当にもう…………」


 げんなりした様子で、レーナは頭を抱える。そのまま、こめかみをぐりぐりと押している。リアルに頭が痛くなったのだろうか。


「……一瞬で信用崩れちゃったと思うけど、やってくれる?」


「秘匿は?」


「ちゃんとする」


「了解」


 言葉に従い、水晶玉に手を当てオドを練る。

 イメージは、吹き荒れる嵐を体内に閉じ込めている箱を、一部分だけ開く。できるだけ瞬間的に、できるだけ小さく。そうすれば、吹き出る勢いは段違いになる。

 箱を収縮させ圧力を上げる、開く栓の場所を水晶に当てた右手になるよう調整する。


 ――……いま‼


 刹那、


 オドが瞬間的に変質する。慌ててマナが調整を行い、部屋中のマナが異常なほど活性化する。水晶玉に閉じ込められているマナまでもが、その存在を変えていく。瞼を閉じていても、自身の存在が危うくなるほどの光が迸ったのを感覚的に感知した。


 ピシッ!


「…………⁉」


 という破砕音が耳に届いた。目を開けてみれば、目の前には明らかに異常な発光をする水晶玉が。もうオドを練ってはいないはずなのに、その輝きが治まることはなく、ますます光を強めていく。オドを練った時とはまた別種の光――ねっとりとまとわり付くような青い光が水晶玉の中で怒り狂っている。


「いけない‼」


 それに対するレーナの反応は早かった。

 もうどうにもならないとすぐさま判断し、両手を前に突き出し小声で詠唱を唱える。


「《氷よ(レーヴェ)》‼」


 引き金が引かれ、大気のマナが一部強制的に形を変える。どこからともなく霜が出現し、水晶体を覆い始める。数秒後、水晶はその倍ほどある体積の氷によって完全に覆われていた。レーナがほっと息をつく。


 だが――、


「あ! ちょっと⁉」


 俺はレーナをわきに抱えて一目散に部屋の外へと走り出した。突然の行動にレーナが悲鳴を上げるが、そんなことを説明している余裕は今はない。


 師匠であるミレーナから、教わっていたのだ。昔この世界でも、地球でいう大砲が開発を進められていた。だが、火薬の開発が上手くいかず、こちらの世界の研究者は別のものを使った。


 それこそが、いま目の前にある高純度のマナを内包する水晶体。限界までオドを変質させれば、とてつもない大爆発を起こす。だが、そもそも爆発させるだけで戦略級魔術に相当するオドを練らなければならず、器である砲身もそれに耐えきれなかった。コストと効率面の両方からこの計画は凍結されたのだ。


 その反応こそが、いまここで起こっている『マナの融解反応』。急速に変質し、互いが反発する力を持ち合わさってしまった時に起こる大爆発。


 扉を足で蹴り開く。外にはすでに登録を終えた雨宮と待っていたルナの姿。


「雨宮! ルナ! 水‼」


 そう叫ぶ。そこからの二人は実に速かった。


「「《水よ(マルス)》‼」」


 詠唱破棄で放たれた大量の水が、濁流となってしまったドアにぶち当たる。その間、約五秒。


「《氷よ(レーヴェ)》‼」


 そこに、レーナがさっきの魔術をもう一度ぶつけた。水が瞬時に凍りつき、さっきとは比べ物にならない量の氷塊が扉とその周辺の壁を覆う。瞬く間に、巨大な氷壁が部屋と俺たちを隔てた。


 瞬間、


 向こうの部屋で、何かが弾けたのが解った。

 気が付いた時には、氷壁に大きな亀裂が。すぐ後に刺すような衝撃が身体を襲った。意図せず転倒、俺の上にレーナの身体がもろに乗っかる。ぐえっと、肺の空気が押し出される。


 轟音、爆発。


 部屋の水晶玉は、向こうの部屋の一切合切を吹き飛ばした。


「「「………………」」」


 時が止まった。

 レーナもルナも雨宮も、そしてギルドにいた職員・冒険者たちも、一切の言葉を発することができなかった。ただこの状況を、理解できずに眺めていた。


「…………うそん」


 馬鹿なことを言う先で、ルナが青ざめた顔をしている。そして雨宮は、やっちまったかとでも言いたそうな様子で、顔を手で覆い天を仰いでいた。


 ◆◇


「ホント、すいませんでした……」


「そんなに落ち込まないの」


「イツキがああなることなんて誰にも解らなかったし、わざとじゃないんでしょ? だったら気にしても仕方ないって」


「でもさあ……どうすんのあれ」


 気晴らしに買ったアイスクリームのようなものを舐めながら、現実逃避をするわけにもいかず頭が痛くなる。この痛みはさっきの騒動故か、はたまたこのアイスクリームのせいか。

 雨宮たちも、俺の質問に顔を見合わせ微妙な表情を作る。これから先のことを考えた所為か、腹まで痛くなってきたような気がする。


 あの爆発の後、ギルド内は当たり前だが騒然となった。腕の立つ冒険者たちが飲んでいた酒を放り投げ武器を取り、臨戦態勢となる。事情を知らないギルドの職員も、襲撃だと思ったようで反撃の用意をしてしまった。


 部屋を軽々と吹き飛ばしたような犯人に、次は我が身かと、漂う雰囲気は弛緩した賑やかなものから張り詰めたものへと瞬時に代わってしまっていた。どの冒険者の瞳も、酒が入っているとは思えないほど冷静に、狙う首を探していた。


 人間固有の能力とされているもののひとつに、空想がある。現実世界では起こりえない出来事さえも、脳内では自由自在。物静かな見た目の男子が、頭の中では大乱闘していたり、可憐で清純とさえ思われている聖女の脳内が、実はとんでもないことになっているという事態が起こりえるのは、その能力があるからだ。


 あのときは、誤解だと説明する立場のはずの職員たちも、盛大に向こう側のテリトリーへと傾いていた。空想ができる《人間》が、いまの状況を分析して俺を犯人だと思い込むことなど実にたやすいだろう。あの状況で出ていけば、俺は血祭りにでも上がられていたのではないだろうか。


 衝撃から立ち直ったレーナの判断で、俺たちは避難という形をとって裏の扉から追い出されたのだ。もうしばらくはあの場所に近づくことすら禁止されている。というか近づきたくもない。

 本当に、どうやって弁償しようか……。


「ま、まあ、それはいま考えても仕方がないじゃん。私たちは次の目的を消化しようよ」


「頭、痛ぇー……」


「気にしない、気にしない。地図とお金は持ってる?」


「あ、それはわたしが持ってる。次は武器屋だっけ?」


「そう。武具店に行ってお互いの装備を揃えてきて。その恰好じゃ、卒業試験は厳しいでしょ? 自由に使っていいお金もあるから、途中で何か買うといいよ」


「いまさらだけど……他人のお金を使ってる罪悪感が凄い」


「そう思うなら、稼げるようになって返したまえよ。ハルカ氏」


 本当に気にしていないような様子で、俺を置き去りにし会話が続く。

 弁償だったらどうしようだとか、出入り禁止になったらどうするかとか考えないのだろうか。というか、さっきまで俺たち三人は似たような表情をしていたのに、この切り替えの早さは何なのだろう。女子はみんなそうなのだろうか。もしかしたら、感情・表情・行動の三つと、思想とは全く別駆動で動いているのだろうか。昼ドラのあれは、フィクションではなかったのか。


「ルナは、どこかに行くの?」


「私も、ちょっと野暮用があるから。終わったらこの場所に集合ってことで。ミレーナさんの書面を出せば少しは安くなるはずだよー」


 そう言って手を振ったルナの姿は、あっという間に人ごみの中に飲み込まれていった。


「……それじゃあ、わたしたちも行こっか――って、まだ気にしてるの?」


「なあ、雨宮」


「?」


「もしかして、大っ嫌いな人の前でも……俺が知ってる雨宮?」


「それはない」


「…………そうか」


「え? なになに? 本当にどうしたの?」


「いや、何でない」


 ただ、雨宮は俺の知る機械(女子)じゃないのだと安心しただけだ。


 ◆◇


 メインストリートの出店屋台は、本当に多種多様だ。日本では見られないような骨董品に、皮がはがれた生の肉、魔法陣を刻み込んだアクセサリーと、いくら見ていても飽きることはない。横では雨宮が瞳を輝かせ、しきりに出店を観察している。そういう俺も、自分で自覚してしまうほど、だいぶ興奮していた。しかし、俺はどこか冷静にいまの状況に感心していた。


 こうして雨宮の隣を歩くことにだいぶ慣れてしまったなあと、感心に加えて少し驚いてもいる。


「あ、あっちにもアクセサリー屋さん!」


「それはいいけど、道、このままでいいのか?」


「大丈夫。あと三本先を右だから。迷子になるようなヘマはしないって」


 そう言って、はしゃいだ様子を隠す素振りもなく、雨宮が少し先に見えたアクセサリー屋へと早足で進みだす。その後ろを、俺も早足になり追従する。あの楽しそうな表情に、少しだけ口角が上がる。


 いま思えば、久しぶりに二人っきりで並んで歩いた相手は、雨宮だったかもしれない。それまでも、母さんや父さん、それから葵、それぞれと二人で歩いたことはあったが、あれからそんな機会はなくなった。雨宮に誘われるまで、自分から距離を縮めることなんてなかったからだ。


 面倒くさいからとかそういう理由じゃない。ただ怖いという、何とも腰抜けな理由だ。ガキのくせに変な悟りを開き、それをいまでも引きずっている。そんな俺が、よく雨宮とお近づきになれたものだ。


 それは、一緒にいても反射的な拒絶反応がなかったからだろうか。


 理由も解らないし、そもそも自分でもどんな部分が拒絶反応を引き起こしているのかいまだに言葉にすることはできないが、雨宮にはそれがなかった。それよりもむしろ、初めて会ったようには感じないほどの安心感を感じた。そうだ、親しくなるというよりも、もうすでに構築されていたいつかの関係に戻った……そんな気持ちになっていたんだと思う。


 初めてであったはずなのに、なぜだかあの関係が壊れることの方が怖かったような気さえする。


「ねえねえ、これなんかどうかな?」


 そんな俺の回想は、雨宮の声で遮られた。雨宮の手には銀色のブレスレットが握られており、二対でひとつなのか、そのリングには同じものが通され鎖のようになっていた。


「雨宮って、けっこうシンプルなのが好きだよな」


「好きって言うか、わたしにはあんまりはっちゃけた物は似合わないって自覚してるだけだけどね。それに、傷ついちゃったらもったいないし」


 確かに、雨宮はもともとシンプルなデザインをしたアクセサリーをつけていた。派手系ストラップの類も買わないわけではないのだが、着けているのを見たことはほとんどない。それも、着けているのはほとんどが銀色の系統だ。


 他の女子が色々試していた中、雨宮だけが我を貫いていたためどうなのかとは思っていたが、後から聞くに、落ち着いた雰囲気が女子からも支持されており男子からはそこも魅力の一つとなっていたらしい。その部分は、俺も大いに賛同だった。


「で、どう思う?」


「いいんじゃないか? 丈夫そうだし、雨宮の雰囲気にも合う気がする」


「……そっか。じゃあ、神谷くんの感性を信じて、これを買うことにします」


「ちょっと待て、似合わなくても責任取らないからな!」


 ぎょっとし、止めようとするが時すでに遅く、俺たちの会話が終わるのを待っていてくれた老婆に向かって、雨宮がもうすでに話しかけていた。俺の意見を聞いてから、決断までのその間わずか五秒。


「すみません。この腕輪が欲しいんですけど、ひとつもらえますか?」


「そいつは、その二つで一組さね。バラ売りはしとらんよ」


 そう言った見た目八十近い老婆が、カカカと笑う。キラリと、雨宮が持っているものと同じものが老婆の左手首にも収まっていた。


「料金は腕輪ひとつ分さ。豪奢な装飾はありゃせんが、丈夫で、あんたらにゃよく似あう。お前さんの旦那の見込み通りだ」


「「旦那⁉」」


 いきなり言われたその言葉に、俺たちの声が重なった。


「おや? もしかすると違ったかい?」


「ちっ、ちち違います‼ わたしたちはそういう関係じゃなくてっ、えーと、あのー、そのーっ」


「付き合いが長い相棒です! 男女の関係じゃないです!」


「ありゃ、そりゃ失礼」


 言われてみれば、俺たちの距離間は友達というには少し近い気もする。いやだが、他の連中にはもっと近しく見えるような態度をとる者たちもいたわけで、それを考えると近くもないような気がする。しかし、この老婆にそうみられたということはもうそういう風に周りからは見られていると考えた方がいいのか、どうなのだろう……………。


 必死に否定する俺たちをしり目に、老婆が楽しそうに笑う。だがそのあと、少し申し訳なさそうな表情を浮かべ口を開いた。


「だけど済まんねぇ、お二人。そういうことならこいつは売っちゃやれない」


「もしかして、結婚指輪みたいなもの……だったりしますか?」


「その通り。これは誓いの腕輪さね」


 雨宮からブレスレットを受け取り、懐かしそうに目を細めて老婆が語りだす。


「大昔、私らの故郷での風習さ。結婚をしたとき、夫婦が互いにこれをつける。たとえ死んで時が経とうとも、またお互いが巡り合うという誓いを込めてね」


 雨宮の視線が、俺の視線が、老婆の左手首に向く。正確には、その手首をくるりと囲っている銀色の金属腕輪に。老婆がなぜそれをつけているのか、いまようやく理解した。そして、その相手が今どうなっているのかもぼんやりと。


「? …………ああ、こいつのことかい」


 俺たちの視線の先にあるのが、自身のブレスレットだと気が付き老婆が笑う。


「想像の通りさ。私の旦那はもうここにはいない」


「そう、なんですか……」


「私がお嬢ちゃん程ん時に結婚したのさ。あの人は細工師でね、こんな腕輪なんかを作ってた。あの人が作って、私が店で売って。気まぐれにここでも店を開いて。あの人の金属細工は、それはそれは良く売れたもんさ」


 話を聞いていただけでも解る。旦那さんがどんなに素敵な人だったのか。二人がどれほど愛し合っていたのか。死別し、旦那の姿が無くなって、しかしそれでも愛し続ける。どうしようもないほど切なく、胸が苦しくなる。


「素敵な、旦那さんだったんですね」


「誰もがうらやむほど、私たちは愛し合っていたさね。もちろん、私は今もね」


「いいなあ………………本当にうらやましい」


「お嬢ちゃんも、すぐにいい人が見つかるさね」


「いたとしても、振り向いてくれるのかな。わたしに」


「それは、お嬢ちゃんとそいつ次第だね。じゃあ、私は心配ないに賭けとこうか」


 そうしてくださいと、雨宮が笑う。雨宮が老婆から視線を外すその一瞬だけ、老婆の目が俺を見ていたような気がした。


「お嬢ちゃんに似合う落ち着いたものなら、この首飾りはどうだい? 私たちの故郷で伝わるまじないの陣を編み込んである。ほれ、小僧さん。真ん中の石の色を選んでやりな」


「は、はい。えーっと……」


 結局、俺が選んだ色はサファイヤ色の鉱石がはめ込まれたもの。老婆によると、その石には危険予知のまじないが編み込まれているのだとか。そして、腕輪を売ってあげられないことへのお詫びとして、金額を半分にしてくれた(雨宮はもちろん断ったが、結局押し切られてしまった)。


 案の定、雨宮は迷うわけでもなく俺が選んだものを即決した。信用してくれるのは気恥ずかしいよりもうれしさが勝るが、もし似合っていなかったらどうするつもりだったのだろう。信頼が重い。


「武具店を探すなら、看板の小さい店を探すといい。大きいのは観光用だからね。ぼったくられるよ」


「ありがとうございます。おばあさん」


「まいど。さあ、閉まらんうちに行った行った」


 丁寧に礼を言い、雨宮が人ごみの中へと歩き出す。俺もそれに続こうと足を踏み出す。

 その時、


「…………?」


 ついて行こうとした俺の手を、老婆がつかんだ。当然足を止める。雨宮の姿が、視界から消える。


「――お前さん、想いは後悔せんうちに言うのをお勧めするよ」


「やっぱり、気づいてたんですね」


「そりゃそうさね。だてに六十年売り子してるわけじゃあない」


 雨宮に向けたものとはまた違った笑みを、老婆が浮かべる。感じた印象としては、懐かしいものを見たような、そんな印象。


「あの娘はいい娘だよ」


「解ってます」


「多分、お前さんの気持ちにも気が付いてる」


「それも、解ってます」


「お前さんも、あの娘の気持ちを解ってるんだろう?」


「…………確証はありませんが」


 もし、俺が雨宮に想いを伝えたら――そんなことを考えたこともある。雨宮からは、直接言われたことはない。だけど、俺に対する態度から、なんとなくだが察しがついている。これで間違っていたらかなりの笑いものだが。


 俺の感じていることが正解なら、雨宮は断らないと思う。多分、笑って受け入れてくれるんじゃないかと勝手に予想している。


「どちらかといえば、そっちとは別の問題なんです」


 問題はそんなことではない。いまの俺が、その未来を頑なに拒絶しているのだ。


 頭でわかっていても、心が受け付けない。もう二度と起こらないと知っていても、それ以上の関係になることを本能が拒絶してしまっている。完全に、色恋に悩む以前の問題だ。近づきたいくせに、これ以上踏み込むのを恐れてしまう。そのくせ、離れて行ってしまうことも恐れている。どっち付かずで自己中心的。卑怯だとすら思ってしまう。


 そう思っていても、できないことはできない。それが何よりもどかしく、自分でも腹立たしい。


「そうかい」


 意外にも、老婆はあっさりと引き下がった。俺の言葉に腹を立てる様子もなく。ゴソゴソと商品棚の下を探っている。


「私の旦那も、おんなじことを言ってたよ。私にはそれが最後までわかりゃしなかったが、男ってのはそういうもんだろ?」


「そう、なのかもしれませんね」


 苦笑しながら、そう答える。そう言われてみれば、男とはそんな生き物かもしれない。女子に負けず劣らず面倒くさい。そのベクトルが、女子には理解できない方向なだけで。そんな部分にも、お互いが惹かれるのかもしれない。


「まあ、そんな旦那でも私と結婚してくれた。その悩みが解決することを祈ってるさ」


「お願いします」


「ほれ、これを持っていきな。おまけだよ」


 唐突に、老婆が何かを取り出し俺へと差し出す。それは、金色の糸で縛った手のひら大の布の塊。形が崩れないよう、中には金属板のようなものが入っている感じだ。握りこんでもその形が崩れることはない。


「……これは?」


「お守り。お前さんが自分で悩みを解決できるように、それから、少しだけ手助けできるように」


 これも多分、彼女の故郷に伝わる何かなのだろう。よく見てみれば、《お守り》には刺繍がされており、見方によっては色んなものとして見れないこともない。そして金糸が絡まり、それはなぜか、見たことはあるが思い出せない何かに見えてしまう。とても不思議なお守りだ。


「……ありがとうございます」


「礼はいいさね。さあ、あの娘を探しに行きな」


 一礼し、ポケットにしまって歩き出す。人の波に乗り込むと、あっという間にその場から流されていく。


 ――あなたによく似た子だよ……ジュート


 彼女の声で、微かにそう聞こえた気がした。


 ◆◇


 雨宮はすぐに見つかった。というのも、どうやら俺を見失ってしまったため道の端で待っていたらしいのだが、例のごとくチンピラ風の集団に声をかけられていたのだ。

 ただのチンピラならば今の雨宮の敵ではないのだが、一人で突っ立っていた雨宮の身を本気で案じるというただの善意だったため、雨宮も強くは拒絶できなかったのだ。


 ◆◇


 ――ちょっと、あの、本当に大丈夫ですから……!


 という雨宮の声が路地から聞こえ、何かに巻き込まれたかとその場所に走り出す。「雨宮!」と少し声を張り上げ路地裏に飛び込んだ俺が見たのは……


 チンピラ集団に囲まれるようにして真ん中で顔を真っ赤に染める雨宮という、なんとも不思議なもの。雨宮には背を向けているため、危害は加えようもない。危害どころか、むしろ雨宮を護衛するSPのような印象さえも受けた。


 目に映る、どう考えても配役ミスだろうと突っ込みたくなる光景。


「…………どゆこと?」


 そんな言葉が出たのは、仕方なかったはずだ。


 ◆◇


 俺が来たことで、彼らは相好を崩し雨宮から離れていった。人さらいが頻繁に起こることから心配されての、ただのおせっかい。そのときの状況に大笑いし、雨宮に少々キツめの仕返しをされたことはここでは割愛する。


「結局、どこに行ってたの?」


「あの婆さんに呼び止められて、これ渡された」


 お守りを取り出し雨宮に渡す。文科系の書籍を読み漁っていた雨宮にはその知識があったようで、あの老婆の説明を補足してくれた。


「これはお守りの一種で、相手の安全とか、願いの成功を祈願するものだったと思う。このお守りの中に、何か相手が必要になると思った品物を入れるんだって」


「へえー……けっこう硬いけど、何入ってるんだ? これ」


「開けちゃだめだよ。ボロボロになって壊れて出てきたときに初めて、その品物を使うんだって。開けると効力がなくなるって言われてるから」


 中身を空けようとする俺の行動を察し、雨宮が回り込んでくぎを刺す。それから、「神谷くんの行動は読みやすいから!」と、自慢気な顔をしてこちらを見る。なぜだろう、それが無性に癪に障る。


「…………中身見ないように開けて、俺も何か入れよっかな」


「そんな風習もあるみたいだけど……縁起の悪いものを入れるのはダメだからね? 何を入れるつもりなの?」


「さっきの写真」


「消して‼」


 取り出した端末を、雨宮が奪い取らんと手を伸ばす。そうはさせまいと、腕をくねらす。道の端では、そんな奇妙なケンカが勃発していた。一分近く取り合いしていた時だろうか。

 雨宮の手が、俺の端末を握ろうとしたその時――



「樹‼ 晴香‼」



「「⁉」」


 聞き覚えのある声が、背後から響いた。

 数週間前に、雨宮の次によく話した相手の声。忘れるはずもない、俺が兄のように感じた青年の声。


「「後藤さん⁉」」


 作業着のようなものを身に着け青年――後藤 竜也が、目を大きく見開き立ち尽くしていた。






申し訳ありませんでした‼ 昨日一時間後に投稿するつもりが、間違えて次の日のこの時間に……!

今後はないように気を付けます。今回と次回は日常回です。

※補足:ルナが「ハルカ氏」という発言をしていますが、現在の設定上この世界にはそのような表現は存在しません。晴香からそんな表現があるよと少し前にルナが聞いていたので、さっそく使ってみたという体での表現となっております。


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