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異世界幻想曲《ファンタジア》  作者: 紅(クレナイ)
第一章 『アルトレイラル(修行編)』
11/45

第1章ー11 「謎と挫折と嘘と罪悪感と」

切りのいいところで切ったので、少し短いです。近いうちにもう一本投稿できるように頑張ります。

 ――修行開始八日目、夜――


「はい」というルナの声と共に、目の前に小ぶりの皿が置かれる。皿の中には程よく火の通った色とりどりの野菜と、しっかり中まで火が入っている何かの肉が。そしてそれを、赤黒いルーがまとめて抱え込み、ひとつの料理として成立させている。


 有体に言えば、これはビーフシチュー擬きだ。

 匂いも、見た目も、日本のそれと全く変わらない。いやむしろ、下手な店よりもこっちのほうがおいしそうだとさえ思わされる。一度目の俺ならば、喜んで口にしただろう。事実している。


 だが、


「……はぁ」


「うへぇー……」


 食卓の雰囲気は――まるでお通夜だ。

 俺と雨宮、両者の口からこぼれたのはため息。もう食べたくない、その思いを言外に含んだ暗く湿ったため息。雨宮の目からは、すでにハイライトが消えている。数時間後に痛み出す腹部を、今から労わるようにやさしくさする。


 二度三度、この席の料理を口にしてしまえば、食べたいなどという明るい気持ちはサラサラ起こらなくなる。いっそのこと、餓死してもいいからとさえ思える。それほどに、この世界の料理は強烈なのだ。


「いや、その、本当に無理して食べなくてもいいんじゃない? 辛いならさ」


 ルナが、同情心に満ちた目で俺たちを見る。雨宮が、悲しそうな顔で首を横に振る。ルナの目つきが、死にかけの小動物を見ているような、いたたまれないものへと変わっていく。


「仕方ないって。……どうせ何食ってもこうなるんだし」


 俺もため息をつく。これほど憂鬱な食事はない。おいしい食事なのは間違いないのに、どうしてこんな思いを毎回しなければならないのか。もう一度、諦めるようにため息をつく。


 異変を感じたのは、昼食を食べてしばらくしてのこと。

 初めは、雨宮の顔色が悪くなった。会話をしても返事は途切れ途切れで、その返答も、話を聞いていなかったのかと問いただしたくなるほど全くの的外れ。いくら何でもこれはおかしい、そう思って雨宮にどうしたのかと強めに迫ったところ、


「…………お腹、痛い」


 決してこちらを向かず、一言だけその言葉を発した。よろよろとトイレに向かう雨宮を見ると(付き添いはすごい剣幕で断られた。まともに話せないほどつらいのに、それだけはすごい勢いで拒否された)、笑い飛ばすようなこともできず、ただただ心配げに見送ることしかできなかった。

 環境の変化だろうかと、一応ミレーナに相談しに行こうとした矢先、


 俺の腹も、激痛に襲われた。


 あのときの痛みは、想像を絶した。ハンマーで殴られるようなアレではなく、縄で延々と腹部を締め付けられるような、万力でぐりぐりと締め付け続けるような、あまり経験したことのない痛み。それは時間を経るごとに強くなっていき、とうとう俺もギブアップした。何とかしなければという強迫観念でトイレへとひた走り――、


 ――はぁ……。


 思い出しただけでも腹部がキリキリと痛む。心でため息をつき、忘れようと頭を振って視線をテーブルに戻す。


 そこから先、何があったのかは雨宮も俺も語るつもりはない。ルナもミレーナも、解っているさと言わんばかりな顔をして頷き、それから一度も話題にしない。俺たちも、あのときの記憶は無いものとして互いに了承している。本当に、何も無いったら無いのだ。話題にしてしまえば、双方がダメージを負う特大の核爆弾なのだから。


「じゃあ、行きますか」


 諦めて頬を叩く。軽い音を響かせ、えいっとひと思いにシチューを口に入れる。肉の味と野菜の風味が、強いルーにもかき消されずにしっかりと感じる。それでいて、ルーが負けているかというとそうでもなく、料理にしっかりと調和をもたらしている。俺も雨宮も、黙々と料理を口に運ぶ。


 この腹痛――以後、爆弾と呼称――の厄介なところは二つある。ひとつは、遅延性だということ。もうひとつは……


「はぁ……、おいしい」


 ぽつりと、雨宮が呟いた。不貞腐れたように、唇が動いた。俺も、無言でうなずく。


 もうひとつは、料理自体はすごく美味であるということ。


 そこら辺の店よりもはるかにおいしい、一週間の食生活でそれは確信している。ルナはそれを聞いて嬉しそうに礼を言っていたが、むしろ礼を言うのはこっちの方だ。料金を払わず、店以上の料理を堪能できるのだから。


 ちょっと高めの料金を払えと言われれば出し渋るようなことはしないし、例えそれでもこの料理を味わえるなら毎日その店へと通い詰めるだろう――爆弾さえ内蔵されていなければ……。


「なんかこれ、ズルい」


「幸いなのは、段々症状が治まってきたってことか……」


 それが、爆弾を食べ続ける所以。回数を重ねるにつれて、痛みの度合いがだんだんと低くなっているのだ。最初よりも二回目、二回よりも三回目、三回目よりも四回目……といった具合に。今では、食後しばらくチクチクとする痛みに耐えればいいまでに改善している。


「なんでだろうね?」


「胃が受け付けなかった、とか? 海外旅行でたまにあるだろ」


 そうは言ってみるものの、正確な理由は俺にも解らない。海外旅行に行けば食事が合わなくて腹を下す人もいると聞くが、それでもここまでひどいものなのだろうか。


 段々症状も治まっては来ているので、それが一番可能性が高いと言えば高い。まあ、異世界という世界線まで違うという海外もびっくりというところに来ているのだから、食事が合わなくて当然か。それを言ってしまえば、なぜ言葉が通じたのかが大いに疑問となってしまうが。


 何にせよ、食材の構成物質がきちんと身体に吸収される形であることに感謝すべきなのかもしれない。

 ……嫌なものは嫌だが。


 向かいに座るルナも、何か難しそうな顔をして口を開く。


「多分、何か毒素みたいなものがあるんじゃない? 私たちには大丈夫で、ハルカとイツキには毒素になる何か。じゃなきゃ、あんなに苦しくはなんないよ、きっと」


「食べることで、抗体ができた、と」


「そういうこと。だって、今はだいぶマシみたいじゃん、二人とも」


「おかげさまで。けど、最初のころは薬がなかったら本気でヤバかったな」


「あの時は本当にありがとう。薬まで用意してもらっちゃって」


「私はいいよ。採ってくること自体はそんなに難しくないからさ。調合してくれたミレーナさんに言ってよ。ちょうど向こうに行く用事もあったし」


 俺たちが倒れた時、ミレーナの慌てようはかなりのものだった。俺たちを見て固まり、怒鳴るようにルナへと足りない薬草を採ってくるように言いつけた。いままで彼女の冷静な部分しか見てこなかったためか、その姿が意外でもあった。そして、同時にとても嬉しかった。


 気にしない、そうルナが言うことは予測していた。ルナは結構サバサバしている性格だ。冗談抜きで、俺たちが迷惑をかけたと言っていることを迷惑だなんて思っていないし謝罪もいらないと思っているのだろう。本当に純粋なのだ。そこが、雨宮が心を許し、俺も変に遠ざけようと思わなかった原因なのかもしれない。


「無効に行く用事? そう言えば、ルナってちょくちょく出かけてるよね。何なの? 用事って」


「ああ、あれね」


 少し考えるような素振りをし、「ま、いっか」と呟いてルナが説明を始める。


「イツキとハルカが来る少し前からだったかな。この辺りで、魔獣が出始めたんだ」


「魔獣って、あの時のジャイアント・オークとかそのあたりってこと?」


「そう。あれ以外にもいっぱい。正確には、変な魔獣って言えばいい、のかな?」


 ちょっと待ってて、と言ってルナが立ち上がり、リビングにある本棚をあさる。たっぷり一分後、その中から一冊の本を抜き出してきた。


「これなんだけどさ」


 見せてきたのは、何かの図鑑。身を乗り出して眺めてみると、魔獣と思しきものたちが数十種類載っている。ルナが開いたページには、小ぶりの魔獣がずらりと並んでいる。さらに、そいつらからは矢印が出ており、その先には、先ほどの魔獣の面影をかろうじて残した生き物の絵が。


「……進化でもしたのか?」


「正確には変異」


「どういうこと?」


「この辺りで普通に見かけていた魔獣は、大半がこっち」


 そう言って、ルナは小さい方の魔獣を指でつつく。


「それで、最近になって多数目撃されてるのがこっち」


 今度は、大きな方の魔獣を指さした。


「つまり、今までいた魔獣が変異してきてる……ってことか?」


「ミレーナさんはそうだって言ってた。しかも、こいつらは凶暴だから人を襲う。私がでかけるのは、家の近くに来る運び屋の馬車を護衛と、結界の張り直し」


「なら、研究室にミレーナさんがこもってるのは――」


「それと二人との関連性を見つけるため」


 聞けば、俺たちのためというよりも、ミレーナが前々から気になっていたことを俺たちを軸にして洗い出しているだけとのこと。だから、変に迷惑をかけているなどとは思うなとミレーナから伝言を預かっているらしい。俺たちはそれを聞き苦笑する。つくづく、ミレーナにはお見通しだった。


「危険だから、早く戦えるよう頑張らないとね」


「そう……、だよね」


 それを聞き、急に雨宮が思いつめたような顔になる。マグカップを握る手には少し筋が現れていて、マグカップを強く握りしめているのが解った。その理由を、なんとなく悟る。


 この話題で、このタイミングで、抱える可能性がある悩みはひとつしかない。それ以外、この場で引っかかる悩みを俺は知らない。


 すなわちそれは、挫折。

 おそらく雨宮は、何か挫折をしているのだろう。何もかも初めて尽くしの一週間で、魔法が習得できるなんて思ってはいない。だがそれは、魔法の修行をやったことがない俺の見解だ。やった者にしかわからない何かがある、やった者しかぶち当たらない壁がある。


 進んでいるとか、ちょっと挫折中とか、そういう進捗などといったものは別にいい。だが、何に挫折しているのか、そんな具体的なことを俺から訊くことはしない。

 それを訊いたところで、本人の傷をえぐるだけだ。門外漢のくせにでしゃばるな、俺ならそう思ってしまう、そう断言できる。


 なぜなら、俺もいま、その壁にぶち当たっているのだから。


 それっきり、雨宮は口をつぐむ。言葉を探すように、視線が料理とマグカップを握る手とを行ったり来たりする。


「そういえば、あの、その……」


 突然、雨宮の言葉が詰まる。しかしその雰囲気は、さっきのような自分に向けたものではない。これは、他人に言葉をかけるか否かを逡巡しているときの迷い方だ。


「神谷くんはさ。どう、なの? 修行の、成果」


 案の定、雨宮が俺の様子を窺うように訊いてくる。その口調は、まるで腫物を触るように弱々しい。声に含まれている感情は、おそらく同情と申し訳なさ。正直言って、雨宮にこんな表情をされるのはかなり応える。


 ――でも、まあ仕方ないか。


 修行を始めたあの日のことが脳裏に浮かぶ。あのとき言われた言葉が深く突き刺さっている。決意を固めた者なら誰だって、あんなことを言われれば凹むはずだ。声がかけ辛いはずだ。心の中で瞬時に判断、それも仕方のないことと納得する。


「イツキ――、


 ――あなたは、魔術を使えない」


 ◆◇


 ――修行初日――


 かけられた言葉の意味を、脳が理解することを拒絶した。


「…………どういう、こと、だよ」


 かすれたような声が出る。足元が無くなったような感覚に陥る。俺を見つめる、ルナの複雑そうな表情が痛い。


「そのままの意味だよ。イツキは、魔法も魔術も使えない」


 ルナは、嘘もつかなければ誤魔化しもしなかった。ただ事実だけを、俺に伝えた。その方針は、ミレーナとよく似ている。だてに親兼師匠ではないわけだ。


「だけど、俺はあの時確かに魔法使ってたぞ!」


「あれは魔法じゃない。身体の中の魔粒子……魔力を直接相手にぶつけただけ」


 淡々と否定される。ルナが、ポケットから銀色の板を一枚取り出した。それを目の前で数回振り、俺差し出す。


「それ、覚えてるよね?」


「あ、ああ。適正がどうのこうのって……」


「そう。それは、どの属性の魔術に適性があるかを測るための試薬が付いた板。右から火、水、風、土、って属性が分かれてる。あとは別に、黒・白魔術っていうのもあるけど」


 十センチ定規大の銀板には、右上端に大きめの穴が。それには一本の溝が彫られていて、まっすぐ並んだ四つの穴にそれぞれ接続している。右上に血をたらせば、その溝に敷き詰めた繊維を伝って血が穴の試薬に行くようになっている。そしてミレーナの説明では、適性がある属性に対応する穴が黄色に染まるらしい。いま持っているのは、俺が昨日使ったもの。隅に俺の字が彫ってある。


「解るでしょ?」と、ルナが目で訴えかけてくる。俺はそれに、目を伏せることで肯定とする。


 試薬の色は、どこも変化してはいなかった。


 ミレーナに言われた説明を思い出し、握る手に力がこもる。「クソッ」と心の中で悪態をつく。


「……魔力はあるんだろ? だったら、魔法が使えないってことはあるのか?」


「ごくまれに、だけどね。詳しい原理は良く解らないけど、使えない人はいるよ。だけど――」


「戦えないわけじゃない……ってことか」


 ルナがそこで言葉を切る。そのあとに続く言葉は、嫌でも予想できてしまった。魔法が使えない俺が、オークの腹に穴をあけた。オークに致命傷ともいえる傷を負わせた。その事実だけは歪まないから。ルナは神妙な面持ちで大きく頷く。


「補助する詠唱が無いのと一緒だから、正直言ってかなり難しい。でも、イツキが戦いたいならそうするしかない」


「解ってる。やるしか、ないんだよな」


 お世辞にも、一歩リードとは言い難い。魔術すら使えない時点で、とてつもなく大きなデメリットを背負っている状態ともいえるだろう。


 それでも、やるしかない。


 どれだけ頑張ったところで、魔術の類は使えないのだから。生身の人間が飛べないように、無理なものは無理なのだから。手に入らないものに、いつまでも固執しているわけにはいかない。


「ルナが、教えてくれるんだよな?」


「そう。近接戦闘は私が担当する」


「早速だけどよろしく。何かヒントが欲しい」


「解った」


 持ってきた黒刀から、布を取り去る。こちらは刃のない刀身のため問題はないが、これは模擬戦。当然殺すための戦いではない。


 ルナの獲物は、普段使っているものではなく刃をつぶした双剣。これでも充分ハンデとなっている。だが、それでも簡単にあしらわれてしまうだろう。殺す気でかからなければ、ルナには一太刀も浴びせることができない。


「それじゃ、行くよ。用意っ」


「………………」


「始め!」


 俺が放ったらしい技、あの黒刀が青い光を放った攻撃。聞く限り、思い当たる節はひとつしかない。もしそれが使えるならば、白兵戦闘一本に絞る必要がある。当然死のリスクは大きくなる。だが、やるしかない。手探りででも、自分のものにするしかない。


 それが俺にできる、唯一の戦い方なのだから。


 ◆◇


 数秒だったか数十秒だったか。回想から戻り、手元に視線を戻す。こんな場合、一体どう言えばいいかと模索していた時、


 口が勝手に動いた。


「――結構順調……だと思う」


「そっか。すごいね。やっぱり」


 嘘だ、大嘘だ。

 俺の方は、まだ実践段階に行けるほど出来がいいものじゃない。いまでもルナには一勝もできないのだ。ルナは完全に加減しているし、実践まがいの戦術は使ってこない。カリバー・ロンドで白兵戦が主だったことが幸いし、なんとかギリギリ打ち合いができている状態だ。


 それなのに、変な意地を張った口は違う言葉を発してしまった。俺のちっぽけなプライドを守るためにしか役に立たない、割に合わない言葉。

 雨宮はその発言を疑うことなく、


「……本当に、すごい」


 小さく届いたその言葉。俺の心に、罪悪感が爪を立てた。


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