めっちゃ声いい百合・アフター
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これが二人が小学生の時の話
いつも穏やかな笑みをたたえて、誰にでも優しく頭もよくて運動もできるクラスの人気者。
芽神恵那がそんな風にチヤホヤされていることが不満だった。
というのは、別にあれに嫉妬しているわけでなく、恵那の幼馴染として、恵那を女神扱いするクラスメイトに『お前らアホか、騙されてるぞ』という気持ちが強いからだ。
確かに恵那は、良い奴だ。私が彼女を独占したいというのも事実で、昔は私にべったりしていた恵那が他の人と喋っているだけでモヤっとした気持ちになることもある。
が、そんな私の気持ちを含めても、嫌がる私を喋らせるために小学校の六年間を毎日毎日ストーキングしてきたアホが女神というのはおかしい。
高校にもなると、恵那に告白する男子も相当いた。彼女はそれを『野乃よりいい声の人でないと付き合いません』と鎧袖一触。なんだそれってなる。私は声だけか、とも思う。
要するに、凄い奴で凄いアホなのだ。
「野乃」
「なに」
ぴと、と背中から抱きしめられる。間に挟まった椅子の背中が妙に硬くて居所が悪い。少し悶えてみるけど、鎖骨を囲うように巻き付いた恵那の腕がそれを邪魔していた。
「寂しかったですか?」
「なんで?」
「私がいなかったので」
「自意識過剰」
そんな恥ずかしいことを素で言うようなところが、俗に言う天然ってやつ、要するにアホなところも人気の秘密なのかもしれない。
昼休みに呼び出された相手は、また男子だろう。下駄箱に入っていた恋文を私も目にした。それを見られた恵那は、いつもよりぎこちない、気まずそうな笑顔を浮かべていた。
「また断ってきましたから」
「随分モテて羨ましいわ」
「野乃も私にモテてますよ?」
「じゃ撤回、モテて損だね」
言うと、えーと恵那はショックを大仰に示した。私の軽口も何のその、彼女は私と一緒にいられることが嬉しいと思っているのだろう。
芽神恵那の存在は、むず痒いところにある。小学生の時はずっと私が嫌がるストーキング行為で、邪魔で疎ましいとしか思わなかった。
なのにたった一日彼女が休んで、彼女がいない一日を知って、私はこんな風に恵那に抱きしめられて、恵那の笑顔を傍で見ることが存外に嬉しいことに気付いてしまった。
そんな恵那が、中学高校でも変わらずそうしてくれることは、ふとした瞬間に体が熱くなるほど嬉しい。
学力も人望も私は彼女の足元にも及ばない気がする。高校受験の時だって恵那に勉強を見てもらって、死ぬほど頑張ってなんとか同じ学校に入学したのだ。これ以上ついていくことはできないだろう。
だから、恵那が私のことをどう思っているのか、気になって仕方がない。
かれこれ、十二年の付き合いにもなる。家族以外では断トツで付き合いの長い親友で、私はもう首元に頬をつける恵那の匂いを覚えてしまうほど。
恵那にとって私は何なのだろう。私より素敵な声の持ち主を見つけたら、恵那はどうするのだろう。
聞くかどうか悩んでいた。でも彼女と疎遠になるかもしれない今、もう聞かなければ堪えられない。
「恵那」
「はい! なんですか、野乃?」
「私より声が良い人がいたら、やっぱりその人と付き合うの?」
真横で、ぱちくり目が瞬く。表情が変わらないまま不思議な気持ちになっていることが分かった。
「いや、だってそう言って断ってるんでしょ? そういうことじゃん」
「えぇ……どうしましょう、野乃よりいい声の人なんていませんし」
「いないことはないと思うけど」
「なんでそんな、急に」
「で、どうするの。付き合うの、どうなの」
「…………どうしましょう」
私に聞かれても答えられない。それは恵那の気持ちだからだ。
悩んでいるということは、本当に考えたこともなかったのだろう。私をどれだけ特別扱いしているのか。私は普通の範疇だと思うけど。
いつもは二つ返事で野乃、野乃、と言ってくれる恵那が口籠ること自体、私にとっては芳しくない。これが普通と言えばそうだし、真剣に考えてくれる方が私としても有難いけれど。
「……考える時間を頂けますか?」
真面目腐った珍しい恵那の表情を、私はその時初めて見た気がする。
どんな結論を出すのか、どちらかと言えば私は安心していた。
今まで一度だって恵那が私の気持ちに反することがなかったからだ。彼女が初めて休んだあの日、あの時を除けば恵那はいつだって私の期待通りのことをしてくれる。
だからきっと、私と良い関係でいたいと、今のままが良いと言ってくれるだろう。
実際どうなるかはわからないけど、そんな気持ちでいてくれるだけで、私は良かった。
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なのだけど。
「これ読んでください」
と突然恵那に渡された手紙には、放課後教室で話し合いましょうという内容。
なぜ今話さないのか、と尋ねようにも、珍しく野乃はその日一日私に近づこうとしなかった。
私も、わざわざ人混みに押し入って野乃に話しかけるとか、他のクラスメイトと仲良く喋るっていうのが今も少し苦手だからしないけど。
放課後話すなら放課後話しましょうって口で言えばいいのに、何故手紙なのだろうと少し思案するも、その時はすぐに来た。
「で、なに?」
「私、野乃に話さなければいけないことがあります」
「うん」
「好き!」
「知ってるけど」
やっぱりいつもの恵那だった。思えばいつも振り回されている。
昔は、それはもう物理的にわちゃもちゃしていたけど、最近はどうも心を揺さぶられているようだ。
恵那が私をどう思っているかを、知りたくて仕方がない。
まあ、恵那は変わってないみたいだけど……。
「でもですね、野乃に言われて気付いたことがあるんです」
どこか穏やかな表情の恵那は、噛み含めるように胸に手を当てて、しかと私の目を見た。
「野乃が……嫉妬して、私に嫌悪の目を向けてきたことでわかったんです」
「え、そんなの向けてないけど」
「あの時の野乃の目、小学生の時の嫌がって毎日逃げる野乃と同じ目をしてました」
マジで? と尋ね返そうかと思った。あの時は本当に嫌がってたけど、今はそうじゃない。単純に気になったからだ。
「別に、そんな嫌がってのつもりは……」
「それであの時の気持ちに気付いたんです。やっぱり野乃が大好きなんだって。こう……嫌そうな目を向けられるとゾクゾクして」
「えぇぇ」
マジか。マゾか。嫌がられている方が嬉しいみたいな気持ちはちょっと引く。ちょっとというか、やっぱり恵那に女神はおかしいという気持ちがこみあげてくる。
ただ、妙に納得するところはあった。恵那は常に私の気持ちを無視して自分がしたいようにする子だった、それは変わってないんだ。
「それで本題ですけど、私は野乃と付き合うことにしました」
「……えぇぇぇ?」
「付き合ってください」
「いや……無理じゃない?」
というか話が飛び飛びだ。論理が飛躍している。相変わらず何を考えているのか、どういうつもりなのかよく分からない。
ただわかるのは、やっぱりきっと恵那は私のことが大好きなんだろう、ということだけ。
「無理でもいいんです。野乃くらい好きな声をしている好きな人と付き合うのが、私にとって一番いい事なんです。野乃がダメで嫌がっても私は野乃と付き合います! 嫌なら嫌で、昔と同じですし、それはそれで良いものですよ」
そうだったなぁ、と私も昔を思い出す。こいつはいつも私なんかお構いなしだった。それなのに楽しそうで、幸せそうで、見てるこっちまでなんだか妙にこそばゆくなる。
そんな恵那だから、私もいつの間にか好きになってた。
「じゃあ一方的な恋人ということでまずはギューッとしますね!」
真正面から抱きしめられるのは、そういえば初めてかもしれない。いつも背中から体当たりされるみたいに絡まれるから。
恋人、と言う言葉には少し夢見たこともあった。ロマンス……、少女の淡い夢で、その相手が恵那というのは締まりが悪いというか、少し期待外れかもしれない。
だけど、すごく安心できる。私が嫌だと思っても、いつか嫌じゃなくなる。恵那がそうさせてくれるから。
「私も、好きだよ」
恥ずかしいから、耳元でこそっと呟いた。
その瞬間、突然バッと恵那が体を離した。
驚いて顔を見ると、そんな私の百倍は驚いている恵那が顔を真っ赤にしていた。
「え……え……え……ののっ、ののがっ! みみみみみ耳元です……ひゃああああっ!」
いてもたってもいられなくなって走り出す。そんな子供みたいな動作を目の前で繰り広げられた。
教室に鞄を置いたまま、一体どこまで走って行くのだろうか。
教室で一人、私は二人分の鞄を持って彼女の後を追いかけることにした。