嵐が来ました①
娘がいるなんて、俺は聞いてないぞ。
「え、待って、モモの子なの?」
「そうだけど。」
「結婚してるの?」
「してないけど。」
「1人で育ててるの?」
「いや、叔母さんと叔父さんも助けてくれてる。」
「いや、そういうことじゃなくて…」
「ていうか玄、行くなら早くして。」
モモは淡々と答える。
特に大切じゃないことかのように、淡々と。
ていうか俺、行っていいの—?
スーツを着ながら思った。
「モモ、俺行っていいの?」
へ?そう言いながら本当にそういう顔をした。
「なんでダメなの?」
モモは、本当にわかっていない。
「いや、お父さんとか、大丈夫?」
「え?なんの話してるの?」
うん、いや、これは俺が悪かった。
「娘さんの、お父さんとか、来ないの?」
「うん、ああ、ていうか本当急いで。」
うまくかわされた、気がした。
2人で地下駐車場に降りて行くと黒のボクシーが停まっていた。
OLで、マンション最上階に車って…どんな嬢ちゃんなのかと思いながらモモの運転する車に揺られた。
車の中で娘さんどこにいるの?と聞いたら
「サチ。叔母さん家」とポツリと答えた。
「本当俺、行っていいの?」
「ここまで来て何言ってんの」
確かに。正論だ。
「サっちゃん、サチちゃん、びっくりしちゃわないかな」
サチちゃんと言いたいのに、チがうまく発音できずに[サっちゃん]になる。
「サチで良いよ。まぁ、大丈夫じゃない?私、良く会社の人泊めるし。流石に男は初めてだけど。」
あははははっ。
いや、その言い方、全然シャレになんないからやめてほしい。
叔母さん家とやらについた。
どんなお嬢様の家なのかと思いきや、ごく普通の一軒家だった。
表札には[ 真野 明弘 柊子 ]と書いてあった。
あ、あの着信の[シュウコサン]ってこの人だ。
すぐにわかった。
ピンポーン ピンポーン
「はい?」とも何も言わずすぐにドアが開いた。
「ママぁー」
サチがモモに飛びつく。
モモもすかさず
「サチー!」
そう言って抱きしめる。
そして、モモの後ろにいた俺に気付く。
「あんた誰」
か、か、可愛くねー!!
「ママ来たねー」
そう言って出てきたシュウコサンとやらも俺に敵意の目を向ける。
「あんた誰」
口には出さなかったけど顔がそう言っていた。
「あっ、えっと、友達の…」
しどろもどろする俺の言葉を遮ってモモが言う。
「困ってたから拾った。一緒に住んでる。」
うわっ、やったな、お前。
事実を言うなんて、一番ダメなやつだろ。
これ俺もう罵声浴びせられるだろ…
「あら、そう。初めまして。叔母の真野柊子です。」
あまりに意外な言葉に驚いた。
「あ、はぁ。羽柴…玄です。」
頭が理解するのが追いつかなかった。
「サチ、お着替えするよー、ただいまー」
と、俺を玄関に置いてモモはズタズタとその家に上がって行った。俺はどうすれば良いのか。
「ゲンくん、上がって上がって」
柊子さんの言ったその声に救われた。暖かいリビングへ通された。
サチとモモは二階で着替えているのだろう。
時々「可愛いねー」とか「きゃー」とかそんな声が聞こえてきた。
俺はリビングで柊子さんの淹れてくれたココアを飲む。ココアというのがなんだか心がほっこりした。
「サチとあの子のこと、これからよろしくね。」
ん?ん??これからって、何?
「あの—」
「ん?」柊子さんが身を乗り出して聞いてくれる。
「サチの父親って—?」
え?という顔をしたあとにフッと笑った。
「あの子、何も言ってないの?」
何もって、何?
「サチの存在も、今朝、先程知りまして…」
ぶっ、ははははは。柊子さんが笑って、いやぁー、あの子らしいわー。そう言って息継ぎが苦しそうなほど腹を抱えて笑う。
何が面白いのか、さっぱりわからない。
「ゲンって、どうやって書くの?」
突拍子も無い質問。ガラッと話題を変えられた。
「玄関の玄です。」
「ハシバは、羽柴秀吉の?」
「あ、そうです。」
「私は、真実の真に野原の野、ヒイラギに子供の子で真野柊子」
うん、ごめんなさい知ってた。
「は、はぁ」
「サチは、桜に一十百の千で桜千」
「桜千…」
[ヒャクタサチ][百田桜千]どことなく古風で、それでいて新しい名前。
「これから桜千は、あなたたちと一緒に暮らすのよ」
うん、え、はぁーー??