俺、嵐の予感は基本外さないんです①
「モモ、服出しといたから、そこ!」
私と玄の"ふたりぐらし"ももう二週間を迎える。
もうすぐ、春になる。
新入社員の準備、異動もあって、
お互い慌ただしい年度末を迎えている。
私は飲み会は元々好きではないから、
年度納めの一次会しか顔を出さない。
社員には引き止められるのだけれど。
玄はどうなのか知らないけど、友達もいないのなら多分玄もあまり好きではないのだろう。
私は会社に泊まり込みも当たり前になって、
玄とは会うことが激減した。
「最近、モモ社長服めっちゃ可愛くなぁい?」
「あれは…男だな」
「きゃーあ、杏奈探偵さっすがぁ」
「彼氏できたのかなぁ」
「探偵さん聞いて見てよぉ」
「無理だよぉ」
何度でも言う。
聞こえないとでも思っているのかしら。
彼氏なんていない。
ただ、"男と住んでいる"
そう言ったら彼女たちは不健全な関係を疑うのだろう。私がどれだけ潔白を主張しても絶対に信じないのだろう。
玄がうちに来た次の日の会社帰りに布団を1組買った。玄が寝る場所がなかったから。
ご飯を作って仕事から帰る玄を待っていた。
ガチャッ
「あーーー」
そう、全く同じニトリの布団を担いで帰ってきた。
あの布団は、玄に
「ここにいても良いんだよ。ここにずっといてね。」という意思表示で、二、三日で玄が出て行ってしまわないように買ったものだったから、正直、「玄も長くいるつもりでないと布団なんて買わないよな」と考えて、少し嬉しかった。
どちらが買ってきた布団を使うか揉めた挙句、
「俺が寝るんだし、俺が使うんだし、俺の使うだろ普通!!」という言葉に激しく同意し、
玄の買ってきた布団を使うことになった。
まぁ全く同じ布団を買ってきたのだから、どちらを使おうと大して変わらない、不毛な戦い。
玄が帰るときに新しい方を持って帰ればそれは私のを使ったことになるのだから、今はまだどちらのものとも呼べない。本当に、不毛な戦い。
2LDKのうち一部屋を貸した。
条件付きで
【寝る以外で使用しないこと】
これが唯一絶対の条件だった。
要するに、布団以外の荷物を増やすなということだった。
話は戻って、全然玄に会えない日々が続く。
「モモ社長、ずっと会社にいるねぇ」
「ずっと同じ服だねぇ」
「帰れてないのかなぁ」
「彼氏に会えないなんてさみしぃー」
あの、聞こえていますけど!?
彼氏いないし、帰れてないし、身体中ベトベトです。
帰りたいですよ。当たり前じゃない。
でも私、会社守らなきゃいけないから…
「社長!」
男の声がした。私の部屋、ガラスに囲まれた密室、社長室に勝手に入ってくると男なんか、だいたい想像がつく。
「寝てましたよ!」
副社長・政岡晃太郎が私の顔を覗き込む。
「あとは私どもがやりますから、社長帰ってください。」
低姿勢で、私を覗き込んだまま言う。
「いや、私がやる。大丈夫、まだいける」
やれやれといった顔をする。
「社長、今何月何日かご存知ですか?」
いつ話しても噛み合わない男だ。
「3月10日でしょ、わかってるって」
驚いた顔をして、また私に聞いた。
「今何時ですか?」
私は時計を見て、短い針が2、長い針が6を指していたのでそのまま答えた。
「14時30分。政岡、何がしたいの?」
さっきよりも一段と驚いた顔をした。
「今日、3月16日です。今、夜中の2時30分です」
驚いた。あまりにも寝ていた自分に。
「仕事!」
私がそう言うと政岡が口を開いた。
「社長が考えてることは大体わかりますけど、あなた18分しか寝てませんよ。寝すぎたわけではないです。仕事しすぎてわからなくなってるんです。最後にご飯食べたのいつですか?あと、社長服それ何日着てますか?」
最後にご飯を食べたのは、いつ?日時なんて気にしてなかったからわからない。この服を着たのは…
「モモ!服出しといたから!そこ!」
玄の作ったご飯を食べて、玄が歌っていた。
〜三月の風に思いを乗せて
今日は三月九日かー。。
一泊したつもりが…何泊?
気がついた瞬間、あまりに臭い自分と、あまりに空いたお腹と、あまりに強い眠気が襲ってきた。
「ごめん、政岡、今日は流石に帰るわ。」
納得したように政岡は微笑む。
「タクシー電話しますね。運転は危なすぎます。」そう言ってテキパキ用意をした。
「あ、今日は金曜日で、明日は土曜日です。」
「うん、わかった、ありがとう。」
そうじゃなくて、そう顔が言っていた。
「休日出勤なさるつもりだったんでしょうけど、休んでください。月曜日からまた出勤なさってください。」
は?何言ってんの政岡、この忙しいときに。
「いや、流石に…」
「これから春になって、異動に新入社員で慌しくなったとき、社長がいらっしゃらないと困ります。」
あ、なるほど確かに。
「タクシー着きました!」
政岡は仕事があまりにできて不安になる。
政岡こそ、大丈夫なのか??
「政岡こそこんな時間までありがとう。それと助かった。」
私は玄関を開けて靴を履いたまま倒れ込んだ。
その後の記憶は、ない。