91 隅田川の問答
しばらくして、祐介と胡麻博士は、浅草寺の境内を出て、ふらふらと隅田川沿いを歩いていた。今の祐介の心は、隅田川の濁った水面を眺めているとたまに目につく、水に揺られて運ばれる木の葉のようだった。
天空まで届きそうなスカイツリーが目の前に居座っている。ビールの建物もよく見える。たまに観光用の船が行き来している。
祐介は、この真実を明かすことに迷いを感じていた。
それに気づいたのか、胡麻博士はそっとこんなことを語りだした。
「羽黒さん。この川の流れのように、時は止まることを知らないのです。どんなことがあっても、それは次の瞬間、過去となるのです。そうした如何ともしがたい時の流れの中で、あなたの心は慰められますよ」
「父の死に決着をつけたら、なんだか、寂しいでしょうね……」
「ええ。どんなことでも、期待しているほど、すっきりとはいかないものです。それでも、人は前に歩み続けなければならないのです……」
胡麻博士は、もはや仙人のような雰囲気を醸し出しながら、隅田川沿いを歩いている。空を見上げた。
「鳩が一匹、空を飛んでいる」
「はい」
「あの自由な鳩があなたです、羽黒さん。迷うのはつまらないことです。飛ぶのです。もう迷わずに飛んでしまえ!」
祐介は、なんだか、胡麻博士の言葉が嬉しくなった。もう迷うのはやめようと思った。真実を明かそうと思った。
「ところで、私はトイレに行ってきます……」
胡麻博士は、そう言うと、ひとりで歩いて行ってしまった。このあたりにトイレがあるのだろうかと祐介は疑問に思ったが、見つからなかったら帰ってくるだろうと思って、隅田川沿いをひとりで歩くことにした。この辺りまで来ると、あまり人も見かけない。
祐介は、手すりに掴まって、隅田川の流れを見つめていた。この流れに身をまかせることができれば、人は生きやすいだろう。しかし、流れに逆らってしまうのが人間だな、と思った。
祐介は、背後から忍び寄る影に気づかなかった。その影は、日本刀を持っていた。今まさに、祐介の命を狙うものが、あと数メートルのところまで近づいてきていた。やはり、顔はヘルメットで覆い隠されていた。
……そして、日本刀の刀身が宙を舞った。




