90 白石詩織の言葉
「羽黒さん、あなたは白石詩織の瞳に惹かれた……。私はあの子を憐れな旅人と言った……」
胡麻博士は、ペットボトルのキャップを手の中で転がしながら言った。
「彼女はアリバイの証人を探していたのですね。そこで、鶴岡八幡宮で偶然、目が合った僕を、偶然、江ノ島で見つけて……」
「羽黒さん。目が合うなどということは偶然ではないのです。あなたの気と白石詩織の気は、確かにあの時、合ったのです。引きつけあっていたのです。だから、目が合ったのです。探偵であるあなたと、罪人である白石詩織の、異なる運命が、かえって、ふたりを引きつけあったのかもしれません。羽黒さん。白石詩織の言葉をひとつひとつ思い出してみるのです。彼女は正直ではありませんでしたか?」
祐介は、そう言われて、詩織の言葉のひとつひとつを思い出した。
ふたりで浜辺に座っていた、あの時のことを……。
夕日の浜辺で、どうして、鎌倉に来たのですか、と祐介は尋ねた。
「大切な人が遠くに行ってしまったような気がしたから」
彼女はこう言っていた。
「あの人は、もう私の知ってるあの人じゃないって、思う時ありませんか。そう思った途端、あの人はすごく遠くに行ってしまったなって……寂しくなる時ってありませんか……」
そうだ。彼女は正直に語っている……。
「だから、寂しくて……それなら、いっそのこと、ひとりになりたくなった……でも、ひとりで訪れてみると、やっぱり寂しくて……」
すべて、本当の気持ちだったんだ。
祐介はあの時、またお会いできると嬉しいです、と言った。ところが、彼女はこう答えた。
「でも、なんだかもう会ってはいけない気がします」
そうだ、彼女はこう答えた。
「それが運命のような気がするから」
祐介は、会えたことを運命のように思った。でも、詩織はもう会えないことが運命だと言った。それが祐介には分からなかった。
「だけど、私も羽黒さんの事務所に電話をかけてしまうかもしれません。そしたら……」
そして、その時、彼女はその先を言わなかった……。




