89 長谷川刑事の秘密
祐介は、さらに事件の説明を続けた。
「しかし、月島嶺二と白石詩織は、なんと言って長谷川刑事を鎌倉まで呼び出したのか、それには相当な秘密がなければなりません。そこで、さらに考えたのですが、月島嶺二の嶺二という名前にはなぜ、「二」という数字が入っているのでしょうか。月島は長男です。それなのに「二」という数字が入っているのは不自然です。
そして、長谷川刑事の父親の名前は、長谷川領山。月島嶺二の母親の名前は不二子です。この長谷川領山の「領」と「山」の字と、不二子の「二」の字を組み合わせると「嶺二」という名前になると思いました。これは憶測にすぎませんが、もしも、「嶺二」の「二」が母親不二子の「二」から取ったものであれば、理屈の上では、「嶺」は父親の名前から取らないとおかしい。そんなことから、僕は月島嶺二という人物は、実は、長谷川領山つまり長谷川刑事の父親と月島不二子の間に出来た子だったのではないかと疑いました。そのあたりのことは、はっきりとは分かりませんが、もしも、そうであるならば、長谷川刑事と月島嶺二は腹違いの兄弟ということになります。これがふたりの秘密だったのではないでしょうか。
この仮説を思いついた時、月島嶺二が、長谷川刑事を自ら殺さずに、恋人である白石詩織に殺させた、もう一つの理由が浮かび上がったように思いました。これは交換殺人というアリバイトリックであっただけでなく、月島自身、血のつながった兄弟を殺すこと自体に、抵抗を感じていたのではないでしょうか。そこで、恋人である白石詩織に殺人を頼んだ。白石詩織も、すでに自分のために月島嶺二が殺人を犯しているのだから、断れない。そういう流れで成立したのが、この殺人事件だったのではないでしょうか」
「互いのために人を殺めて、ふたりして罪を深めたのですなあ」
と胡麻博士はしみじみと言って、ペットボトルのお茶を飲んだ。
「根来さんが襲撃された第二の事件についてはどうです? 地元の住人が殺されたと聞いているが……」
「これもまた月島の犯罪パターンとなっています。月島は五年前も、事件を追っている僕の父、羽黒龍三を殺害しました。今回も同じように、自分を犯人と睨んでいる根来警部を殺害しようとして、尾行していたのです。今回は本当に殺害しようとしたのです。そして、あの山の中で、根来警部が洋館に入ったところを見て、後から浸入し、柳家平八というあの地元住民を誤って殺害したのです」
「そうですか……」
胡麻博士は、しみじみと言うと、池の鯉を見つめて、
「鯉は池の中で自由ですね。人もまた人生という池の中で自由なのです。しかし、どう足掻いても、池の外には出れないのですなあ」
と事件の感想を述べた。
「この洋館に入った時、根来警部はこう証言しています。玄関には鍵がかかっていなかった、と。そして、玄関に真新しい足跡が残っていたとも述べています。しかし、先に洋館の中にいた柳家平八の靴には泥がついていて、彼の泥の足跡は、鍵の壊れている裏口から食堂に通じているだけでした。玄関には赴いていないのです。すると、玄関の鍵を開けたのは誰でしょうか。真新しい足跡をつけたのは誰でしょうか。そこで、僕は、根来さんが最初に襲撃されて、捜査員が洋館に訪れた十月末から第二の襲撃までの一ヶ月間に、何者かが何らかの目的で洋館に浸入していたのだと考えました。
そこで、仮説として、月島嶺二は事件に関係している日本刀などの凶器を、あの洋館のどこかに隠しているのではないかと疑っています。それには、非常に適している場所です。そこで、根来警部にそのことを伝え、洋館を調べること、そして、浜崎滝子の自動車のトランク内を科学調査すれば、だいたい、物的証拠は出揃うのではないかと思っています」
「しかし、分からぬのは、なぜ、五年前の事件も警官殺しでありながら、今回の事件においても根来警部を襲って、わざと警官殺しらしく見せかけたのかね。無差別殺人に思わせるためとは言え、五年前の山形の事件まで、同一犯によるものとして掘り起こされては不都合ではないかね……」
と胡麻博士は珍しく、まともなことを尋ねた。
「月島は、はじめから山形の事件との関係を暴かれることをある程度、想定していたのだと思います。そこで、殺された三人が警官であることから、もうひとり、無関係の根来警部を襲って、無差別な警官殺しと思わせる方が好都合だったのでしょう。
それに五年前の事件と、今回の事件が同一犯と思われた場合、二人にとっては都合の良いことがあるのです。五年前の事件では、白石詩織はアリバイを持っていましたから、同一犯と思わせた場合、彼女は容疑者から外れます。
また、五年前の事件の犯人であった月島嶺二は、今回の事件では直接の殺人犯ではありませんし、上野にいたという鉄壁のアリバイを持っているので、一応は安全圏にいます。その上で、警察に犯人と疑わせることでかえって、捜査を撹乱させることができます。その証拠に、彼は殺害時刻の午後五時頃、わざと上野で一人になりました。たったの二十五分でしたが。そうした隙をわざと作ることで、その僅かな時間に殺害が可能であったのではないかと疑わせて、警察の目を自分に引きつけていたのです。そして、その時、白石詩織は完全な盲点となっていたのです」
と羽黒祐介は、語ると胡麻博士は深く頷いて、こう呟いた。
「真実を見破ったのですなあ……」




