88 鎌倉と前橋を結ぶアリバイ
「しかし、月島嶺二にアリバイがあるのと同時に、白石詩織にも堅固なアリバイがありました。彼女は、長谷川刑事の事件当日には、鎌倉・藤沢にいたのです。そして、殺害された長谷川刑事は、午後四時に「高校の同級生と高崎にいる」と自宅に電話をかけているのです。ですから、殺人が行われたのは、少なくとも、高崎から一時間圏内の場所でなければなりません。
しかし、僕は「12:00 月島」と書かれたメモを、長谷川刑事自身が破っていたことから、長谷川刑事自身にも何か秘密があるのだと疑っていました。したがって「高崎にいる」という言葉はそもそも、長谷川刑事の嘘なのではないかと思えるのです。否、嘘であるばかりでなく、犯人からの指示でもあったと僕は思っています。
そこで僕は、長谷川刑事は高崎にいる振りをして、実際は、鎌倉にいたのではないかと思いました。そして、長谷川刑事は、メモの「月島」という文字から、月島と会うつもりでいたのだと思われます。しかし、長谷川刑事の前に現れたのは、月島ではなく、白石詩織でした。そうです。白石詩織は、江ノ島近くの浜辺で、四時半まで僕たちと一緒にいた後、長谷川刑事との待ち合わせ場所へ行って、長谷川刑事を日本刀で斬り殺してしまったのです。
この後、彼女は浜崎滝子の自宅に行きますが、浜崎滝子は旅行の支度に忙しかったようです。その間に、白石詩織は、殺害現場に戻って、長谷川刑事の首を時間をかけて切断したのです。しかし、白石詩織は、死体を運ぶ筋力は持ち合わせていないので、長谷川刑事との待ち合わせ場所がイコール殺害現場であり、首を切断した場所でもあり、おまけにそこは浜崎滝子の自宅の近くだったのだと思われます。
六時半に、月島嶺二が鎌倉に到着しますが、彼は白石詩織と再会すると共に、ふたつのことをしなければなりませんでした。ひとつは、切り離された死体の頭部を、自分の鞄に詰めることです。もうひとつは、死体の胴体を浜崎滝子の自動車のトランクに入れることです。これは男性でなければなかなか出来ませんね。この時、前橋の一軒家からあらかじめ盗んでおいたカーペットを胴体に巻きました。これによって、カーペットに大量の血が付着し、それを前橋の一軒家に返しておくことで、あたかも前橋で死体の切断が行われたかのように思わせたのです。
このトランクに死体を入れるという作業は、白石詩織があらかじめ浜崎滝子から自動車の鍵を盗んでおく必要があります。
さて、月島嶺二はこれを三十分間で終わらせて、後輩の牧野と合流し、前橋に電車で帰らなければなりません。この時、月島嶺二の鞄の中には、長谷川刑事の頭部が詰められていたのです。
そして、月島嶺二が前橋に到着したのは、午後九時半でした。これで、午後十時に長谷川刑事の頭部が発見されたことが矛盾なく説明できました。つまり、頭部が発見された午後十時の段階では、胴体はまだ前橋に到着すらしていなかったのです。
そして、浜崎滝子が自動車を発進させて、鎌倉を出発したのが、午後九時のことです。彼女は、自動車のトランクに首のない胴体が入っているかなんてことは考えもしませんでした。なぜならば、塗香をこぼして以来、トランクを荷物入れとして使っていなかったからです。だから、覗き込むことすらなかったのです。
そして、この胴体入りの自動車が、前橋に到着したのは午後十一時過ぎのことでした。そして、月島嶺二の自宅で、浜崎滝子は眠ってしまいました。なぜでしょうか。僕は、月島嶺二が出した珈琲に睡眠薬が入っていたのだと思います。そうして、浜崎滝子を眠らせて、彼女が持っている自動車の鍵を盗むためでした。そして、月島嶺二は、その鍵を使って自動車を運転し、お寺に行くとトランクから胴体を出して、そこに寝かせたのです。この胴体が発見されたのは、午後十二時ですから、これで時間的にも説明がつきます。
つまり、このトリックのポイントは、頭部と胴体を分けて、別々のルートで前橋に運んだことです。一緒に運んだと考えてしまう限りは、絶対に解かないトリックだったのです。
そして、犯人が、頭部をわざと見つかりやすい公園のベンチの上なんかに置いたのは、この頭部を一刻も早く誰かに見つけてもらいたかったからでした。もし、頭部の発見が十一時より遅れてしまったら、浜崎滝子の自動車のトランクに、首と胴体の両方を乗せても、時間的に間に合うことになってしまうからです。それに対して、お寺の暗い境内に現れた胴体の方は、別に翌日まで、誰かに見つからなくてもまったく困らないものでした。
白石詩織が、浜崎滝子の出発を故意に遅らせていた理由も説明しましょう。もし、浜崎滝子が午後八時より前に鎌倉を出発してしまっていたら、午後十時に、頭部が前橋で出現したとしても、浜崎滝子の自動車は午後十時にすでに前橋に到着している可能性があるため、アリバイとして成立しないことになってしまうのです!」




