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86 真相を告げる浅草寺

 ……一月三日の朝、羽黒祐介はひとり、地下鉄に乗って、浅草駅に到着した。


 祐介が、改札口を出て、うす汚れている階段を上がると、レトロな赤っぽい灯りに彩られている地下商店街が続いているのが見えた。

 祐介は、そこをまっすぐ通り抜けて、また汚れた階段を登り、地上のアーケード街に出ると、そのまま、胡麻博士の待つ雷門の方へと急いだ。

 浅草の名物である仲見世通りは、今日も賑やかである。見上げると、正月らしく、大きな羽子板が吊るされている。楽しげな話し声がいたるところから聴こえてくる。

 通りの両側には、色鮮やかな品物を飾られていたり、食べものを売る店先がずっと続いていて、その奥には、浅草寺の巨大な赤門が見えている。その向こうにあるのは本堂だろう。

 空は、広々とした青色だった。すでに本堂へと向かう人波が出来ている。祐介は、その人波を避けて、裏側の小路からこの仲見世通りの先端である雷門へと向かった。

 赤い柱の美しい雷門(かみなりもん)に近づくと、すでに三日であるというのに、すごい人だかりである。記念写真を撮る者もいる。その中に、懐かしの妖怪博士が風神の像の前で、じっと立ち尽くしていた。


「すいません。胡麻博士、遅くなりまして……」

 と、祐介は謝った。

「構いませんよ。羽黒さん……」

 胡麻博士は、なにやら、神妙な顔をして言った。

「何しろ、混んでますからな」

 そう言って、胡麻博士は雷門を見上げると、こう続けた。

「あなたは一月前、鎌倉と京都を比べていた。しかし、そうした気持ちでは鎌倉を理解できないことを知った……」

「はい」

「それでは、羽黒さん、あなたはこの浅草をどのように思いますか?」

「とても艶やかな江戸文化ですね」

「しかし、浅草もまさしく今の文化なのですよ?」

 胡麻博士はまた、分かりにくいことを言って、不敵な笑みを浮かべると、ひとりで仲見世に入っていった。


 仲見世通りの人波に揺られながら、祐介は胡麻博士にあることを言った。

「実を言うと、僕は今日、お寺にお参りをしに来たのではないんです。胡麻博士。あなたに会いに来たんです」

「知っていますよ。羽黒さん」

「僕は、真実に気付いたんです」

「憐れな旅人のことですな?」

 胡麻博士は、何もかも分かっていそうな口ぶりだった。

「そうです。しかし、どうしたら良いか分からない……」

「羽黒さんらしくありませんね……」

「僕は、父の死に決着をつけることが恐ろしいんです。あるいは、白石詩織の瞳をおそれているのかもしれません……」

「羽黒さん。真実がそこにあるのなら、どう足掻いても、たどり着く場所はひとつなのです。もう迷ってはいけません」

 だんだん、大きくなる浅草寺の赤い門。それを越えて、山のように天に連なる(いらか)が見えてきた。浅草寺の本堂だった。

 線香の香りと共に、白い煙が立ち昇っている。あたりに響いているのは、おみくじの木箱が揺れる音。赤い出店のビニールが風に揺らめく。

「英治が僕のことを心配していました。いつもなら、すぐに真相を警察に喋るのに。僕が、躊躇(ちゅうちょ)していることに……」

躊躇(ちゅうちょ)してこそ人間ですよ。羽黒さん。誰もまっすぐ道は歩めないのです!」

 ふたりは、人波に流されながら、縁起物の松の木の間を通って、本堂の階段を登って行った。暗がりに入ると、天井には天女が舞っていた。その天井を僧侶の声明(しょうみょう)が伝っている。


「羽黒さん、お父さんの死を引きずってはなりません。白石詩織の瞳に同情したからと言って、進むべき道を誤ってはなりません」

「しかし、もし、そのことで彼女が死ぬことになったら……」

 胡麻博士は、五円玉を手の上に転がすと、

「人間は罪ばかりだ。罪なくして生きていけないのが人の世だ……」

 と言って、賽銭箱に放り込んだ。

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