83 アリバイのリスト
年が明ける、その瞬間が迫ってきている。時刻はまさに午後九時。
祐介が探偵事務所に帰ると、すみれも、未空も、英治も皆、ソファーに深く座って、お笑い芸人が映っているテレビの画面を見つめていた。テーブルの上には、歌舞伎揚げと年越し蕎麦が置かれている。三人の会話が盛り上がっている様子もないが、非常にリラックスしているのが見て取れる。
「どうだった?」
と英治が尋ねてくる。
「うん、浜崎滝子という人だと分かったから、明日、早速会いに行ってみるよ」
「明日は、元日ですよ」
すみれはそう言って、祐介の方をちらりと見た。
「そうですね。さすがに、明日は会えないかもしれない」
祐介は、そう言いつつも、一刻も早く、事件を解決したかった。
この年越しという瞬間を、祐介は毎年、お祭りのように待ち遠しく思っていながら、いざ年が明けてしまうと、なんだか、また歳をとってしまったと妙に侘しくも思うので、なんとなく、おそれている。
そこで、この大晦日の夜は、一年間の出来事を振り返りつつ、静かに心を落ち着かせることにしている。
祐介は、デスクに座ると、事件の資料に目を通しながら、この五年間に及ぶ事件のストーリーを読み取ってゆくのだった。そして、分かりやすいように、ノートに書き出してみる。
・五年前、白石詩織は、谷口刑事にしつこく言い寄られていた。そのことを詩織は月島嶺二に相談していた。
・月島嶺二は、これを期に、白石詩織と付き合いはじめ、だんだんと陰鬱な性格になっていった。
・その頃、谷口刑事は何者かに殺害された。
・谷口刑事の死を追っていた羽黒龍三は、何者かに撲殺された。
・それから、五年後の十一月末、根来警部は何者かに襲撃された。
・その一週間後に、長谷川刑事が殺害された。
・長谷川刑事のメモ帳に、「12:00 月島」の文字があった形跡があった。しかし、このページは破かれていた。
・長谷川刑事と月島嶺二は、高校の同級生だった。
・白石詩織は、事件当日、鎌倉にいた。
・月島嶺二を疑っていた根来警部は、再び、何者かに襲撃された。
このように考えてみると、どうも月島嶺二が白石詩織を守るために谷口刑事を殺したとしか思えない。そして、その事件を追っていた羽黒龍三をも殺してしまったのだ。しかし、よく分からないのは、その先である。なぜ月島嶺二は、長谷川刑事を殺したのだろうか。月島嶺二とは長谷川純二刑事は高校の同級生だっただけだ。長谷川刑事と山形の事件の関係性はいまだ鮮明に見えてきていないのである。
事件当日のアリバイについても考えてみる。これもノートに書き出す。
・白石詩織の行動。
・鎌倉・藤沢にいた。鶴岡八幡宮の石段で自分たちと会う。その後、昼すぎ、江ノ島で再会する。それから、午後四時半まで自分たちと一緒にいた。五時すぎの時刻に、浜崎滝子の自宅へ。(殺害時刻のアリバイは不明)午後六時半に、月島嶺二と鎌倉駅で会い、午後七時すぎに解散。午後九時すぎに浜崎滝子は自動車で出発。十一時過ぎにコンビニへ。
・月島嶺二の行動。
・高崎から上野を経由して鎌倉へ。牧野という後輩と一緒にいた。高崎の発車時刻は午後四時十五分、上野の到着時刻は午後五時六分。(殺害時刻のアリバイは不明)午後五時半に電車に乗り、鎌倉に着いたのが午後六時半。そこで、白石詩織と会い、午後七時には帰りの電車に乗った。前橋に到着したのは、午後九時半。午後十一時過ぎに、浜崎滝子が到着する。
・浜崎滝子の行動。
・鎌倉から日光・鬼怒川を目指す。途中、月島嶺二の自宅で就寝。白石詩織が自宅に到着したのが、午後五時過ぎ。(殺害時刻のアリバイは不明)自宅を自動車で出発したのが午後九時。前橋にある月島嶺二の家に到着したのが、午後十一時過ぎ。そこで、眠くなって眠ってしまう。翌朝、日光・鬼怒川を目指して、出発。
・長谷川純二刑事の行動。
・自宅を出たのが午後一時。午後四時に「高校の同級生と高崎にいる」と妻に電話をかけている。死亡時刻は五時前後。前橋の公園で、頭部が発見されたのが午後十時。前橋の寺で、胴体が発見されたのが午後十二時過ぎのことだった。
祐介は、そのメモを見ながら、じっと考え込む。このパズルはどう解いたら良いのだろう、と。




