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79 憐れな旅人

『羽黒さん。よく聞きなさい。私の言うことは、すべてこの一点に集約される。彼女は憐れな旅人だったと……』

 胡麻博士の声は、しみじみと響いた。

「すると、胡麻博士も、彼女に悲しげなオーラがまとわりついていると感じていたのですか?」

『もちろん、そうですね。しかし、人間というものは誰しもが憐れな旅人なのです』

「そうではなくて、彼女に何か犯罪を犯しそうな雰囲気はありましたか?」

『彼女が、罪を犯していたかどうかということですかな。それについては、人間は生まれもって罪を背負って生まれてくるものか否か。この点を考えなければなりませんな……』

「そうではなくて、例えば、殺人とか……」

『羽黒さん。あなたも罪深い人だ。言霊があるということを忘れたのですか。殺人だなど恐ろしい……』

 祐介は、これでは一向に話が進展しないと思って、上手いことを言って、電話を切ろうとした。その時、胡麻博士は何かを思い出したように言いだした。


『そういえば、羽黒さん。年が明けたら、三が日にでも、浅草寺に行こうと思っているのです。あなたもどうです?』

「え、ああ、浅草寺ですか。そうですね。事件の調査が落ち着きましたら……」

 祐介は、そんな短期間で、調査が落ち着くわけはないだろうと思ったが、とりあえず、そんなことを言った。

『また、連絡しますよ。羽黒さん。浅草寺で会いましょう……』

 胡麻博士は、そう言って、電話を切った。


 祐介は、すぐに鎌倉での白石詩織のことを考えだした。これは自ら、白石詩織に会うしかない、そして、詩織のアリバイを確認するんだ、と祐介は思った。

 周囲を見ると、すみれと未空は、呑気にトランプをしている。英治が、台所からのそのそと歩いてくる。

「どうだった、胡麻博士は何か言ってた?」

「いや、三が日にでも、浅草寺に行こうと……」

「浅草寺に? 事件の話は……」

「それが……」

 祐介は困ったように笑って、

「白石詩織は、憐れな旅人だったと……」

 と言った。

「でも、それって、合っているんじゃない?」

「白石詩織が、憐れな旅人だったっていう話が……?」

「そりゃそうだよ。白石詩織は、恋人との関係が冷え込んでいるんで、そんなところまで、当てもなしに旅行していたんだろ?」

「そりゃ確かに……」

「憐れな旅人じゃないか……」

 英治は、満足げにそう言うと、また、ふらふらと部屋を歩きまわった。


 ……そうだ、確かに彼女は憐れな旅人だった、しかし、彼女が思い悩んでいたことは、きっとそんなことじゃない、と祐介は思った。

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