69 氷川丸と黒石刑事
三人は、青島飯店を出て、賑やかな通りを歩いてゆく。祐介は、このまま東京に帰っても良いと思っていたが、残りの二人はまだ遊びたそうなので、しばらく残ることにした。
ちょうど、中華街から程近いところにある山下公園に、氷川丸という貨客船が保存されていたので、三人で乗船することにした。
氷川丸は、横浜港に保存されているだけであり、動くことはない。
祐介は、豪華な船内を歩いて眺めた後、ひとりでデッキに立って、ゆっくりと海を眺めていた。
海が静かに波打っている。弱々しい太陽が海面を照らしている。カモメが飛んでいる。そんなものを見ながら、あの日のことを思い出していた。
湘南の海で、白石詩織と石段に座っていた時のことだ。白石詩織はどこか悲しげに「もう会ってはいけない」と言っていた。それが「運命だ」と言っていた。そのことが思い出された。その時は意味が分からなかったけれど、今では、思い当たる節があった。その「運命」の本当の意味が、もしかしたら、こんなところにあったのではないだろうか。
しかし、祐介はその考えを振り払おうとした。あまり深く考えてはいけない。それよりも、白石詩織に電話をして、そのつきまとっていた谷口という男のことを聞けば良いじゃないかとも思った。しかし、喋ってくれそうもないことだった。その谷口という人物が、山形県警の谷口刑事と別人であれば、どんなに嬉しいことか。
祐介は山形県警には知り合いが多い。羽黒龍三警視の部下だった黒石刑事も、そのひとりだ。彼はブルドッグのような刑事なのだ。そして、祐介と共に山形県で起こった毒殺事件を解いたこともある。(『毒入り珈琲の謎』を参照されたし)そこで、彼に連絡を取ってみようと思った。
着信音が鳴り響き、しゃがれた声が出た。
『黒石です』
「お久しぶりです。祐介です」
『うおっ、祐介君か。久しぶりだなあ』
「今、お時間大丈夫ですか?」
『大丈夫、大丈夫。何の用だね。えっ?』
「実は、群馬の方の事件を調べているのですが、父の死に関係している可能性が出てきまして……」
『なに? 羽黒警視の死に……。君はあれほど、事件の話を聞くのを拒んでいたじゃないか』
「ええ。しかし、どうもあまり避けてはいられない気がしてきましてね」
『ぐほっごほっ、すまんな。風邪を引いていて。それじゃ何かね。事件の資料を見たいと……』
「それだけじゃなく、谷口刑事の事件のことも調べていまして……」
『谷口さんのはね、難問だよ。あれは密室殺人だからね……』
「確か、そのことは新聞で読んだことがありますが……。谷口刑事に、白石詩織という関係者がいたか、知りたいのですが……」
『白石詩織……すぐには分からんな。実は、親戚が亡くなったんで、俺は明日、東京に行く予定なんだ。法事が終わったら、あまり時間はないが、夜にでも事務所に寄ってやるよ』
「本当ですか。嬉しいです」
『ああ、待っていろ』
そう言うと、黒石刑事は電話を切った。
祐介は、あらためて海を見つめる。ただ青かった。




