67 楊亦菲の涙
しかし、警官殺し、谷口、五年前という三つの共通点だけでは、はっきりしたことは何も言えないだろう。それに、五年前、祐介の父が殺された山形の警官殺しと現在、群馬で起こっている警官殺しにはいまだ何の因果関係も認められないままであるから、これを結びつけることは、あまりにも飛躍的な祐介の連想の結果なのだった。
さて、すみれは、この谷口という人物が事件に関係しているとは思わないまでも、嶺二の人格になんらかの大きな影響を与えたものには違いないと思った。
「それから、月島さんはどんな風に変わっていったんですか?」
と、すみれは楊亦菲に尋ねた。
「そうですね。わたしにだけ冷たくなったのじゃないですね。他の人とも喋らなくなり、サークルも辞めたようでした。ただ、白石詩織とだけ一緒にいるようになったんです。ですけど、楽しそうじゃない。わたしといた頃はもっと明るい人でした。よく笑っていました。でも、白石詩織と嶺二が一緒にいるところを見ると、お葬式でもあったのではないかって思えるぐらいです。顔に緞帳が降りているぐらい、暗かったです」
「顔に、緞帳が……?」
すみれはその表現が気になった。暗いどころか、それじゃ何も見えないじゃないか。
「わたしはすぐに思いました、あの女は嶺二を不幸にすると。だから、妖狐だと思ったんです。あるいは、楊貴妃と言っても良いですね。ただ、彼女は楊貴妃ほど美人じゃありませんから……」
祐介は、まだ一目惚れした気持ちを忘れられないでいるのだろう、かなり複雑そうな表情でこの話を黙って聞いていた。
「わたしは、嶺二が何か大変なことをしでかしてしまうのではないかと思いながら、彼は卒業していきました。しかし、嶺二はそれからもよくわたしに会いに来てくれるようになりました。浮気というのではなく、よりを戻そうとするわけでもなかったのですけどね。何か悩んでいるらしいことは明らかでした。その悩みを打ち明けてくれそうになりました」
「それで、打ち明けてくれたのですか?」
祐介は、その白石詩織妖狐説を早く退けたいらしく、少し急いたように尋ねた。
「ただ、自分は今、沈没する船の上にただひとりでいるんだ、と謎めいた比喩をしていました。それ以上のことは何も……」
楊亦菲は、残念そうにそう呟くと、はっと思い立ったように立ち上がり。三人に熱く語りかけた。
「皆さんという味方に巡り合えて、わたしは幸せです。皆さん。どうか嶺二を苦しみからどうか助けてやってください。そして、この四人で、あの白石詩織という妖狐を倒すのです!」
それから、また熱い涙が込み上げきたらしく、おしぼりを顔に当てた。
「お気持ち分かります。わたしたちに任せてください」
すみれは、楊亦菲の気持ちが、だんだんと伝わってきて、もらい泣きをしながら、そう言った。
祐介は色々な感情が湧き立っているらしく、少し困った顔をして、微笑んでいる。
楊亦菲は笑顔になり、振り返って、二回手を叩くと、
「料理を持ってきなさい」
と叫んだ。




