63 長谷川刑事のいた場所は
すみれと祐介は、このあたりで切り上げて、東京に戻ることにした。ふたりは、上野東京ラインに座ったまま、しばし黙っている。
まったく不思議なクリスマスイブだったという実感が、すみれの中にはあった。それと同時に、祐介に対し、妙に意識してしまって、自分の声色がおかしくなってしまっている気がするのが、すみれはなんとなく恥ずかしかった。
「すみれさん」
「は、はい……」
祐介は、すみれの反応がおかしいのに少し気づいたらしく、訝しげに見つめたが、すぐにまた坦々とした口調で、長谷川刑事の事件のことを語りだした。
「おそらく、上野で事件が起こったという推理は間違っています。僕は、一度、アリバイ崩しから離れて、月島の人間関係を地道に調べていった方がよいという考えです。そこで明日あたり、月島や、白石さんの話に出てきた、横浜に住む月島のかつての恋人から直接話を聞いてみたいんです」
「横浜に行くんですか? 明日」
「ええ。僕はその方がいいと思います。何か決定的に欠けている情報があるんです。それで、月島がどういう人間なのか、調べていって、その性格から推理を組み立ててゆくんです」
「ふうん、でも、明日はクリスマスですよ」
クリスマスにふたりで横浜なんかに行ってよいのですか、というのがすみれの言葉の真意だが、祐介はすみれの顔をまじまじと見て、何を今さら、と言わんばかりだった。
「それを言うならば、今日だってクリスマスイブですよ」
「まあね」
すみれは真意を汲み取られたらしいのが、かえって恥ずかしくて、そっけなくそう言うと視線を外した。
「とにかく、明日、その方に会えるのか分かりませんから、連絡を取る必要があるでしょう。その方が、月島と白石さんから、遠ざかっている人物だからこそ、本当のことをしゃべってくれるかもしれません」
祐介は、そう言うと、また何事か考え始めた。すみれはその様子をちらりと見てから、真似をするように、事件について考え始めた。
長谷川刑事は殺される前に、家に電話をかけている。そこで、高崎にいると言っていたことから、長谷川刑事は高崎にいた、ということになっているが、そもそも、高崎のどこにいたのだろう、とすみれは考えはじめた。そして、高崎の街並みを思い浮かべながら、想像を膨らましたが、彼が語っていた、高校頃の同級生に会っているという言葉の真意が分かりかねた。同窓会のような気分で、居酒屋にでもいたのだろうか。しかし、電話の時刻が四時頃のことであるから、どこかで時間をつぶしていたのだろうか。いずれにしても、その同級生は今も捜査線上に現れていない。その人物こそ犯人だと言えるのではないだろうか……。
色々、考えているが、すみれは眠くなってきている。すみれが眠りそうになっているのを祐介は見て、彼女の一日の心の疲れを労わるように微笑んだ。
「それにしても……」
すみれが突然、平然と話しだしたので、祐介は少し驚いた。
「本当に、長谷川刑事は高崎なんかにいたのでしょうかね……」
「高崎に……?」
「長谷川刑事が高崎にいた、それって本当でしょうか」
「………」
祐介は、そのすみれの言葉に、しばし黙った。
「もしかして、長谷川刑事は嘘をついていたのかもしれませんね」
祐介は、あることに気づいたようにそう呟いた。
「あのメモ帳に書かれていた「12:00 月島」という文字ですが、あのページは破かれていましたね。しかし、なぜ破いたのでしょうか」
「犯人が破いたんじゃないですか?」
「いえ、長谷川刑事の自宅で見つかったものですから、犯人は触れていないわけですよね。だとしたら、長谷川刑事自身が破いたということになります。彼自身が、誰かと会ったという事実を隠していたのですよね。つまり、彼自身に何らかの秘密があったわけです」
「でも、メモを破ったのは、ただ待ち合わせ場所に持って行くためだったんじゃないですか?」
「そうでしょうか。しかし、あの「12:00 月島」という数字は、僕の推理では、自宅を出発する時間だと思われます。あるいは、電話をかける時間でも何でもいいのですが、いずれにしても、実際の当日の正午には、長谷川刑事はまだ自宅にいたんです。そして、外出は一時でした。つまり、外出した段階では、すでにあのメモ帳に書かれている時刻は過ぎていたことになります。だから、一時の外出時に、わざわざ破いて、待ち合わせ場所に持っていく必要性はありません。また、ついでに言えば、月島という友人の名前を控えていることも、待ち合わせ場所にわざわざ持っていくほどの必要性はありません」
すみれは、はっとして、祐介の顔を見た。
「だとしたら……」
「長谷川刑事は、何か秘密を持っていて、そのことが奥さんにばれてはまずいと思っていたのでしょう。もしも、彼が何らかの秘密を抱えていたのだとしたら、奥さんにかけた、高崎に高校の同級生といる、という電話の内容も、長谷川刑事の嘘なのかもしれません。ある意味では、高崎にいると言ったことこそ、長谷川刑事による奥さんへのアリバイ工作だったかもしれないんです」
祐介はそう言い切ってすみれの顔を見ると、彼女は、祐介の言葉が終わらないうちに、二、三度こくりこくりとなって、そのまま眠りの世界に誘われていた……。




