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60 雪が降っていた日

 ……その日、雪が降っていたのを祐介は覚えている。


 ただ、何もかも隠してしまいそうな、そんな雪が朝霧(あさぎり)の中で降っていたのを。こと切れた父のもとに駆けつけた祐介は、その時のことを覚えている。風に吹かれて、空に舞い上がる白雪。全ては、その雪の景色の中にあった。


 全ての陰影が消え去ったかのように、景色は白く彩られ、山も霞んで見えなかった。

 羽黒家の古めかしい邸宅に戻ってきた祐介は、父が死んだことを理解できずに、窓の外ばかりを眺めていた。悲しみが訪れるにはあまりにも唐突すぎる死だった。

 父さんは、と祐介は祖母に声をかけた。祖母は、祐介の質問に答えずに、ただ警察官という職業を憎んでいるらしく、そわそわと歩き回りながら、涙を拭いていた。

 祐介の心の中にいる父親は、厳格で取り付きにくい人物だった。だから、祐介は父に胸の内を明かして、親子らしく語らったことがなかった。そればかりか、父は山形に住んでいて、祐介は東京に住んでいた。それでも、いつも、祐介のことを気にかけているそんな父親だったことをよく覚えている。

 ……その父が死んだ。

 

 祐介は、ただ雪の降る景色を眺めていた。そのうちに何か、心の中にぽっかり穴が空いたような気がした。何か虚しさが込み上げてきた。最後まで、父という人間の本心を知ることができずに、その人はどこか遠いところに行ってしまった。その父ともっと話したかった。さまざまなことを打ち明けて、もっと本音で語らいたかった。笑い合いたかった。しかし、祐介はどこか近づきがたい父親を拒んでいた。離れて住んでいる父親を信じていなかった。そうしている内に、目に見えない溝ができていた。祐介は、その溝を埋めたかった。喜びも悲しみも分かってほしかった。それも今や、永久に叶わぬ夢となってしまった。そのことが、祐介の胸の中で明らかになってきた。

 祐介は悲しかった。ただ涙が零れ落ちたのを、祐介は覚えている。

 警察官という仕事は……、と父は祐介にかつて語りかけてきたことがある。いつだって命をかけているんだ、という父のその言葉が、皮肉にもこんな形で証明されてしまうなんて、思ってもみなかった。

 もっと語らいたかったその相手は、もうこの世にいなかった。祐介はそのことを悔しく思うと共に、自分を責めたのを覚えている。もっと話しておけば良かったじゃないか。でも、それはもうできない。そう思うと、祐介はつらかった。そして悲しかった。ただただ、涙が零れ落ちた。


 ……窓の外で雪の舞っているその日のことを、祐介はふと思い出した。

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