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57 根来警部の死闘

 そこには、やはりあの人影があった。ヘルメットをかぶった、あの男、右手には日本刀が携えられていた。

 根来はその刹那、状況を理解した。根来は埃の積もった床の上を歩いていたから、外からはこのクローゼットに入ったことが、足跡から一目瞭然なのだろう。

 しばしの間、ふたりは見つめ合ったまま動かなかった。いや、動くことができなかったのだ。根来の細胞のひとつひとつが、一気に逆立ってゆくように感じた。男もまた、単純に斬りかかれば、技を返されることを知っているらしく、その瞬間を待っていた。


 途端、その人影は、日本刀を振りかざすと、根来に勢いよく振り下ろした。その瞬間、根来は虎のように唸り声をあげて、男の内側へと飛び込んだ。たちまち、ふたつの体は、大きく旋回し、いつの間にか、その渦巻きの中で、根来はその男の右手首を捕らえていた。瞬く間のうちに、その手首はあらぬ方向へと返されて、男は両足を宙に放り投げ、円を描いて、床にどたっという大きな物音を立てて転がった。


 根来は、組み伏せようとはしなかった。それよりも、この場から逃げ出す方が先決であった。根来は、一心不乱に廊下に飛び出し、階段に走ると、二階から一階に転落する如く、けたたましい音を立てて、一気に段差を駆け下りた。

 最後の三段は、そのまま転げ落ちた。懐中電灯の明かりがぷつっと切れると、どこかに転がっていった。あたりは墨を塗りたくったような真っ暗闇。何も見えない。根来は、慌てて、床を探った。手のひらが床を這う音が、せわしなく響いた。

 あの男が、また日本刀を持って、追いかけてくるという恐怖が、根来を襲った。根来は焦って、懐中電灯を探した。見つからない。気がつけば、階段の上の方から、木の軋む音が聞こえた。根来は、あの男が降りてくるのだと思った。


 懐中電灯がなくても仕方ない。根来は、暗闇の中で、立ち上がると、手探りで歩いていった。

 そして、あの柳家平八という男が、しゃがんでいた食堂まで歩いてきた。入った瞬間、つんと血の匂いがした。それが、何を意味しているのか、根来は想像することができた。根来は、食堂の真ん中まで歩いて、足に何か引っかかるものがあり、床に転んだ。

 根来はすわり直して、その何かを触ると、それは暖かく、柔らかかった。そして、なにかべっとりと手につくものがあった。


 不意に根来の左手に懐中電灯が触った。それは柳家平八の持っていた懐中電灯に違いない。ぱっと明かりをつけて、その何かを照らすと、それは柳家平八の腹と首を切り裂かれた死体だった。赤々と滴る血潮が、床にこぼれ、根来の手足も赤く染め上げられているのだった。

「うぐっ……」

 根来は、一言、唸ると、懐中電灯を持ったまま、外に出ようと思った。


 根来は、恐る恐る廊下に出ると、あのヘルメットの男が、日本刀を持ったまま、階段を下りきったところだった。

 根来は、そのまま、玄関へと走った。玄関のドアを開けると、そのまま、暗い山道が上り坂になっている。

 根来は、一心不乱に走った。しかし、足の疲労と、焦る気持ちで、上手く進まなかった。振り返ると、あのヘルメットの男が日本刀を持ったまま、山道を登ってくるのだった。

「来るな!」

 根来は思わず叫んだ。そのうちに、根来はおかしなことに気づいた。先ほど通った道とどこか違う気がした。しばらく歩くと、いよいよ、道が違うことが明らかになった。

 道はどんどん、細くなり、左手は崖になった。そして、突き当たりで、道は終わってしまった。その突き当たりには、泣き地蔵という、半分顔の欠けた泣き顔の地蔵菩薩像が立っているだけだった。

「しまった!」

 根来は闇に向かって叫んだ。その声は宙に消えていった。


 振り返ると、あの男が、日本刀と懐中電灯を持って、こちらへと走ってきた。

 ついに根来は、追いつめられた。その男は……それは間違いなく、体格から男性に違いなかった……日本刀を根来に向けた。そして、根来は泣き地蔵より後ろに下がろうとして、左足が宙を空ぶった。根来は、踏むべき足場がもうその先にないことを知った。自分の後ろには、その先がなかった。

 ……一巻の終わりだ、と根来は絶望した。


 その男は、根来に飛びかかった。根来の左肩に激痛が走り、鮮血が宙を飛んだ。すかさず、根来の腹を切り裂こうとする刀身が舞った。しかし、それは根来に当たらなかった。なぜならば、根来は大きく退いて、泣き地蔵の背後に逃げていた。そのまま、彼は足場もないところに身を放り投げて、急な山の斜面の闇の中を転がり落ちていった……。

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