56 一階の悲鳴
根来が、その暗い廊下を歩いてゆくと、突き当たりに埃をかぶった階段が二階へと通じていた。
しかし、根来がその階段を登り、廊下を歩いて、四部屋を見て歩くと、結局、埃をかぶっているだけの空き部屋ばかりで、人らしき姿はないようだった。
「ここには特に何もないな……」
根来は無感情な声でそう呟いた。
……その時、一階から人間の叫び声が聞こえた。
そして、それは途端に静けさにかえってしまった。根来は、はっとして、一階に下る階段がある方を振り返った。
「なんだ……?」
根来は、しばし呆然としていた。一階に戻ろうと思うのに足は、なぜだか動かなかった。
根来は、すぐに自分を付け狙っている人間が来たに違いないと思った。
(月島嶺二だ……)
月島嶺二が、ついに自分を抹殺してしまおうと考えたのではないだろうか。考えてみれば、このところ、あいつをつつきすぎた。そこで月島は、この山の中で、根来の息の根を止めてやろうと思ったのではないだろうか。そう思うと途端に、根来は恐怖心の沸き起こるのを感じた。
だとしたら、先ほどの悲鳴は、柳家平八に違いない。彼は犯人と出くわして、日本刀で刺し殺されたところなのではないか、と根来は思った。
そう思うと、根来は彼のもとへと走る必要性を感じると共に、恐怖心から、どこかに身を隠す必要があるのではないかとも思った。
しかし、どこに姿を隠せるというのだろう。根来は、あたりを見回した。窓がある。しかし、根来は窓から飛び降りて、骨折したことがよくある。それは避けたかった。
根来は、次第に鼓動が大きくなってくるのを感じた。それが一階に聞こえてしまうのではないかという気がした。根来が見回すと、部屋の角にクローゼットがあり、扉が閉まっていた。
(しかたねえ、ここに隠れる他ねぇ……)
根来は、そのクローゼットを開いた。中はがらんとしていて何もなかった。
その時、一階から一段一段、階段を登ってくる足音が聞こえてきた。それは木の軋む音だった。
(まずい……)
根来は、恐怖が胸を這い登るように感じた。慌てて、クローゼットの中に入ると、扉を閉めた。そして、できる限り、息を潜めた。懐中電灯を消したので、真っ暗だった。
息づかいが聞こえるのではないか、という気がして、息を潜めているのだが、しばらくするとなんだか酸欠のような感覚になった。苦しいのだが、息をしたいと思わなかった。
足音が忍び寄ってくる。それは、静かだった。しかし、どこか張りつめた音だった。クローゼットの前に、ぴたりと止まった。
気づかれたのだろうか、根来は血が一気に引いてゆくように感じた。そして、このクローゼットが開けられてしまうのではないか、それは今か今かと、その瞬間が恐ろしかった。
……がちゃりと音を立て、扉が開かれた。