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55 柳家平八

 暗闇の中に(そび)えるその二階建ての洋館は、長い間、人が住んでおらず、今では(つた)が壁に絡まって、窓ガラスも白っぽく汚れていた。


 こんな家でも、ちゃんとリフォームをすれば、それなりに金持ちの別荘として使えそうである。それなのに一向に買い手がつかないのは、この洋館が建てられたのがもう何十年も昔のことで、今では各所が痛んでいて、住むのに修復が必要だからだろう。耐震性の問題から補強を施すとなると、かなりの費用がかかることになる。

 そもそも、ここは観光地ではない。名もなき山の中である。それなのに何故、こんなところに洋館が建てられたのかと言えば、この洋館を建てたのが、元々この地域に住んでいる家族で、余所者(よそもの)と違い、この場所でもそれほど不便ではなかったからである。その家族の父親というのが中途半端に芸術志向のあるデザイナーで、洋風な建築に強く憧れていた。また、この山の裏側に田舎町があり、かつては賑わいがあった。そこから通じている山道を上ってくれば、この洋館に訪れることもそれほど難のあることではなかった。

 しかし、今ではその田舎町は廃れ、そこからの道を使う人間はもういない。道は草木が茂って、荒れ果てている。残る道は、今まさに根来が下っている山道だけである。

 旅人も、この泣き地蔵へと通じる細い道を降りてゆくと、突然、この(さび)れた洋館が現れるのには、気味の悪さに震えるばかりだった。


 根来の目の前に現れたのは、この洋館だった。根来は窓から見える灯りを頼りにして、洋館にたどり着き、玄関のドアを開いた。

「誰かいるのですか……」

 返事はなかった。

 廊下を懐中電灯で照らすと、埃の上に真新しい足跡が見える。やはり、誰かがここを通ったのだ。根来は泥棒か、寝るところに困った者が、この洋館の裏口が開いているのに気づいて、侵入したものに違いないと思った。

 本人に何か事情があるのなら、根来はとやかく言うつもりはなかった。しかし、犯罪者のようなものが潜伏している可能性も否定できない。それは、刑事として見逃すわけにはいかなかった。

「入りますよ……」

 根来は、そのうす汚い洋館の廊下を歩き、おそらく、外から()が見えた部屋のドアに手をかけた。

 音を立てて、ドアが開く。

 そこには、白髪の老人がしゃがんでいた。懐中電灯の放つ明かりに照らされて、青ざめた顔が床をじっと見つめていた。その老人は、根来の顔を見上げた後、何か怯えたように目を逸らした。後ろめたさが浮かんだようでもある。

「あなたは、誰です」

 根来は一言、尋ねた。

「いえ、私は、ここにこうして、いますのは……」

「ふむ」

「足を痛めて、そのうち、日が暮れまして、帰り道が危ないからということで、ここが空き家なのは知っていましたから……」

「すると、地元の方ですか……」

 老人は、寒そうに唇を震えさせると頷いた。

「ええ、柳家平八(やなぎやへいはち)と申します……」

 古くさい名前だな、と根来拾三は自らを棚に上げたことを思った。


「開いていたのですか……」

「ええ、裏口が」

「なるほど……」

 根来も、かつて現場検証の際、この洋館に訪れていたので、裏口の鍵が壊れていることを知っていた。

「あなたは誰ですか?」

 平八に尋ねられて、根来は一呼吸置くと、

「私は、根来という群馬県警の刑事です。一月前にこの近くの山で、強盗に襲われた刑事というのがこの私です」

「あなたが。そうですか、いえ、実を申しますと、私はその日本刀を持った強盗が現れやしないかと、さっきからおそろしくて仕方がなかったんです。しかし、刑事さんが来てくださったので、とりあえず、大丈夫そうですね……」

 それで、この男は不自然に怯えていたのか、と根来は合点がいった。また、言われてみると、この洋館は犯人の良い隠れ家に思えた。次第に誰かが潜伏しているのではないかと、根来も不安になってきた。

「二階は見ましたか?」

 と根来は尋ねた。

「見ていません」

「一応、誰かいないか見てきましょう」

 根来はそう言うと、その食堂らしき部屋を出た……。

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