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53 東京の夜

 しばらくして、すみれは、やはり時計のカチリカチリと鳴る寝室の中で、天井のぼうっと白く浮き出たようなところを見つめていた。

 隣を見れば、天井を照らしているのは、未空の手の中の携帯電話の灯りだった。


 すみれは、いつの間にか疲れて眠ってしまったものらしい。気がついたら、こうして、このベッドの上。一瞬、自分の部屋で目覚めたような不思議な感覚があった。しかし隣で、白く照らされた未空の両目がきょろきょろと動いているのを見て、すみれはここが羽黒祐介の事務所だとようやく分かった。

「未空ちゃん……」

「ん?」

「今、何時……?」

「今は……一時」

 寝る支度なんて何もしていなかったはずなので、すみれは枕元のランプを点けて、ふらつく足で立ち上がると、ドアへと向かった。


 ドアを開けると、ソファーに祐介が座っていて、黙々と事件の資料を読んでいた。その正面のソファーには英治がうつ伏せになって、すやすやと眠りこけている。

「ああ、すみれさん、起きましたか」

 祐介が明るい声を出す。

「私、いつ眠っちゃったんでしょう……」

「二時間ほど前ですかね……」

 そう言いつつ、祐介の視線は事件の資料に落とされる。すみれは少し祐介と話したくなった。人の温もりを求めたのかもしれない。すみれは、ソファーに座った。

「何か分かりましたか……?」

「何も。でも、不自然だなと思うことはありますけどね」

「ふうん……」

 それから、ふたりは少しの間、黙った。静かな夜だった。

「お父さんのために、ありがとう……」

 すみれは、そう言って祐介の瞳をちらっと見た。それに答えるように、祐介はすみれの瞳をじっと見つめて、

「大丈夫ですよ……」

 と呟いた。


「うちのお父さんのこと、羽黒さんのお父さんと重ね合わせてるの……?」

 すみれは、そんなことを聞いてみた。祐介は頷いた。

「失礼かもしれませんが……根来さんの命が狙われた時、二人を重ね合わせたくないから、事件の調査をしたくないという気持ちは少なからずありました……」

「それは、お父さんのことを思い出すから……?」

 祐介は、こくりと頷く。

「父の死は、若き日の僕には堪えました。だから、警官殺しという言葉は聞きたくない。ずっと逃げていたんです。ですが、すみれさんの気持ちを思えば、申し訳ないことをしたと思っています……」

「そんなこと思わなくて大丈夫だよ。羽黒さんの気持ちは……」

 私が一番分かってる、と言いそうになって、すみれは言うのを止めた。


 祐介は、すみれのことをもう一度見つめる。決心をしたように一言。

「僕がすみれさんを守ります……」

 すみれは、祐介の気持ちが嬉しかった。しかし、その言葉がそれ以上の意味を持っていないことも、すみれには分かっていた。それが何故だかちょっと悲しかった。


 薄暗い室内に灯るのはランプのかすかな明かり。窓の外は光に満ちている。窓の外に、白い光が走り抜ける。息づかいまで聴こえる。そんな静かな夜。時折、天井は白く照らされて、また暗くなる。どこか寂しげな夜。眠ることのない東京の夜。それでも、すみれは、まだ夢の中にいるみたいだった……。

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