表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/97

4 北鎌倉

 名探偵の羽黒祐介(はぐろゆうすけ)は、この日本列島ができて以来、他と比べることも愚かなほどの美男子である。

 彼は、来年三十歳になるというのに、妖怪博士のような風体の民俗学者、胡麻(ごま)博士とふたりで紅葉を見るために、この北鎌倉駅に降り立ったのは、なんとなく悲しい事実だった。

 雲ひとつない、晴れ晴れとした青空はやわらかな光に包まれていて、透き通るようだった。見渡せば、こんもりと盛り上がった山に囲まれている。垣根の続く道へと降りた。

「鎌倉に着きましたね」

 祐介は、爽やかな空気を味わって、満足げに言った。

「そうですな。実に素晴らしい天気だ」

 胡麻博士は、額が広くなっていて、丸眼鏡をつけていた。眼は小さくも、鋭かった。白い顎髭を蓄えていて、髪もまた白髪が増えてきたようだった。


 祐介は、胡麻博士に誘われて、こうして鎌倉に訪れたのだが、そもそも、祐介は歴史や民俗学に関心のない男だった。

 まだ十一月下旬のことで、紅葉も綺麗だろうから、胡麻博士の話を聞く振りをして、紅葉見物をして、美味しいものを食べて帰ろうという程度の考えだった。

 胡麻博士は、そんなことを知ってか、知らずか、眼鏡を外して、ハンカチで拭くと、あらためて景色を眺め直した。

「羽黒さん」

「はい」

「我々がこの地に訪れた目的を知っていますか」

「えっ」

「あなたは、どう考えておりますかな」

「そりゃあ、紅葉を見るためではないですか?」

「馬鹿な……」

 胡麻博士は、腹立たしげに咳払いをすると、

「鎌倉の地を踏みしめ、鎌倉の空気を吸い、全身で鎌倉を感じ取るためですよ」

 と言った。


 祐介は、しばし胡麻博士を見つめていたが、妙なテンションに巻き込まれそうな気がしたので、目を背けた。

「しかし、鎌倉と京都を比べたら、京都の方がやはりスケールが大きいのでしょうね」

 と祐介は、ごく当然な感想を述べたつもりだった。

「鎌倉と京都を比べるなんてナンセンスですな。それは鎌倉をまったく理解していない言葉だ。あなたは鎌倉を味わったことがないのだな。可哀想だ。鎌倉はね、ひとつの茶室なのだ。あるいは美しい茶器なのだ。あの小さき中に、日本の美が脈動しているのだ」

「すいません。それは知りませんでした」

「今に知ることになる」

 祐介は、この旅行がひどく疲れるものになることを知った。


 北鎌倉駅から降りて、垣根と線路の続く道を歩いた。さすがに秋の鎌倉は、観光客が多い。ぞろぞろと観光客が行進を続けていた。走りまわる子供たち、笑い声を上げるお年寄り集団、中国人も多く見られた。皆、円覚寺、明月院、建長寺、鶴岡八幡宮の方へと行進を続けていた。

「ほどなく、円覚寺ですよ」

 胡麻博士の声は少し震えていた。

「そうですか。ところで、今日のお昼ご飯どうしますか」

「そんなことは後で考えれば良い」

「確かにそうですね」

 なんだか、会話が噛み合っていなかった。


 この時、羽黒祐介は、知り合いの根来警部が命を狙われたことなど知りようもなかった……。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ