4 北鎌倉
名探偵の羽黒祐介は、この日本列島ができて以来、他と比べることも愚かなほどの美男子である。
彼は、来年三十歳になるというのに、妖怪博士のような風体の民俗学者、胡麻博士とふたりで紅葉を見るために、この北鎌倉駅に降り立ったのは、なんとなく悲しい事実だった。
雲ひとつない、晴れ晴れとした青空はやわらかな光に包まれていて、透き通るようだった。見渡せば、こんもりと盛り上がった山に囲まれている。垣根の続く道へと降りた。
「鎌倉に着きましたね」
祐介は、爽やかな空気を味わって、満足げに言った。
「そうですな。実に素晴らしい天気だ」
胡麻博士は、額が広くなっていて、丸眼鏡をつけていた。眼は小さくも、鋭かった。白い顎髭を蓄えていて、髪もまた白髪が増えてきたようだった。
祐介は、胡麻博士に誘われて、こうして鎌倉に訪れたのだが、そもそも、祐介は歴史や民俗学に関心のない男だった。
まだ十一月下旬のことで、紅葉も綺麗だろうから、胡麻博士の話を聞く振りをして、紅葉見物をして、美味しいものを食べて帰ろうという程度の考えだった。
胡麻博士は、そんなことを知ってか、知らずか、眼鏡を外して、ハンカチで拭くと、あらためて景色を眺め直した。
「羽黒さん」
「はい」
「我々がこの地に訪れた目的を知っていますか」
「えっ」
「あなたは、どう考えておりますかな」
「そりゃあ、紅葉を見るためではないですか?」
「馬鹿な……」
胡麻博士は、腹立たしげに咳払いをすると、
「鎌倉の地を踏みしめ、鎌倉の空気を吸い、全身で鎌倉を感じ取るためですよ」
と言った。
祐介は、しばし胡麻博士を見つめていたが、妙なテンションに巻き込まれそうな気がしたので、目を背けた。
「しかし、鎌倉と京都を比べたら、京都の方がやはりスケールが大きいのでしょうね」
と祐介は、ごく当然な感想を述べたつもりだった。
「鎌倉と京都を比べるなんてナンセンスですな。それは鎌倉をまったく理解していない言葉だ。あなたは鎌倉を味わったことがないのだな。可哀想だ。鎌倉はね、ひとつの茶室なのだ。あるいは美しい茶器なのだ。あの小さき中に、日本の美が脈動しているのだ」
「すいません。それは知りませんでした」
「今に知ることになる」
祐介は、この旅行がひどく疲れるものになることを知った。
北鎌倉駅から降りて、垣根と線路の続く道を歩いた。さすがに秋の鎌倉は、観光客が多い。ぞろぞろと観光客が行進を続けていた。走りまわる子供たち、笑い声を上げるお年寄り集団、中国人も多く見られた。皆、円覚寺、明月院、建長寺、鶴岡八幡宮の方へと行進を続けていた。
「ほどなく、円覚寺ですよ」
胡麻博士の声は少し震えていた。
「そうですか。ところで、今日のお昼ご飯どうしますか」
「そんなことは後で考えれば良い」
「確かにそうですね」
なんだか、会話が噛み合っていなかった。
この時、羽黒祐介は、知り合いの根来警部が命を狙われたことなど知りようもなかった……。