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44 羽黒祐介の本音

「もし、根来さんを襲撃したのも、長谷川刑事を殺害したのも、月島嶺二というのなら、彼のアリバイが問題となるわけですね。しかし、長谷川刑事の死亡推定時刻、午後五時頃に彼は上野駅周辺にいたわけですから、到底殺害することはできない。現にこうして上野を歩いてみて、そう思うのだから、否定のしようがありません」

 祐介はそう言いつつも、決して諦めたわけでもなさそうだった。

「根来さんの月島嶺二犯人説の根拠というのが、そもそも問題になるのですが、それはメモ帳でしたね」

「うん、メモ帳です」

「そこには確か「12:00 月島」と書かれていた。そしてそのページは破られていて、下のページに字がうつっていたというわけでしたね」

「うん」


「ならば、事件当日の十二時に一体何が予定されていたのか、を考えるべきではないでしょうか。僕はまずその時刻に長谷川さんはどこかで月島と集合する予定だったのだろうと思いました。ところが、十二時に集合したのなら、それは犯人ではありえない。なぜなら、長谷川さんが殺害されたのは午後五時頃ということが分かっているからです。また、奥さんの話では、長谷川さんが家を出たのは午後一時のことでした」

「つまり、十二時にはまだ長谷川さんは自宅にいたっていうことになるから、辻褄が合わない……」

「そうですね。でも、僕は十二時と午後一時は時間的にもかなり近いと思います。これは単純な憶測ですが、この十二時というのは集合の時間ではなく、長谷川さんの外出の予定時刻だったのだと思います。そして、それは実際には一時間ほど遅れてしまったのです」

「そう考えればメモの意味は分かりますね。でも長谷川さんが、月島とどこで落ち合ったか、というところまでは分かりませんね」


 祐介は頷いた。そしてピアニストのような指を重ね合わせると、

「それがこの上野が本当の殺害現場なら、アリバイトリックは成立するのですが、こうして歩いて見ても人を殺せそうな場所は見つかりません。上野公園にはどこにだって、人がいます。日本刀で人を斬り殺して、首を胴体を切り離すような場所はまったく見当たりません。それにその死体をどうやって前橋に戻したのか、まったく分かりませんね……」

 と深い息をついて、誤魔化すように爽やかな笑顔をつくろった。

 すみれも祐介の言いたいことは分かる。しかし、それを認めてしまえば、負けという気がしたから、少し不満げに、

「ふん」

 と小さく答えて、何も言わずに事件の資料をぺらぺらめくった。

「まあ、どうにかなるんじゃないですか?」


 しばしの沈黙があった。すみれは、このタイミングであることを祐介に尋ねたかった。祐介に対してある不満があった。すみれは不意に祐介の方をじっと見ると、こう言い放った。

「羽黒さんはどうして、父が襲われた時、もっと協力してくれなかったんですか?」

「それは、メールを見ていなかったから……」

「そうじゃありません。長谷川さんの事件が起こってからも、あまり協力してくれなかったじゃないですか」

「それは……」

 祐介はちょっと口ごもった。祐介はその瞳を閉じると、しばらく口を閉ざしていた。

 すみれは父が襲われたことを心配していなかった振りをしているが、内心ではかなりの焦燥があった。その時に、祐介は前橋に来てくれなかった。それは裏切りではないか。その疑念が膨れ上がって、すみれにこんな質問をさせたのだ。

 祐介は瞼を開いて、その黒真珠のような瞳をすみれに向けると、こう言った。

「僕は父を殺されています。警官殺しでした。だから、この事件にあまり着手したくなかったんです……」

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