42 すみれの恋愛観
すみれは、事件の資料に瞳を輝かせる祐介を見ながらつくづく我が身を嘆いた。
すみれが恋人に巡り会えないのは、ひとえに周囲の男子が意気地のないせいだと彼女は信じている。
彼女は自らアタックをするのは嫌なのである。そのあたり、すみれは非常に保守的である。古くさい感覚だと言われるかもしれないが、すみれは男子の方から声をかけてもらえないと嫌なのである。
だから、いつも男子が勇気を出して声をかけてくれるのを期待して机で待っている。そんな姿勢を貫いて、いつの間にか二十代も中頃になったのだが、よく考えてみれば、この年まで恋人を持ったことがない。
振り返ってみれば、すみれは中学生の頃、クラスでまずまずの好男子に言い寄られたことが一度あった。
すみれは、嫌な気はしなかった。いや、それどころか本心では非常に嬉しかったのだが、すみれは面と向かって告白めいたことを言われて、完全にあがってしまい、しどろもどろで回答らしい回答もできぬまま、逃げるようにその場を後にしたのだった。
その後、すみれはその男子がまた何か言ってくるものかと楽しみに待っていたら、その男子が他の女子と手をつないで楽しげに帰っているところを目撃してしまった。この男子はすみれの反応が理解できず、脈がないものと早々にあきらめて、他の女子に声をかけたものらしかった。これ以降、すみれは男子に用心深くなったのである。
すみれは、周囲の男子が意気地なしなのだと思っている。それは実際にそうに違いないのだ。ただし、すみれにとってみれば、それは告白をすることを気恥ずかしく思う意気地のなさのことであるが、現実にはそればかりではない。
すみれの不幸を築いた原因のひとつに、根来拾三という父親の存在がある。簡単に言えば、父親が怖すぎるから男子が寄り付かないのだ。
すみれの父親がおっかないことは、中学校の頃からよく知られていた。そもそも、父、根来拾三の名はどういう訳か不良の間でよく知られていた。すみれの通っていた中学校の生徒に何人か不良生徒がいて、その生徒がすみれの父親が鬼警部であることを言いふらしたのだった。
その噂が、高校に入ってからも持続することとなったのは、すみれの中学校の同級生が何人か、同じ高校に入学したからだった。
すみれは、父がそんなに恐れられているとはつゆとも知らなかった。
さらに拍車をかけたのが、すみれ自身のある期待である。この頃、すみれは父と喧嘩ばかりしているせいで、恋愛の妄想はもっぱら「駆け落ち」が主題となっていった。
父親と喧嘩をしている。すると、恋人がそこに立ち入ってくる。そしてふたりでどこか遠い異国へと旅立つ。子供じみた妄想かもしれないが、すみれには何よりも魅力的な夢だった。
女子間でこの駆け落ちの妄想が語られているのを、男子が聞きつけて、すみれに恋する男子は、鬼のような父親から彼女を救い出して、命がけの駆け落ちをしなければならなくなるらしい、と他の男子に報告していた。
したがって、すみれちゃんは良い娘なのだけど、お父さんが怖いのと、本人が駆け落ちを求めているというはさすがに重たいよね、というのが男子の共通認識となってしまった。
恋愛には用心深いすみれも一度は、自ら男子に声をかけたことがあるのだが、やはり父親の恐ろしさと駆け落ちという言葉の持つ重苦しさが、この告白を失敗に導いてしまった。
「お前と付き合っても、楽しくなさそう」
と相手に言われて、すみれは大変傷付いたものだった。
気さくで性格の良い人がどうも恋愛に進展しないということは世の中に多々あるが、すみれはこの典型で、彼女の場合はひたすらに運が悪かったと言えよう。
父、拾三は、自分が娘の恋愛の妨げになっているとは、気づいていないものらしく、仕事熱心な娘を案じて、この頃ではかえって過干渉になっている。
したがって、すみれが祐介に対しても、迂闊に心を開かないようにしているのは、これ以上、傷つかないようにしようという自己防衛本能からであった……。




