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38 上野駅

 上野駅に到着したすみれは、明るく(とも)った売店の横を通り抜けて、改札口を出た。そこから見えるのは、さらに改札の並ぶ広い中央口である。黒っぽいコートを羽織った人の群れが(うごめ)いているのが見えた。そこから先は大ホールのようになっていて、券売機とお洒落な店が壁に並んでいる。

 そこが(めい)ならば、すみれのいる場所は(あん)である。暗がりの広がる無着色のホームが、まだすみれの横に並んでいるのだ。

 すみれは、中央口に向かわずにV字に引き返す。するとそこには天井に向かう長いエスカレーターがある。これに乗れば、他のホームよりも高い位置にゆける。

 すみれは、このエスカレーターに乗った。すると上階の明かりが見えてくる。すみれが先ほどまでいた場所はどこか薄汚れていた。空気も(よど)んでいて、それは上野の持つ古くさい一面を思わせた。すみれが、上階に見たのは洗練された新しい上野の一面で、華やかで現代的な間接照明があたりを照らしていた。実際はそこは、トイレの前であった。すみれは、エスカレーターを降りると共に左に曲がった。そこはさらに明るく、上品な店が煌々(こうこう)としていた。

 (いろど)りと(きら)めきに目を奪われながら、すみれが洗練されたその空間を歩いてゆくと、その真ん中に彼は立っていた。


 羽黒祐介に会うことに、すみれは緊張していた。ところが彼を目の前にすると、すみれは、彼の持つ美が幻想ではなく現実であるという落着を感じた。美が損なわれたわけではないにせよ、それは生身の美に過ぎないという確信が、すみれを支配した。これはすみれが意図的に自らの心をそう思わせたのだ。出会う一瞬の衝撃を和らげるには、このような現実性を直視する他、道はないのだった。

 この無理やりとも言える説得によって、すみれはいくらか冷静に羽黒祐介と再会した。

「羽黒さん。久しぶり」

 すみれはそう語りかけて、祐介の反応を期待した。祐介の顔はぱっと明るくなって、爽やかに微笑むと、

「お久しぶりですね。すみれさん、根来さんから色々話は伺っていますけど……」

「そうそうそう……」

 すみれは、祐介の言葉が終わらないうちに「そう」を三回言った。

「どうかされましたか?」

「いや、気にしないで。それで、これからどうする?」

 誤解しないように述べておくが、すみれは羽黒祐介のことが異性として好きだったことは一度もない。確かに、端整な美術品を見るように惚れ惚れすることはあった。しかし、それはあくまでも美術品だった。羽黒祐介と会話する時に、やたら躊躇(ちゅうちょ)をしたり、赤面したりすることは決してなかった。それがどうして今日ばかりはこんなに調子外れになっているかと言うと、やはりクリスマスイブを明日に控えていることと、これから何日か事務所に泊まらなければならないからだろう。


 羽黒祐介も、気まずさを感じているらしく、少し様子のおかしいすみれに同情したように少し頷くと、

「ええ、根来さんも困ったものです。急にこんな話をしてくるものですから。でもご安心ください。安全の方は僕が責任を持ちます」

 と先まわりしたことを述べだした。

「まあ、そんなことはいいから、聞き込みをするなら早く始めましょ」

「ええ。それで、ですね。根来さんから事件の資料、もらってきましたか?」

 いちいち紛らわしいのは、祐介が言う「根来さん」というのは、すみれのことではなく、父、拾三のことなのだ。

「うん。ちゃんともらってきました」

「良かった。助かります。とにかく、月島がこの上野駅を出たのは二十五分程度の時間なのですからね。その時間で行って来れて、その間に人を斬り殺すことが果たして可能なのか検証してみましょう」

 すみれは、その祐介の言葉はあまりにもロマンチックでなかったので、少なくとも恋に落ちる心配はないだろうとこの時は思った……。

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