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35 ボディーガード

 祐介は、高らかに鳴る電話機に手を伸ばした。受話器を取って、耳に当てると、すぐに根来の声がした。

『俺だ』

「根来さんですか。どうしました?」

『どうしました、じゃない。相変わらず、月島のアリバイを崩せないで困っている』

「そうですか……」

 根来の苦しげな声が耳に響く。

『俺も、そっちに遠征したいが、何しろ、捜査本部で月島嶺二犯人説を推しているのは、俺と粉河のふたりだけだ。どうも、身動きが取れん』

「それは不幸ですね……、でもこちらに遠征したいと言うのは……」

 根来の声がさらに重みをもって響く。

『月島が犯人だとしたら、犯行は上野周辺で行われたとしか思えない。そこで、俺は上野に遠征して、聞き込みをしたいと思っているんだが……』

「上野あたりで、ですか。しかし、それはなかなか難しいでしょう……」


『ああ。そこでだ。実はすみれが俺の代わりに、そっちに行こうとしている』

「えっ、すみれさんがですか?」

『ああ』

「危なくないですか? だって、今回の事件は、殺人犯ですよ」

『そりゃあ、危ないよ。だから俺は嫌なんだよ。それなのに、当の本人が行くと言って聞かないんだ』

 なんで、そう言う話になるのか、よく分からない。

「すみれさん。なんだかんだ理由をつけて、上野に遊びに来たいだけじゃないですか?」

『いや、そこまで(おとし)めるこたないだろ。違うんだよ。すみれは俺の仇を討つと言っているんだよ』

「はあ? 根来さん、いつ殺されましたっけ?」


『俺はまだ死んでいない。いいからよく聞け。すみれは、今回の事件の犯人は、俺の襲撃した人物と同一人物だと言うんだ。だから、このまま、放ったらかしにしていたら、いつかお父さんは殺される、と。捜査本部が月島嶺二犯人説を認めないのなら、わたしが上野まで行って、月島嶺二のアリバイを崩してやる、とそう言うんだ』

「親孝行な娘さんを持ちましたね……」

『馬鹿もん! 娘ひとり、東京に向かわせたら、心配で夜も眠れん』

「まあ、そうでしょうけど……」

『とにかく、すみれが東京に行く以上は、ボディーガードがいないと困る……』

「ボディーガード?」

『ああ。お前だよ』


 祐介は耳を疑った。当然慌てる。

「嫌ですよ。それなら、ご自宅ですみれさんを引き止めてください」

『俺は明日だって、早朝から出勤するんだ。すみれを止められるわけないだろ。とにかく、すみれと東京で落ち合え。そして、ずっと、すみれの側にいるんだ!』

「困りますね。僕だって仕事があるんですよ!」

『仕事とすみれ、どっちが大事なんだ!』

 すみれと言わないといけない雰囲気になっている。

「いや、比べられませんよ、そんなの……」

 すると、根来の声はしばらく途絶えた。

『……なあ、羽黒。青月島では、世話になったな。覚えているか?』

「えっ……」


『お前は俺の命の恩人だ。ああ、それは認めるよ。だが、俺もお前の命の恩人なんだよなぁ……』

 泣き落としで責めてくるらしい。しかし、なんという図々しい泣き落としなのだろう。

『俺とお前は、切っても切れない仲、腐れ縁だ。したがって、苦楽を共にする。分かるな?』

「ええ、はい……」

『俺の娘であるすみれは、お前の娘でもある……』

 そんなわけないだろ。祐介は激しく突っ込みたかった。

 しかし、根来は確かに恩人だし、すみれさんが危険に晒されると思うと、祐介も本当は心配である。

「分かりました。数日間、すみれさんと一緒にいれば良いのですね?」


『良かった。安心したよ。すぐにすみれにも伝える。ああ、良かった……』

 根来はほっとしたらしく、声が明るくなった後、何か物凄い低音を響かせて、

『ただ、何事もないようにな?』

 と言って、電話を切った。

 何事もないようにか、そりゃ確かにすみれさんの命に何かあったらまずいよな。と、祐介はその言葉の意味を少し勘違いしたまま、受話器を置いた。


(しかし、どうにも気まずいのは、もうすぐクリスマスなんだよなぁ……)

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