34 近づく聖夜
それから数日が経つと、夕暮れが迫る度に、赤や青やオレンジ色のイルミネーションの灯りが街路の薄暗いところに浮かび上がって、はたはたと瞬き出すようになってくる。
そんな眺めに出くわす度、祐介は、どこか見知らぬ西洋の異国に迷い込んだような、不思議な心地になるのだった。それは、まるで夢を見ているかのようだった。
どんなに暗い夜道を歩いていて、冷たい風に吹かれていようとも、クリスマスツリーに揺らめく無数の星の輝きに出会うと、童心が蘇って、胸がぽかぽかと暖かくなる。
かつて読んだ絵本の挿絵に描かれたサンタクロースがひょっこり顔を出したような、そんな心地になるのだった。
しかし、イルミネーションから離れてみれば、街路の暗闇は深く、夜空は紺色に染まり、地平はうっすらと赤みを帯びている。裸の木の折れ曲がった枝が黒いシルエットとなっている。侘しさが募る。寒さは一段と増してきて、吐く息は白く曇った。
「事務所に帰ろう……」
祐介は、尾行という寒々しい仕事を終えて、事務所に戻ることにした。
クリスマスという、およそ日本らしからぬ西洋の祭りごとが近づいてきている。
この日には、サンタクロースという一風変わった老年の聖人が、大きなトナカイにこれまた大きなソリを引かせて、本人はその上に乗って、遥々この日本までやってくるということだから、アメリカの人気歌手が来日するどころの騒ぎではない。
日本側もどうか失礼のないようにと、洋菓子店では祝いのケーキが売り出され、デパートにはサンタやトナカイの人形が並び、木にはイルミネーションが巻きつけられるのだった。
「クリスマスか……」
祐介はクリスマスについて想いをめぐらした。
恋人たちが夢うつつを彷徨うのも、子どもがクリスマスプレゼントをもらえる喜びに湧き立ち眠れなくなるのも、キリスト教の熱心な信徒が教会に集って、賛美歌の美声が天井を伝うのも、蝋燭の灯が揺らめくのも、皆この日である。
キリストが産まれたのもこの日ならば、冬至が過ぎて、太陽の生命が復活すると言われているのもこの日である。
夜の静寂は終わりを告げ、再びこの大地を包む日差しは強まってくるとされる。太陽信仰とキリスト教の信仰が、神聖な空気となって、日本の街路を明るく照らしている。
キリスト教は、西洋の地に広がったさまざまな信仰を吸収しながら、その身を大きく、より偉大なものにしていったということだろう……。
ここは池袋の羽黒探偵事務所である。もうクリスマスまで幾日とないところで、祐介は相変わらず仕事に追われていた。
「それで、例の白石さんって人には伝えたの?」
助手の室生英治は、ソファーに転がったまま、祐介に尋ねた。
「ああ、月島嶺二さんにはアリバイがあるっていうことをね……」
「しかし、鎌倉に三十分もひとりでいたのなら、横浜の女性と会うこともできたんじゃない?」
「ところが、その時間は、白石さんと十五分程度会っていたんだよ。とにかく、密会をする時間なんてない……」
祐介は、その話はあまりしたくないらしく、少し投げやりな言い方だった。
……しかし、その時、電話が鳴った。




