33 牧野良幸
祐介は、群馬県警本部を後にした。それから、洋菓子店パターツドウスに電話をかけて、牧野という洋菓子職人と面会した。
月島嶺二が、自分の誤解を解いてもらおうとして、後輩に証言することを呼びかけてくれたのだった。
それで、ふたりはパターツドウスの店内だと、壁に耳ありなので、前橋の公園のベンチに座って話をすることにした。
牧野の本名は、牧野良幸と言って、一見、猿のような顔をしているが、鉢巻が似合いそうな印象の純朴な好青年だった。
天に向かって聳える群馬県庁を眺めながら、祐介は話し出した。
「あなた方は、六時半に鎌倉に到着したのですね。それから後は、どうしたというのです?」
「それから僕は、柏原先生に会いにひとりで鎌倉の洋菓子店へ向かいました」
「その時、月島さんは……?」
「鎌倉駅近くの喫茶店で待っていました」
「えっ、それでは月島さんは柏原先生と会わなかったのですか?」
わざわざ、鎌倉までケーキを持って行って、本人に合わずに帰るなんてことがあるだろうか。
「ええ。それが非常に問題なのですが、実は月島さんと先生は喧嘩中で、まともに会えないので、僕がいつもこのようにして仲介しているのです」
「喧嘩をなさっていた。それでは、鎌倉までモンブランを持っていったのは……」
「先生に味を認めてもらって、仲直りをしようと、月島さんが何年も前から繰り返していることです」
そのケーキの名前が詩織スペシャルというのは、どうかと思うが……。
「それから後は、七時過ぎには鎌倉駅から電車に乗って帰りました。東京駅からは新幹線を使いました」
「すると、かれこれ、鎌倉には三十分しかいなかったのですか……」
忙しない話だな、と祐介は思った。
「そうですね。それで、前橋駅に着いたのは九時半頃だったと思います」
そういうことであれば、とても女性と密会などできそうもない。祐介はお礼を言うと、牧野と別れた。
祐介は色々考えながら前橋を後にした。月島嶺二は鎌倉に来て、三十分だけ滞在した後、前橋へ帰って行った。その間には、横浜に住むかつての恋人と面会する時間もなければ、長谷川刑事を殺害できそうな時間もない。だから、彼は無実だということになる。
それにしては引っかかる。何か妙に引っかかるのだった。根来が語っていたメモ帳に書かれた「12:00 月島」の意味とは何だろう……。




