32 根来警部の玉子焼き
すみれは、高校生の頃、父、拾三が拵えた巨大な玉子焼きと白飯がぎっしり詰められた弁当箱を持って、学校に登校していた。
まるで肉体労働をしていると勘違いされているかのように、白飯にはごま塩が一面に振られ、かなり塩っぱく仕上がっていた。
「日頃、ご苦労さん。腹いっぱい食っていいんだぞ」
という意味らしかった。玉子焼きでない日は、蓋を開けた途端、豚の生姜焼きが、飛び出すほど詰め込まれていた。
しかし、女子高生の弁当箱が、こんな体育会系な弁当であって良いはずがない。
すみれは、もっと可愛いらしい弁当をつくってくれ、と幾度となく父に催促した。そこで、この憐れな父親は、足りない知識を駆使し、うずらの卵を使って玉子焼きをつくった。
根来にとって、うずらは可愛いものの象徴だった。
結局、フライパン一杯になる玉子焼きという点は変わらなかった……。
「根来さん。話は戻りますが、いくら被害者のメモ帳に月島の名前があったとしても、彼が事件当時、北陸新幹線に乗っていたのでは、犯行は不可能ですね」
祐介は、茶を飲みながら、根来に言った。
「そりゃあ、そうだ。だけどまだ、でまかせということもあり得る。車内カメラの確認を急ぐんだな……」
根来はそう言うと、おもむろに立ち上がる。
「飯を食ったら、また仕事だ。善は急げだ。とにかく、車内カメラを確認してみる。お前はこれからどこへ行く」
「牧野さんという方に会って、月島が横浜で女性と密会したのでないと分かったら、直ちに帰ります」
「そうだな。そうするといい」
根来はまた忙しく、取調室を出て、事件の捜査を再開した。
「車内カメラの確認の結果は伝えるよ……」
すると粉河が、ダンボールを抱えて、こちらへ歩いてきた。
「根来さん。サンタクロースの衣装、持ってきました……」
根来は、その言葉に眉をしかめて、ダンボールをぱかんと開けると、真っ赤な三角帽子を拾い上げる。
「……まだ気が早いだろ。来週だろ? しかし、そうか、今年も俺の担当なのか」
「毎年、そうですよ」
根来は、やれやれといった調子で、頭を摩る。
「しかし、今年は事件が立て込んでいて、サンタクロースの格好なんかしている場合じゃねえぞ」
「でも、子供たちも見学に来ますから……。小学生のみんなを悲しませるわけには……」
「地域課や、交通課にやってもらえばいいんだよ。そんなことは……」
「しかし、内容が「殺人防止教室」ですからね……」
と粉河も渋る。そんなものに需要があるのか、と祐介は眉を潜める。根来はサンタクロースの衣装を前にして、決まりが悪くなったらしく、
「その話は後だ。羽黒。とにかく、俺は北陸新幹線の車内カメラに当たってみる。また会おう……」
と言って、三角帽子をダンボールに突っ込み、突風のように、その場を立ち去っていった。




