31 取調室のかつ丼
しばらくして、粉河が古めかしい焼きものの丼をふたつお盆に乗せて、運んできたので、根来は礼を言うと共に、懐の財布から何枚かお札を出して、粉河に渡した。
眼前にあるのは、有田焼を彷彿とさせる赤みの鮮やかな磁器である。祐介が、被さったラップを剥がして、沢庵の乗った小鉢を退かし、蓋をぱかりと持ち上げると、湯気の立ち昇る下に、固まった玉子に包まれて、カツのほろりと煮えたのが姿を現した。良い香りがした。
「さあ、遠慮なく食え。俺のおごりだ」
「なんで、よりにもよって、取調室でかつ丼なんですか」
「いいじゃねえか。どこで食ったって美味いものは美味い」
仕方なく、祐介は、カツと玉子のからみあったところに割り箸を立てた。相当、煮込まれているとあって、玉子は固まり過ぎていたが、カツは身まで柔らかくなっていた。口に運ぶと、肉は柔らかく、衣は溶けてゆくかのようだった。はっきりとした醤油の味がして、少しからすぎる気もした。
「俺は、強盗犯と殺人犯にはかつ丼を奢るんだ」
「僕は、強盗犯か殺人犯ですか……」
ここに運ぶのに時間がかかったと思うが、白飯まで熱さの残っているのを感じた。
これは美味い。美味いことは美味いが、ここが取調室でなければ尚のこと美味かったろう。そう思うと残念である。
根来は、にぎりめしほどの大きさの白米の塊を箸でつまんで、口の中へと放り込む。カツの切り身も次々と口に消えてゆく。つゆの沁みたところは、一度に掻き込む。沢庵もまた、口に放り込んで、がりがりと音を立てたかと思うと、もう飲み込んでいる。
中国の豪傑もこのような食いっぷりであったろうかと思うと、祐介は感慨深かった。さらに、根来の腹はこの一杯でどれほど満たされるのだろうか、と思うと少し心配になった。
「どうだ、美味いか……」
「美味しいです」
「そうだろう。遠慮なく食え。今、粉河が熱い茶を持ってくる」
根来の言葉に甘え、カツを頬張ると、甘辛いたれの味わいと、しっかりとした肉の弾力が心地よく、自然と箸が進んで、白飯がもっと欲しくなる。
祐介が、かつ丼を半分ほど食べたところで、根来はもう食べ終わってしまった。そこで、根来は少しの間、取調室から出ると、大きな弁当箱をぶら下げて、戻ってきた。
「まだ食べるのですか?」
「食わなきゃやってられん」
根来が弁当箱を開けたところを見ると、弁当箱には大きな玉子焼きが入っていた。それを御菜にして、ひたすら米を食べるようである。
「ずいぶん、大きな玉子焼きですね。すみれさんが作ったんですか?」
「俺が作ったんだ。すみれの弁当は俺が拵えてきたんだ。御菜はいつだって、このでっかい玉子焼きだ!」
祐介は、すみれを不憫に思った……。
しばらくして、取調室では二人、静かに茶を飲んでいた。
「茶が熱すぎる……」
根来は息を吹きかけながら、そっと飲んでいる。
祐介は、ご飯を食べただけなのに、妙に自分が疲れていることに気づいた……。




