30 取調室の猛虎
それから、祐介は、群馬警察本部の取調室へと導かれたのである。
根来は刑事だから、取調室が一番心の落ち着くところらしく、我が家を紹介するように、この場所に祐介を連れてきたのだが、当の祐介は己が犯罪者みたいで恥ずかしく思った。
そればかりか、椅子に座った途端、根来の眼光は自然に漲った。それを見た祐介は、目の前に一匹の猛虎が坐しているように感じた。この虎は、まさに今、自分に飛びかかり、肉を食い尽くそうとしているのではないか、という気がして肝を冷やした。
根来は、珈琲を一口含むと、顔をしかめて、カップを机に置いた。それから、深いため息をついた。
「……それで、その白石詩織という依頼人の心配は杞憂だったというわけか」
根来は、祐介が車内で述べたことを踏まえて、そのようなまとめを述べた。
「まあ、その判断は、牧野さんという方にお話を伺ってからですね。僕としては、北陸新幹線の車内カメラも確認したいところですが……」
「ああ、そいつはこっちで確認するよ。実は俺たちもやつのことを、ちょいと調べていてな……」
根来はそう呟くと、腹をさすって、扉の前に立っていた粉河に、
「二人分頼む」
と言った。粉河はものも言わずに、ただ頷くと、踵を返して姿を消した。
根来は、訳もなしに机の上を撫でて、手のひらに着いた塵を眺めると、ぐっと握りしめて、祐介を見据え、
「おい。長谷川が殺された事件は知っているな?」
と低い声で呟いた。
「ええ」
「長谷川が殺されたのは先月の末のことだ」
「知っています。あの翌日、根来さんに電話をかけたでしょう」
「ああ、そうだ。そうに違いない。その事件で、俺は月島嶺二を疑わしいと思っているんだ」
根来の言うことは単純明快だった。しかし、彼の推理はすでに外れている気がした。
「しかし、彼にはアリバイがあるじゃないですか……」
「それはたった今、分かったことだ。いいから黙って話を聞け。やつと長谷川は、高校の同級生だ。そして、犯人は長谷川の高校の同級生なんだ。分かったか?」
「その根拠は?」
根来はひとつ空咳をしてから、ものものしい口調で話し続ける。
「長谷川は殺される直前に「高崎で、高校の同級生に会っている」と言っている。長谷川の高校の同級生を探ると、そこに月島嶺二の名前があった……」
「それが疑わしいのですか?」
「ああ、長谷川が再会を喜ぶような人物は、そんなにいない。聞き込みの結果から、まず誰よりも月島嶺二と仲が良かった」
根来の言うことは、どうも大した根拠と思えなかった。祐介が何と言ったら良いのか、考えあぐんでいると、根来はさらに決定的なことを言った。
「長谷川のメモ帳を見たんだ。これは自宅にあった。このメモ帳に一枚、紙が破かれているページがあった。何が書かれていたのかをよく見てみると、後ろのページにうっすらと文字の跡が残っていた……」
「本当ですか?」
「嘘をつくわけねえだろ」
根来は、すでに取調室モードに入っていたため、噛みつきそうな勢いだった。
「何と書かれていたのですか?」
「あのスットコドッコイの名前だよ……」
「スットコドッコイの……?」
根来の話は、ところどころ見えなくなる。
「月島嶺二だよ。まず事件の起こった日付が書かれていて、その後に「12:00 月島」と書かれていたんだ……」




