2 格闘
根来警部は、急勾配を無理に這い上がった後、林の奥に小さく見え隠れしている、黒い人影を追いかけていた。
「まて!」
根来の怒鳴り声は宙に消えてゆき、黒い人影は、止まることなく、そのまま、林の中に姿を隠した。
根来は、はっとして、自分も木の陰に隠れた。そのまま、向こうの様子を伺いつつ、じりじりと間隔を縮めていった。
人影が見えなくなったのは、林の中でも、とりわけ小高い丘の上のようなところだった。根来は、用心深く、様子を伺いながら、その勾配を登って行った。
ところが、その場所に辿り着くと、そこには誰もいなかった。
「なんだ、逃げたのか?」
……その途端。
突如、黒服の人影が根来の眼前に現れたのである。見れば、バイクのヘルメットをかぶっていた。顔は、はっきりと見えない。手元を見ると、そこには日本刀の刀身が光を放っていた。
「しまった!」
根来は声を上げた。
次の瞬間、日本刀が鋭い音を立てて、宙を舞った。
根来は、間一髪のところで、その人物の足元に飛びついた。ふたりはバランスを失って、そのまま、急勾配を勢いよく転げ落ちていった。
根来は、どうにか受け身を取り、立ち上がると、脇目も振らずに、急勾配を走り降りていったのである。
(この場から逃げるしかない……!)
根来はそう思って、走り続けた。そのまま勾配を下ったところにある、岩の陰の草むらへと滑り込んだ。ひとまず、この場所で、しばらく息を潜めておいた方が安全なように思えた。
根来は、自分の鼓動がよく聞こえていた。それは妙に騒々しかった。手の中には、生暖かい汗が滲んでいた。
あの人影は、根来を事故死に見せかけようとして、岩を転がしたのだろうがそれに失敗し、かえって追い詰められて、日本刀で斬り殺そうとしたのだ。
そう思って、根来が携帯を取り出すと、あろうことか圏外だった。根来は、携帯をしまいながら、このままでは間違いなく殺されると思った。
すると、枯葉を踏みしめる音が近づいてきた。根来は驚いて、さらに息を潜めて、耳をそば立てた。
(見つかる……)
根来は、恐怖に取り憑かれた。しかし、いっそのことなら、こちらから飛びかかるしかないと思った。
岩の陰まで、足音が近づいてきたのを見計らって、根来は声を上げると、岩の陰から飛び出し、眼前に立っているヘルメットの人影に飛びかかった。
「あっ!」
ヘルメットの人影は、すぐさま日本刀を、滅茶苦茶に振り回した。
ところが、根来は飛びかかるのを直感的に諦めて、土を思い切り蹴ると、その反動を利用して、直角に走り去った。
おかげで、根来の袖は切れても、肉は切れなかった。
そのまま、根来はとにかく走りに走って、少し小高い崖の上から、川へと勢いよく飛び込んだ。
そして、対岸まで泳ぎ切り、陸に這い上がると、根来はようやく生きた心地がしたのだった……。